表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

寄生虫

異世界のコンビニは無人だ。店員は居ない。一つのがらんとした小屋に、食べ物や、何かの素材や、他の異世界転生者が持ち込んだものと思われる異界の道具がポツン、ポツンをテーブルに置かれていて、その横に器がある。

町人はその器の中に金貨を入れて、品物を取る。


そんな雑なシステムで窃盗が起きないのか?起きない。町人は基本的に飢えていない。越前のように身寄りのない人間も、誰かが面倒を見るので犯罪に走るようなことがない。

この町の人間は基本的に無欲だ。最低限の衣食住が確保できればそれでいいと考えているし、細やかなものだが二ヶ月に一回くらい祭りがあり、それを楽しみにしながら呑気に生きている。


越前はというと、その余りにも平和的な空気に完全に飲まれてしまった。


コンビニはあるのにコンビニバイトのいない世界。すべてが満ち足りた世界。

隣の村が蹂躙され死体で溢れているというのに、それを全く気にしていない。


しかし越前は時々ダムドの凄惨な光景を夢に見る。立ったまま死んでいる少女、積み重なった死体の山、村ごと燃やすほどの呪われた炎の焼跡、焼けた小屋、焼けた家畜。鐘の鳴る教会。

あの村に一体何があったのだろうか。


その原因を突き止めなくてはいけない気がするし、自分と無関係の災いというわけではない気もする。


「テスラ、俺やっぱりダムドの事が気になる。テスラは気にならないのか?」

「怖いけど、きっと何もわからないからね、気にしてもしょうがないわ」

テスラは林檎の皮を剥いていた。


「世界の全ては、繋がっていると思うんだ」

「そうかい?はい、あなたの分」

カットされた林檎を手渡された。


「俺は今、一つ、悪い妄想をしている。昨日見たあの守護龍が、俺の生み出す災いそのもので、ダムドを焼き尽くしたザハルカの主は俺なんじゃないかって…」

「ははは、馬鹿な考えだねエチゼン。守護龍っていうのは災いなんか起こさないよ」

「そうも言い切れないだろ、昨日俺が見た守護龍は善いものとも悪いものとも思えなかった」

あの空そのもののような、全貌が全く見えない、黒い何か。


「龍っていうのは、会話ができる相手なんだろ?」

「そうだね、饒舌でプライドが高くて、自分のことを神か何かだと思ってる、面倒くさい話し相手ね」

「龍と守護龍は違うものなんだろ」

「そうね…違うもの、かもね」

「テスラには守護龍は憑いてないのか?」

「守護龍は女には見えないんだよ、きっと。守護龍の話を好んでするのはみんな男さ。スープ飲む?」


越前は、程よい辛さの野菜のスープを飲みながら、テスラが何か考え始めたのを眺めた。

テスラは正面から見ると如何にも活発な町の娘という印象だが、横顔はやけに大人びていて、美しくて儚い雰囲気がある。


「…街でさ、」

「街?」

「このテスリスの隣の街、ヘルメザっていう街に、行ったことがあるんだ」

「うん」

「その街で誘われた酒場でね、寄生虫の話を聞いたんだよ」

「寄生虫?」

「筐体論や天使について私は何も知らないけど、聞いた話だと、寄生虫っていうのは人に宿って、何か悪さをするって聞いた」

「人に寄生するのか?」

「そうだよ。ダフネ、ポピュラスの怪馬、羅生門、マリオネット、あと一番有名なのが、確か…ヘンリーマイヤー…だったかな…もう皆絶滅したと言っている人もいるし、寄生虫が人間の意識に完全に溶け込んでいるだけだって言う人もいる」

「寄生虫に感染するとどうなるんだ?」

「種類にもよるけど、ヘンリーマイヤーに感染したらもう人間としては生きられない」

「そうか…それで、寄生虫がダムドとどう関係があるんだ?」

「これからは忠告だよ。もしダムドに行くとしたら、戦争とか、ザハルカとか、あなたの守護龍なんてものじゃなくて、一番注意するべきなのは寄生虫だよ、寄生虫が感染するのは主に人間だけど、言葉や、存在そのものにさえ寄生する」

「…なるほどな」


テスラやガハクが寝付いた頃に、越前は夜の町に出て、またあの夜空より黒い空が現れるのを待った。


30分間ほど空を眺めて、石造りの階段を昇り降りし、もう帰ろうかと考え始めた時、またあの黒い空が現れた。

月の光を遮り、どこまでも黒く空を覆うそれは、また鯨の鳴き声を発した。


「守護龍なのか?」



「俺はどうすればいい?この町を出てもいいのか?」



「ダムドやヘルメザに行きたい。お前はどう思う?」



「…いつまでそこにいるんだ、どうしてそこにいるんだ?」



ツ ミ ニ


「積荷?誓い?何のことを言ってるんだ?」



「ダムドを焼いたのはお前なのか?」


越前が守護龍に大声で話しかけ会話を試みていると、テスラが出てきて越前を家に連れ戻した。


「声が大きいよ、他の人に怒られちゃう」

「申し訳ない…ただ、守護龍が俺の声を聞けなかったら意味が無いと思って…」

「それが本当に守護龍だったら、心の中で語りかけるだけでいいはずだよ、これからはそうしてよ」

「わ、わかった」


夜が明けると、また守護龍はどこにもいなくなってしまった。何故夜にしか現れないのだろう。


「テスラ、やっぱり俺はダムドに行く、その前にヘルメザを訪れて情報を集めようと思う」

「わかった、行ってらっしゃい。疲れたらまたうちに来たらいいよ」

「色々とありがとう」

テスラは微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ