20.少しの安寧の中で
…………
……
なんでこんな事になっちゃったのかな……
聖女だって言われて神殿を飛び出して……
召喚勇者にユーシスが倒されて……
私も立ち向かったけど魅了されて……
ユーシスに酷いこといっぱい言って、蹴り殺そうとして……
あんな男に子犬のようにじゃれ付いて……
いいように弄ばれて……
いっぱい汚されて……
ユーシス、好きよ、愛してる……
でも……私はユーシスの傍に居ていいのかな……
許されるのかな……
わからない……私……どうすればいいのかな……
…………
……
微睡の中、アリサは抜け出せない自問自答を繰り返す。
救出後、気丈に振舞っていたアリサだったが、心に深い傷を負い闇が広がりつつあった。
どれくらい時間が経ったのか――
隊員達のザワザワとした喧噪にアリサは目を覚ました。
最初に目についたのは、しっかりと握りしめられたアリサとユーシスの手。
右肩に優しい温もりを感じ、ふと向けば愛しいユーシスの眠り顔があった。
自分がユーシスと一緒に居ることに安らぎを感じ、思わず握っていた手に力が入ってしまう。
……ん……
ユーシスの肩がピクっと反応した。
眠っているユーシスの手が無意識に反応し握り返してくる。
やがてユーシスの瞳がゆっくりと開かれ
「おはようアリサ」
微笑を添えてユーシスは優しくアリサを見つめる。
彼の優しい瞳にアリサは思わず意識が持っていかれそうになった。
トゥクン……
アリサの胸がときめいた。
術による紛い物ではない本物のトキメキ……
ユーシスへのトキメキ……
「おはよう、ユーシス」
アリサもまたユーシスに微笑みを返した。
.
*
加藤弾の屋敷 1階食堂
ダンの屋敷の食堂ではキューリー・シーナ・ケス・ワムが夜食を作り終え食事に入っていた。
食堂の広さは24平方メートルほどで、大きな長テーブルと見合うだけの椅子が設置されている。
元々貴族が使っていたものを居抜きで使っているので質感はソコソコ良いようだ。
テーブルにつき4人は少し多めの食事を取っていた。
何しろ今日は昼食を食べる間もなく元主人に引っ張り出され、それ以降はワナが持っている低級ポーションしか口にしていない。
シーナは戦闘中に魔力回復のための中級ポーションを飲んでいたが、やはり固形物を食べないと体力は続かない。
スクランブルエッグとレタス、それに焼いたベーコンを別々に皿に載せ、各々が好きな量だけパンに乗せて食べていた。
飲み物には温かいミルクに、この世界では貴重な砂糖を入れてかき混ぜる、いわゆるホットミルクを手鍋で沸かし、これまた各々自由にコップに入れて飲んでいた。
「は~、やっとご飯にありつけた~」
「長い1日だったにゃー」
“ポンポン“と膨らんだお腹を両手て叩き、脚を伸ばして”ぐでー“とするシーナ。
ワムもまたテーブルに俯せ”ぐでー“としている。
キューリーとワムも疲れはしているもの、背筋を伸ばしてミルクを飲んでいた。
「それにしてもケスが真っ二つにされた時は焦ったよ」
「私はその時すでに気絶してたけど、どんな感じだったんだい?」
今日の反省会とばかりにシーナが切り出しキューリーが続く。
「それが絶対に外さないタイミングで後ろから矢を放ったのですが、あっさり躱されました」
「その後あの聖女?聖騎士?雷帝?……うー、なんて呼べばいいのか分らないけれど一瞬で距離を詰められ“雷帝彗星斬“って雷を乗せた斬撃くらって真二つですよ。しかも空中で」
「えぐいにゃ……」
「あの時は絶対死んだと思ったよ」
「はぁ、戦える聖女とか反則でしょ、それにしても“雷帝彗星斬“ねぇ……」
「実力差がありすぎたよ、スレーブマスターと2級冒険者じゃ相手にもならない」
「それにしても勇者様は凄かったね」
「あれだけの攻撃を受けて無傷ってのはチート過ぎるよ、流石本物の勇者は違うね」
「シーナ、あんたプライド傷ついたでしょ?」
「あれだけ力量差があれば負けても清々しいよ……それにしてもヨシュア様……」
“はぁ”とため息を漏らしほんのり頬を赤く染めるくシーナ。
「「んん?」」
シーナの瞳の中はピンクのハート形で埋め尽くされている。
「シーナちゃん、勇者様に恋したにゃ!」
「ちょっと、あんたマジ?相手は勇者だよ?」
「うー!」
「うん、ちょっと落ち着こうか。あのヨシュア様はカーシャ様と夫婦なのは知ってるよね?」
「割って入りこむ隙間なんてないにゃ」
三人が冷静になれと言い聞かせるが恋は盲目とはよく言ったものである。
シーナの耳には否定的な意見は入らない。
「じゃあヨシュア様の側室になる!それでもダメならハーレムに加えてもらう!」
「ああ、ヨシュア様は側室も取らないしハーレムも組まない、女はたまに部下に誘われて娼館に行くくらいだって噂だよ」
「「勇者なのに!?」」
「うーむ、いったい何のための勇者」
「じゃあ私、今から娼館で働く!」
「「「えー!?」」」
落ち着け落ち着けと皆でシーナを諭す。
「ダンの阿保……」
唐突にワナが口にする。
「どうしたワナ?」
何事かとワナを一斉に見ると……
「みんなダンの悪口を言ってみるにゃ、何を言っても、もう平気だにゃ!」
三人は顔を見合わせ、
「ダンのボケ」
「異常性欲者の性犯罪者」
「ちっさい癖に偉そうにすんな」
少し遠慮がちにダンを罵った。
「どうにゃ?」
今度は四人で顔を見合わせ、
四人で思いっきりダンの悪口を咆えて咆えて咆えまくった!
そして一通り言い終えてからもう一度顔を見合わせ、
「私達はもう奴隷じゃない!」
そう叫んで泣き笑いあった。
*
加藤弾の屋敷 1階エントランスホール、ソファー ――
-ぐうううう-
突然アリサのお腹が大きく鳴った。
「うー☆」
全く油断していた。
それまでの甘―い空気をぶった切ってしまい、アリサはユーシスの腕に顔を当て恥ずかしがる。
(か、かわいい……)
油断していたのはユーシスも同じだったうようで、優しい微笑を送っているユーシスだが――
心の中ではこのアリサを見て転がりながらハッチャケまくっていた。
もちろんアリサはアリサで心の中は、両手で顔を押さえてゴロゴロ転げまわり、足をバタバタしていたのは言うまでもない。
とりあえず二人はヨシュアとカーシャの様子を見てから食堂に向かうことにした。
少し渋るアリサと共に3階に上がり、例の部屋を覗いて見たものは――
「「「汚物は正当防衛だぁ!」」」
――と、咆えながらダンを滅多刺しにするカーシャ・ユーコ・フランソワーズの姿だった。
「!?」
思わず我が目を疑うユーシスとアリサ!
「た、助けてくれ!わかった、言う、宣言する!」
「おまえは助けを乞う者の頼みに応じたことがあるのか!正当防衛ー!(ざく!)」
「ぎゃあああああああああ!」
「「「私達の正当防衛はこれからだー!」」」
「「…………」」
二人は少し沈黙……そして
「何あれ、怖っわ!ほんと何あれ!?」
びびるユーシスとアリサ。
そんな二人とフランソワーズの目が合ってしまった。
彼女は“ニタァ……”と笑いながらおいでおいでと手招きした。
―― ぞわ……
二人は転がるように階段を逃げ降りて行った。
きゃはははは♪
うふふフフフ♪
はーはっはっはっ♪
3人の高らかな笑い声が鳴り響く。
「正当防衛」を連呼する怒れる彼女達の狂宴は、まだまだ終わりそうになかった。
「び、びっくりしたぁ」
「あの人達もいろいろため込んでいるんだな……」
「…………」
「どうした?」
「私も同じようなことユーシスにしたんだよね……」
アリサの肩が震えだし目から涙が零れる。
「気にするな、勇者の魅了にかかれば誰でもああなるんだ」
「でも!」
「いいから……」
ユーシスはアリサの肩を抱き、唇に人差し指をあてて沈黙を促した。
食堂に向かう途中でカーシャ・シーナ・ケス・ワナの四人とすれ違う。
特に会話を交わすことなくお互い会釈だけして過ぎ去った。
食堂でユーシスとアリサは用意されていた食事を取った。
お腹が空いているはずなのに中々を喉を通って行かない。
その後、食後の休憩に入り、しばしの沈黙のあと、俯きながらアリサが口を開いた。
「私、これからどうなっちゃうのかな……どうしたらいいのかな……」
「え?」
「聖女の運命に抗えば、きっと今回みたいにユーシスが傷ついて行く、そんなの耐えられない」
「ちょっと待ってくれ!」
「いっそテラリューム教に行くか、諦めて召喚勇者の手に堕ちた方がいいのかも……」
「待てって!」
「ユーシスにあんな酷いことをして、汚れてしまった私があなたの傍にいていいハズがない!」
そう言ってアリサはテーブルに俯せ号泣してしまった。
「そんなこと言わないでくれ、俺は、俺は君がいないと駄目なんだ、ずっと一緒にいて欲しいんだ!」
「…………・」
「それにアリサ、これからどうするかなんて、もう決まっている事じゃないか」
泣きじゃくるアリサの肩に手を置き優しい口調で語り掛ける。
「え?」
アリサはユーシスを見つめ、次の言葉を待った。
「一緒に王都から逃亡しよう」




