予感
「びっくりした…」テスラは割れた瓶の破片を拾いながら言った。
「悪い、今のはこいつの魔法なんだ」越前は幼女を指差した
「こいつはテスラっていうんだ、お姫様も謝れよ」テスラが幼女を見て小さく会釈した。
「この町の人は魔法に慣れてないのね、ごめんなさい」姫姫姫が頭を下げると、横にいた騎士が深々と頭を下げた。
「とりあえずテスリスに転移したけど、私の城に帰ったほうがいいわね」
「グランドコロスの城か?」
グランドコロスと聞いたテスラが驚いて叫んだ。
「グランドコロス!?」
「こいつはグランドコロスのお姫様なんだよ」
「お姫様…あなたが姫姫姫様なの…」
テスラは驚きすぎて全身の力が抜けてぐにゃぐにゃの体勢になってしまった。
「もう一回転移するわよ、越前」
「分かった」
姫姫姫はまた風景の塊みたいな球体を投げる。
三人は豪華な装飾が施された、テスラの部屋の10倍くらいの巨大な部屋に出た。
それを見ていたテスラはまた驚いて、今度は完全に横たわってしまった。
「さっきの子の前で異世界転生の話をしたらどうなるか分からないからね」姫姫姫が言った。
「異世界転生の話をこの世界の住人に話すとどうなるんだ?」
「嫌なことが起きる、って私の直感が言ってる」幼女が自分のこめかみを指差した。
巨大な部屋の真ん中に小さなテーブルと椅子がある。三人はそこに腰掛けて話し始めた。
騎士、アレスがメイドの女の姿に変わった。
「お前男じゃなかったのか」
「守護龍にとって性別は単なる見た目でしかないから、なろうと思えば何にでもなれるわ」姫姫姫が言った。
「姫姫姫様、紅茶お入れします」
「お願い」
アレスがティーポットとカップを持ってきて、お茶を注いだ。
アレスは再び騎士の姿に戻り、席についた。
越前が話し始めた。
「まずダムドについて知りたい。俺は元の世界で死んだら、何故かダムドに転生した。ダムドについて分かれば、俺が転生した理由も分かるかも知れない」
「もう気付いてると思うけど、恐らくダムドは寄生虫、マイヤーデッドの感染によって滅んだのよ」
騎士が円錐、寄生虫の甲冑をテーブルの上に置いた。
「あっ!!あぁ…っ!!!」
姫姫姫が突然苦しみ始めた。
「おい、どうした!」
越前が姫姫姫に駆け寄る。
「ホットケーキホットケーキホットケーキホットケーキホットケーキホットケーキホットケーキホットケーキホットケーキホットケーキホットケーキ」姫姫姫はホットケーキを連呼し始めた。
「大丈夫か、お姫様」
「ふぅ…ふぅ…やっぱり今の私は寄生虫について考えることは出来ないわ、魔術的なプロテクトが掛かってる」
姫姫姫は、寄生虫について何かを知っている。しかしその情報のアウトプットや、情報の分析をする権限がない。
「どういうことだ?知ってるけど話せないってことか?」
「…そうよ」姫姫姫が息を切らしている。
「…ダムドの滅亡には寄生虫が絡んでいる、でも寄生虫については今は考えることができない…ダムドについては保留だな」
「その方がいいわ、いずれ分かるでしょう…その代わり、この甲冑を見せることはできる、甲冑をよく観察して」
「わかった」
越前はその重たい鉄の塊を手に取り、その形状をじっくり観察した。そして円錐の内側を見ると、何か文字がびっしりと書かれている。
「…!………」越前はそれについて姫姫姫に質問しようとしたが、質問は許可されていない。
「…わかった、じゃあ次は異世界転生について話を聞かせてくれ、お姫様は生前何があった?」
「特別なことはしてない、自分の部屋で何かを飲み込んで、気が付いたらこの国のお姫様だった」
「何かって、なんだよ、錠剤か、酒か、固形か液体かは分かるだろ?」
「覚えてないわ」
「じゃあ、変わったことは何か無かったか?動物と会話したとか」
「幼女に生まれ変わりたいと思ってた、くらいね」
「俺は、死んだ日に狼と会話したんだ、空腹の狼に食べ物をやった、人語を話す狼だ」
「狼が人の言葉を話した?元から魔法の世界にでもいたの?」
姫姫姫が大笑いしている横で、アレスは表情を変えずにじっと押し黙っていた。
「越前、ラリってたんじゃない?」
「薬なんかやったことないし酒もそんなに好きじゃない、バイトで疲れてたけど素面だった」
「越前は元の世界に戻りたいと思う?」
「…正直、残してきた親と妹が心配だ、俺の人生はどうでもいいけど、家族が悲しんでいるなら生き返れるなら生き返りたいと思っている」
「その執着が、今の越前を越前たらしめているんじゃない?」
「そうかもな」
「人はいつか死ぬし、生き返ってもいつかは死ぬ、だったら今のままでいいじゃない」
「そうだな…」
「姫姫姫、お前はどうして寄生虫について調べてるんだ」
「ダムドが滅んだのを鳥から聞いて、直感で分かったの。寄生虫というものが今急速に感染範囲を広げている、野放しにしてたらグランドコロスが滅びるってことが」
「守るべきものがあるわけか。いいね、俺には何もないぜ」
「本当にそう?」
越前はテスラの顔を思い出した。ガハクのことを思い出した。テスリスの町の顔見知りの住人を思い出した。そして、あの町が寄生虫に滅ぼされた様子を想像した。
「何もなくは無いな…」
「私は、今は寄生虫の対処で精一杯だけど、予感は他にもあるのよ」
「例えば?」
「この世界にももうすぐ機械がやってくることとか、生体調理師が現れること、守護龍の消滅、一爪草の出現、多様性の暴走、生命の消滅、この星が別の星の核になること、そして変わっていくこと」
「盛りだくさんだな」
「毎日夢を見る、この国の辿る未来を…悪いことばかりじゃない、良いことも沢山ある」
「私は寄生虫の情報にかけられたプロテクトの鍵を探しに行く、越前も私と一緒に行きましょう」
「寄生虫退治か…」
越前は少し考えた。
「それがテスリスの平和に繋がるなら、行くか…他に目的も無いしな…他の異世界転生者にも会えるかもしれないし」
「ところで姫姫姫、テスリスの町ではkanonのグッズが出回ってるんだけど、何か知ってるか?」
「あれは私が広めたのよ」
「お前だったのかよ!!!」
「まあ、何でも良かったんだけど…何かを信じることや祈る対象が必要なのよ、人間にとって」
幼女が優雅に紅茶を飲んだ。
「越前、明日早速フロストに行くわよ」
「フロスト?」
「グランドコロスの北にある国。そこに月出身の転生者がいる、呪術に詳しいはずよ」
「わかった」
「城の人に見つかると面倒くさいから、今日はここで寝て」
幼女が部屋の隅にある豪華絢爛な天蓋付きのベッドを指差した。
「…お前はどこで寝るんだ…」
「越前の横で」
「なるほどな…」




