馬
異世界転生するなら美少女になりたかった。
越前進は異世界転生について何も知らない。
なろう小説というものを読んだことがない。
まさか自分が異世界転生することになるとは全く考えたことがなかった。ただ美少女になりたかった。
目の前に広がる明らかな異世界の光景に、つい自分が異世界転生したことを面白がってしまったが、その後に、自分が死んだことが悲しくなってきた。
享年28歳。せめて30歳までは生きたかった。まだ何も成し遂げず、あの世界には何も残せなかったんだと思うと、涙が出た。
最後の記憶から、恐らくは電車の脱線か衝突か、とにかく電車に何か事故があって死んだんだろうと思う。不幸な事故だったけど、あの世界に残してきた両親と妹には鉄道会社から賠償金が支払われるのだろうから、それは良かったなと思う。
そういえば、電車で前に乗っていたお姉さんも、この世界に転生しているんじゃないだろうか。
そもそも、どうして異世界転生が起きるんだ?なんの意味があるんだろう、転生したらどうすればいいのか全く分からない。
とりあえず、この死臭がすごい場所に居るのは耐えられない、もっとまともそうな町に行きたい。あー、美少女に転生したかった。どうしてまだ越前進なんだ。
木の小屋がまたクシャリと潰れた。何かに踏み潰されたように。
生きている人間も一応居るのだけど、まず言葉が通じるのか不安で話しかけられなかった。
越前はバイト帰りのラフな装備のまま、鼻を塞ぎ、細い道を歩いていった。
道中に一匹の馬がいた。馬か。乗馬スキルがあったら一気に行動範囲が広がるだろうけど、今まで一度も乗馬したことがない。馬の手綱さえ何もないし、馬に乗るのは諦めた。
すると馬がこう言った。
「何処へ行くのかね」
馬が日本語で喋ったので普通にビビった。
「何処か、ここじゃない何処かだよ」
「この道の先にラストブレイブという町がある。そこへ行くといい」
「ラストブレイブ?」
「私がそう呼んでいる町だ」
「そこには何がある?」
「ベジタブルフィフティーシックスという名物がある」
「ベジタブルフィフティーシックス???なんだそれ」
「野菜の揚げ物だよ」
「その、ベジタブルフィフティーシックスっていうのを食べることは、なんていうか、何か俺にとって特別なイベントなのかな」
「ベジタブルフィフティーシックスは特別な食べ物ではない」
「ごめん、この会話なんかすごく頭が悪い気がする、もう行っていいか?」
「馬が頭のいい動物だと思っていたのかねwふっふっふwww人間と同じくらいの頭の悪さだよ、おまえには丁度いい話し相手だ」
越前は少し黙って考えてから、馬が少しでも親身に話を聞いてくれることを期待して、今までの出来事を語った。
「…ていうわけで、俺は異世界転生してここに来た、今はどうしたらいいのか全く分からない、助けてくれ」
「気の毒にな」
「…」
「私の背中に乗れ」
「えっ!…でも、俺には乗馬スキルは…」
「いいかい人間。乗馬には人間側の乗馬スキルとは別に、馬側の乗馬スキルも存在する。私の乗馬スキルはカンストしているから、赤子だって乗せられるんだ」
「なんだ…おまえやるじゃないか!」
「さぁ乗れ、飛行機のファーストクラスよりも良い乗り心地を提供してやる」
こうして越前は乗馬スキルがカンストしている異常な馬に乗り、ラストブレイブという町へと向かった。
「馬、馬、お前名前あるのか?」
「無い」
「じゃあ、アグロって呼んでもいいか?」
「ダメだ」