カノン
昔十条で喰った馬刺しがめちゃくちゃ美味かった。それ以来、越前は馬が大好きになった。競馬場に通ったり、競馬がモチーフの美少女アニメにハマった。しかし馬の美少女のアニメはエッチな同人誌が出なかったから少し熱が冷めてしまった。
乗馬もしてみたかったが、友達と乗馬する予定が友達の都合で無くなってからは乗馬の予定を立てていなかった。
まさか死んでから馬に乗ることになるとは。
カンスト馬の乗り心地はカンスト馬が言った通り、最高のものだった。
絨毯の上で寛いでいるような安定感と、眠くなるような安心感があった。
越前は空に浮かぶ雲をじっと見ながら、雲が段々鰐の形になっていくのをゆっくりと眺めた。
「馬、お前は他の人間とも話せるのか?」
越前は、コンビニに来た狼と会話できたのは、自分に動物と会話できるスキルが身についたのではないかと思った。
「話せるが」
「他の馬もみんな人間と話せるのか?」
「話せる」
この世界では、動物の知能レベルは人間と同じらしい。やはり越前進は何の能力もないただの越前進だった。
馬の美少女アニメを思い出したのがきっかけで、頭の中が好きだった美少女キャラクターまみれになってきた。
「馬、美少女キャラクターってわかる?」
「kanonしか知らないが」
「あれ、俺やったことないんだよな、名雪?っていう女の子が人気なんだろ?」
この世界にもエロゲーがあって、馬もエロゲーをやるのか。馬は人間のエロゲーをやって何を感じるのだろうか。
「ナユキ?そんなものは知らない、私が知っているのはカノンという少女だ」
「え?カノンという少女?」
「そうだ」
「…それは、美少女キャラクターなのか?」
「そうだ」
「絶対に伝わらないと思って『美少女キャラクター』という概念の話をいきなり振ってしまったのは申し訳なかったけど、そもそも美少女キャラクターって何だか分かる?」
「架空の人物やそのデザインのことだろう、二次元美少女とも言われている」
「まあ、そうなんだけどさ」
「次の町にはカノンのグッズが沢山売られている」
「…」
とにかく、次の町に着けば全部分かるのだろう。越前は美少女キャラクターについて考えるのをやめた。
ラストブレイブという町に着いた。
町の開かれた門の前に大きな井戸があり、小さな少女が水を汲んでいる。
門をくぐると、そこは活気に満ちていて、談笑する婦人や、武器を物色する男や、小さなツボを囲んで何かの遊びをする子どもたちがいた。
死臭に満ちた前の村とは大違いだ。
「あら、アグロじゃないの。どうしたのその人」
若い娘が一人、馬に駆け寄ってきた。
「私はアグロではない、これはダムドにいた人間だ。記憶と財産を失ってしまったからこの町に連れてきた」
「…へぇ、名前なんていうの?」
「エチゼンススム…」越前は答えた。
「何だ、意識はっきりしてるじゃない、ダムドからね…大変ね…」
越前が転生した最初の村はダムドと呼ばれているらしい。
「とりあえずウチに来なさいよ、アグロも一緒に」
「私は行くところがある。この人間はカノンというものを知らないらしいから、教えてやれ」
「カノンを知らないの?」
「知らない」
「………」
重い沈黙があった。カノンを知らないことは、何か善くないことらしい。
「まあ、とにかくうちに来なさいな」