二筋目
「や、やっと着いた。まさか二週間も歩き続ける羽目になるなんて……」
帝都の近くの街に着いた俺は独り言を零す。やけにそれが響いてしまった気がするけど、今はそんな事を気にしてる程の気力も無い。
この街に着くまではなるべく戦場の被害が無い所に潜みながら進んでいると、巷で噂になっているらしい盗賊が襲ってきたので返り討ちに合わせた。
ついでにその人達から物資──金品や水筒、保存食等──を強奪……ではなく、譲り受けて食事と給水は無事摂ることが出来た。
それでも二週間の野宿は精神的に辛い。疲労も溜まってるからすぐにふかふかの寝具に身を任せて寝てしまいたい。
「それにしても、元の世界と同じなら魔法の創造ってかなりの時間が必要なのに、それをわざわざこれだけのために三日で創ったリシってもしかして凄い子だよなぁ」
最初の三日間は孤立無援の遭難状態。正直元の世界に帰りたい気持ちで一杯だった。
でも四日目にリシから念話? 魔法を創って連絡してくれた。そのおかげで目的地と方角がわかった時は泣いて感謝した。
「何はともあれ、まずは暖かいまともなご飯を……。あっ、あそことか良さそう」
いい匂いを漂わせているお店を補足し、左に進路を変える。
段差を登りキィ、と扉を押して開けると美味しそうな匂いと何やら暗い空気が漂わせていた。
「あ、すみません。このお店のオススメをください」
店に入って目の前にあった個別用に分けられている卓を選び、すぐさま注文をさせてもらう。
なんでこんな空気を漂わせているのかは気にはなるけど、今は何よりと暖かいご飯を食べたい欲が抑えられなかった。久しぶりのまともな暖かいご飯で身体がうずうずする。
「……はいよ、お待ちどうさん」
十数分待っていると目の前に炒飯が盛られた皿を出される。
いい匂い……、もう我慢出来ないっ、いただきます!
☆
「ごちそうさまでした……」
五分もしない内に完食してしまった。
ゆっくり味わおうと思ったのに一口食べたら手が止まらなかった……。不思議な事もあるもんだなぁ。
「ふぅ、それにしてもやっぱり静かすぎる。やっぱり戦争続きで疲れちゃってるのかな」
独り言をポツリと漏らす。
ご飯を食べてようやく周りを気にする余裕が出来た。俺の知っている街より子供達の声や人々の話し声がほとんど聞こえてこない。あったとしても大人達のため息と共に出ていく愚痴くらい。
そういえば街に入った時も無駄に俺の声が響いてたのも周りが静か過ぎたからか。と、今更ながら気づいた。
「さってと、休憩もこのぐらいにしておこう。あまり長居して敵兵に見つかりでもしたら厄介だし」
それにあと少しでリシとの待ち合わせ場所に辿り着ける。あともう少しの辛抱だ。
「……? なんか表がうるさいな」
勘定を済ませていざ表に出ようとしたところでさっきまでは聞こえなかったザワザワという音が道に面している壁の方から聞こえる。
何事かと思っていると一人の男が扉を大きな音を立てながら入ってきた。
乱れる呼吸を整えること無く、男は声を枯らしつつ吠える。
『た、大変だ! 将軍代理が来たぞ!』
店の中でどんよりとしていた客達も思わず椅子を倒すほどの勢いで立ち上がり、目を見開き声を上げた。
そんなに慌ててどうしたんだろ? そのショーグン? っていうのはそれ程までにヤバい人なのかな。
うーん、代理ってことはそのショーグンっていうのの代わりをやっている人のことだけはわかるけどそれ以上のことがわからない。
「あの、店主さん。ショーグン代理っていったいなんのことですか?」
『あぁ、あんた旅の人かい。将軍代理ってのは──』
「──先代将軍の後釜を決められず、暫定的に着いている者のことだ」
いつの間にか後ろに軽装のような、最低限の装備を身に着けた男が立っていた。
声の主もこの男のか。
「あぁ、聞き方が違うや。ショーグンの意味を教えて欲しくてね」
「端的に言ってしまえば、この帝都でものすごく偉い者だ。それ以上もそれ以下もない」
なるほど、この世界においての階級のようなものか。しかし納得のいく佇まいだ。
たぶんこの人は、この世界で敵対したどの人よりも遥かに強い。
「そうなんですか。わざわざ教えてくれてありがとうございます。では俺は失礼させていただきます」
要は俺の敵だ。
触らぬ神に祟りなし。さっさとここから離れよう。
「見たところ旅の途中のようだ。呼び止めてすまない。だが、道中気をつけろ。最近は帝都の周りを荒らす奴がいる。うちの兵も被害を受けたみたいだ」
それって俺の事かな、とか思いつつ礼をして立ち去ろうとした。
──その瞬間だった。
いつの間にか、本当にどのタイミングでやられたのかわからない。
気がついたら、俺は店の木の壁を貫いて吹き飛ばされていた。
「──がはっ!?」
何度も地面をバウンドして道を挟んであった建物に突っ込む。ややあって身体が何が起きたのか理解出来たかのように肺から空気が逃げる。
「君の事だろう? 反逆者の協力者っていうのは」
わかっててあんな近づき方したのか。
勘弁して欲しいよ。こっちはそこまで戦闘経験を積んでるわけじゃないんだから。あんな不意打ちされたら何も出来るわけないじゃない。
「それにしても驚いたな。今のに反応するとはな」
自分の身体の上に乗っている木片なんかを退けているとゆっくりとショーグン代理が近づいてくる。
「げほっ、ふざけんなっ、なんも出来てなかったって……」
ダメージのせいで思うように発声が出来ない。『祝福』を発動させる間もなく攻撃されたんだ。こうなるのは仕方ないよね。
「ふむ、どうやら無意識のようだな。その域に達するまでいったい何を……いや、どうでもいい事か」
「いや、もう少しお話しない? なんで俺は殺されそうになってるの」
「必要無かろう。話も、殺される理由も」
「ちょっとくらい乗ってくれてもいいじゃん……。せっかちな人だな、っと!」
まだ受けた攻撃の衝撃が消えてない中、ショーグン代理は容赦なく攻撃を仕掛けてきた。余裕を持って左に身体の全てを使って回避を成功させる。
しかしその攻撃もかなり強力なもので彼を中心に衝撃が走り、また吹っ飛ばされてしまう。
「まだ話してる最中なのに攻撃とかやめたら? 帝国じゃあそれが流儀なのかなっ?」
衝撃によって崩された体勢を素早く直す。
本当に危ない。『祝福』を発動させる前にあんなものを貰ったら戦闘不能になる!
「避けられるように手加減はしたさ。これしきで会話が出来なくなるほど脆いはずが無いだろう?」
「当然っ!」
『祝福』を発動させ一気に間合いを詰める。
そのまま代理の身体を持ち上げ街の外に向けて投げ飛ばす。
「ここじゃ周りに被害が出るから、場所を変えさせてもらうよ!」
恐らくもう聞こえる距離ではないだろうけど一応言っておく。
俺もすぐに投げ飛ばした方へ走り出す。その際に砂埃を巻き上げてしまったがこれぐらいは勘弁してもらいたい。
「さて、と。ここまで来れば大丈夫かな」
街から数百メートル離れた場所にまで離れたところまで来たところで立ち止まる。
さて、あの人はどこにいるかな? 先にここら辺に落ちてると思うんだけど。
……あれ、どこだ? かなり適当に放り投げたからちゃんとした位置まではわからない。
「……まさか落下の勢いで地面にめり込んだかな」
「そんなわけないだろう」
「うわっ!?」
後ろにスルッと立たないでくれないかなぁ! ビックリするでしょ!
「何を驚いている。お前が投げ飛ばしたんだろうに」
「それでも後ろから突然声かけられるとビックリするんだよ」
そういうものか、と言いつつ代理の人は拳を俺の顔へ振るう。それを余裕を持ってその拳を掌で握るように止める。
「本気ではないとは言え、私の一撃を真正面から受け止めるか」
「貴方こそ本当に何者? 俺と力で張り合えそうな人なんて今までいなかったよ」
肉付きも言う程あるように見えない。それなのに『祝福』で筋肉を増している俺と張り合うなんて。もしかしてこの人もそういう何かを持っている?
「ああ、そうだったな。自己紹介が遅れた。私はヴィーラ、今は帝国の西側のみではあるが全権を委ねられている者だ」
「ご丁寧にどうも。俺は新渡戸力也。異世界から召喚された。アニムスフィア、リシの協力者だ」
ミシミシ……と地面にヒビが入っていく。
ヴィーラは拳に、俺は掌に。そこを中心に相手を押し返そうとして踏ん張りを効かせている。
しかし互いの力が拮抗しているためか押し返すでは無く、互いに脚を地面にめり込ませていく。
「私の『強化』の魔法に対抗出来る人間がいるとは……っ」
「こっちのセリフだ、まさか『祝福』を使っても押し切れないなんてね……っ」
まだ上の力は出せるけど、ここまで力を出して拮抗されるのは初めての経験だ。この人の魔法、『強化』だけのものじゃなさそうだ。装備の下にかなり鍛えられたものが土台になってる。
「っふ!」
「おわっ!?」
顎を右脚で蹴りあげてくるなんて酷いな! 今は力と力の比べ合いじゃないのか!
避けるついでに距離を置いて間合いを測る。どうせヴィーラも俺と同じく超接近戦しか無いかもしれないけど、ずっと力比べしてても仕方ないしな。
「流石だな。今のも反応するのか」
「勘弁してくれよ。俺は君みたいに戦闘を生業にしてるわけじゃないんだから」
「その生業にしている私の攻撃を全部反応しきっているお前はいったいなんだと言うんだ。私の拳は他の将軍代理達三人がやっと反応出来る程凄いのだぞ。それ以下はもはや目視することすら出来ない、そんな私の攻撃をお前は不意打ちにすら反応している。わかるか? 私と拳で立ち向かえるものはそうそういないのだぞ」
「話が長い。要は君は強いって事でいいね?」
「もちろん」
はぁ、俺も運が悪いな。あともう少しでリシと合流って時にこんな強い人に見つかるなんて……。
それにもしこの人ぶっ飛ばしても帝国にバレるでしょ? それはそれで面倒なんだよなぁ。もしリシの計画に奇襲とかそういうのがあったら成功する確率下がりそうだし……。
「適当にボコって逃げるか……?」
「それをさせるとでも?」
そう言ってヴィーラは間合いを一気に詰め、下から腹にめがけて拳を突き上げてくる。
目が慣れてきたから手の平で抑え込むけど、かなりビリビリくるな。徒手での戦闘はあまりした事ないからどれくらいが受けきれるかわからないのが難点だなぁ。
「はははっ! いいな! まさか完全に受け止めるようになるとは!」
「あまり褒めるないでよ。これでもかなり衝撃が来てるんだから」
そんな会話をしながらも容赦なく蹴りも含めた攻撃をしてくるのでそれらを全ていなしていく。
正直今の状態だとこっちから攻撃をするのは難しいから今はこの状態に慣れる必要がある。とにかく今は攻撃が直撃しないことに集中しないと。
「…………」
「ってあれ? どうしたの?」
「……なぜ攻撃してこない」
「……は?」
「ふざけているのか! 折角本気で殴り合いが出来ると思ったのに、貴様は一向に手も足も出さないじゃないか!」
あ、あーなるほど? それで怒ってるわけか。
「わかったよ。仕方無いな。ホントは無傷、もしくは騒ぎにしないようにしたかったんだけど──」
ヴィーラがいる場所に一足で、ヴィーラが出していた速さよりも更に早い速度で詰め寄った。
目を見開き、すぐに迎撃の構えを取られる。
けど、少し遅い。
「──っ!」
「かなり本気で行くからね」
拳を振り下ろす。
ギリギリのところでヴィーラは腕を滑り込ませて防御をする、が。
「ぐぅっ!?」
それは余りにも貧弱過ぎる。
防御の上から思いっきり地面に叩きつける。ヴィーラはそれをまともに受け、膝からめり込むように体勢を崩れる。
「どうしたの? 本気出せって言うからかなり本気でいったのに、そっちが本気じゃないんじゃすぐに終わっちゃうよ?」
「……すまない、私とした事が勝負に集中をしていなかった」
ヴィーラはすぐにその場で立ち上がり、俺と目を合わせる。
さっきまでと顔付きが違う。本気になった……あれ? これ選択肢間違えた? なんで本気で戦おうとしてるの俺?
「行くぞ新渡戸力也。ここからは全力だ」
「……あーもう! かかってこいこんちくしょうがぁ!」