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劇的なる浪漫詩集および抒情詩集 Dramatic Romances and Lyrics  作者: ロバート・ブローニング Robert Browning(翻訳:萩原 學)
12/22

研究所 The Laboratory

アンシャン・レジームとは、フランス革命以前の王政を、革命政府側が「旧体制」と誹謗したもの。作中の語り手及び毒の供給元は、ルイ14世治世下の毒殺魔Marie-Madeleine-Marguerite de Brinvilliersとその愛人Chevalier de Sainte-Croix及びその研究所がモデルと知れるが、詩人はこの一言により、舞台を革命前夜、ルイ16世治世下へ引き上げた。

本作は古語を多用し、古めかしくゴシックホラー的雰囲気に仕上げてあり、『旧体制』呼ばわりはそちらの意味を含めてかもしれない。

[旧体制下 ANCIEN RÉGIME.]

I.

(わらわ)(きた)れり、ガラスの(おもて)きつく結べる汝よ。

白く纏へるこの薄衣(うすぎぬ)透して見守り居るや、

慎重なるそちの商ふが、これなる悪魔の鍛冶場が中とはの。

何れの毒ぞあの女毒すや、願はくは?

NOW that I, tying thy glass mask tightly,

May gaze thro’ these faint smokes curling whitely,

As thou pliest thy trade in this devil’s-smithy—

Which is the poison to poison her, prithee?

II.

彼あの女と共に在り、妾知れるを2人知る

2人の在り処を、2人の為すを。妾の落涙無き筈もなしと

2人の嗤ひ、嗤ふは妾を、妾逃げ出しうら寂しき(うつろ)なる

教会に、2人がため神へ祈らんを!それが此処に在らふとはの。

He is with her, and they know that I know

Where they are, what they do: they believe my tears flow

While they laugh, laugh at me, at me fled to the drear

Empty church, to pray God in, for them!—I am here.

III.

挽き去り、湿らせ、よく磨り潰すがよい、そなたの生地を

粉々の粉微塵に、……()かしはせぬぞえ!

かく座すも、(なほ)そちが見慣れぬ事共観察するも、

王の御前に踊るべく、男共の(なら)ぶに赴くより()けれ。

Grind away, moisten and mash up thy paste,

Pound at thy powder,—I am not in haste!

Better sit thus, and observe thy strange things,

Than go where men wait me and dance at the King’s.

IV.

その乳鉢に在るは……ゴムと言ふのかえ?

なんと雄々しき樹ならん、かくも黄金滲み出すからには!

向かふの滑らかな薬瓶に、鮮烈なる青、

さだめし甘い味のしさうな……あれなるも毒かや?

That in the mortar—you call it a gum?

Ah, the brave tree whence such gold oozings come!

And yonder soft phial, the exquisite blue,

Sure to taste sweetly,—is that poison too?

V.

そち及びそちが宝物、悉く妾が手にし

在れば、見えぬ喜悦の雲、黒々と湧かふもの!

至純なる死を仕込むはイヤリング、宝石箱に、

印章、扇子の柄、金細工の籠、どれにしやうかの?

Had I but all of them, thee and thy treasures,

What a wild crowd of invisible pleasures!

To carry pure death in an earring, a casket,

A signet, a fan-mount, a filigree basket!

VI.

まもなく王が御前にて、飴の1つも与へれば、

ポウリーンが生命ははや、残りたったの30分!

或は香を焚くだけで、エリーゼは頭から

胸から腕から両手から、腐り堕ちて死なん!

Soon, at the King’s, a mere lozenge to give,

And Pauline should have just thirty minutes to live!

But to light a pastille, and Elise, with her head

And her breast and her arms and her hands, should drop dead!

VII.

早々と、終わったのかえ?色の穏やかならず!

薬瓶のやうなる淡き、魅惑的にも朧気に、何故できぬ?

あの女の飲み物耀かし、女をして矯めつ眇めつ、

掻き回し味わはしめ、遂にはぐつといかうに!

Quick—is it finished? The colour’s too grim!

Why not soft like the phial’s, enticing and dim?

Let it brighten her drink, let her turn it and stir,

And try it and taste, ere she fix and prefer!

VIII.

何と1滴!あの女小柄ならず、妾がやうには可愛からず!

なればこそあの女、彼を陥れしものを。到底これでは

あの魂を、男勝りの両目から抜かすなど、…「止れ!」とあれなる

力強く打っては返す脈搏に命ずるなど、及びもつかぬわ。

What a drop! She’s not little, no minion like me!

That’s why she ensnared him: this never will free

The soul from those masculine eyes,—Say, “no!”

To that pulse’s magnificent come-and-go.

IX.

つい昨夜、2人囁き合ふに出会して、妾が両目を

あれに据へるなり、妾が見込みは2人して

30分も咎め居れば、しほらしくも項垂(うなだ)れやうかと

思ひきや、めげず。…じゃが、これならば効かうゑ!

For only last night, as they whispered, I brought

My own eyes to bear on her so, that I thought

Could I keep them one half minute fixed, she would fall

Shrivelled; she fell not; yet this does it all!

X.

あれの苦痛を安んぜよとそちに命ずる妾ではなし。

むしろ死をよく味あわせ、その(あかし)留めるべし。

焼印焼き込み、澄ました顔を喰ひ千切り。

あれの死に様、彼が眼に焼付かすべく!

Not that I bid you spare her the pain;

Let death be felt and the proof remain:

Brand, burn up, bite into its grace—

He is sure to remember her dying face!

XI.

出来たかえ?此の面は外してたもれ。むくれるでないわ、

あれを殺せるもの、是よくよく身近に(あらた)めねばの。

お上品な雫、妾が行く末そっくり引き換える報酬……

あれを痛めつけるものならば、妾をもいつまでも苦しめやうの?

Is it done? Take my mask off! Nay, be not morose;

It kills her, and this prevents seeing it close;

The delicate droplet, my whole fortune’s fee—

If it hurts her, beside, can it ever hurt me?

XII.

では、妾が宝石全て取れ。望む黄金詰め込むがよい、

妾に口付けも許すぞ、翁め、何なら妾が口にさへ!

但し此の芥よく払ふべし、さもなければ恐怖を齎さんと

妾も承知……次の瞬間、妾ぞ王が御前に踊らんと!

Now, take all my jewels, gorge gold to your fill,

You may kiss me, old man, on my mouth if you will!

But brush this dust off me, lest horror it brings

Ere I know it—next moment I dance at the King’s!

thy:《古語》汝、そなた。

thou:《古語》汝は。そちは。

pliest:(archaic) second-person singular simple present form of ply

prithee:《古語》願わくは。何卒。

pastille:菱形の錠剤、ここでは菱形に固めた香を指す。

minion:一般に「家来」「小間使い」を指すが、ここでは己のminiなることをいう。

next moment I dance at the King’s!:とどめの1行は舞踏会の予定としては有り得ない言い方で、『死の舞踏』を意識したものであろう。すると語り手は既にこの世の人ではない。

同時代の『死の舞踏』は、ボードレール『悪の華』(1857)所収の同曲、サン=サーンスの交響詩(1874)、リストの管弦楽曲(1849)などがある。そのものではないが、同じく『怒りの日』をモチーフにしたベルリオーズ『幻想交響曲』は1830年初演、1845年出版。いつの時代にも死神の手は免れられないものとはいえ、ホルバインの木版画から300年も経ってから、産業革命後の英仏で改めて流行るのは、何とも劇場的である。

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