転生者
姫姫姫が越前に言った。
「私の本当の名前は東京めとろって言うの」
「東京…?何言って…え…?お前、まさか…」
「そう、私も異世界転生者よ」
*
ダムドに蘇った越前は死臭に耐えながら夜を待った。夜になれば巨夜が来る。そうすればダムドのことも、寄生虫のことも巨夜に聞くことができる。
空き家の一つに閉じこもっても悪臭は家の中まで届く。どうやら悪臭は死体から出ているのではなく、このダムドという村全体から発生しているらしい。
やはりこの村の滅亡も寄生虫が関係しているのか?越前は今のヘルメザについて想像した。寄生虫と思われるあの肉塊を、巨夜の力を持ってしても殺しきることは出来なかった。
越前は家の中で食料を探した。パンとチーズとヨーグルトを見つけた。見た目は特に変ではない。パンにチーズを挟んで食べてみると、一口目を飲み込めないほど不味い。越前はテーブルの上に吐き出した。パンケーキに生クリームと腐った獣の肉を混ぜたような味がした。
いくら空腹でもこれは食えない。越前はダムドから少し離れた草むらに入り、柔らかそうな葉を千切ってむしゃむしゃ食べた。青臭かったがダムドの食品よりはマシだ。
夜になった。
越前は星空が消えるのを待った。あの暗黒が空を埋めるのを待った。
しかし空は一向に暗くならない。ただの夜空のままだ。
月が輝いている。この異世界は地球なのだろうか?それともあの星が月ではない何かなのだろうか?ここは一体何処なのか、越前は何も知らない。
雲が何度か月を隠し、風は冷たく、森はざわめいている。
「巨夜!」
越前は巨夜を呼んでみた。
声は空に広がって消えていった。
「いないのか?」
「ダムドに生者がいるなんて驚きだわ」
越前が振り返ると、幼稚園児くらいの小さい幼女と、越前より背が高い、鎧を着た若い男が立っていた。
「誰だ、お前は」
「姫姫姫。グランドコロス国の姫よ。こっちはアレス」
「…」騎士は黙っていた。
「姫…?道理で派手な服装だ」
「あなた、名前は?」
「エチゼンススム」
「えちぜんすすむ?」
「そうだ」
「私の本当の名前は東京めとろって言うの」
「東京…?何言って…え…?お前、まさか…」
「そう、私も異世界転生者よ」
越前は驚いて口が塞がらなかった。
「越前も異世界転生者でしょ?名前も見た目もそんな感じね、この世界に元からいたって感じじゃないわ」
自分以外にも異世界転生者がいるとは思っていた。が、この幼女がそうだとは。口ぶりも幼児のそれではない。異世界、なんでもありか?
「さっき呼んでた巨夜というのは、越前の守護龍?」
「そうだ、俺の守護龍だ。東京の守護龍はその騎士か?」
「東京はやだ、姫姫姫って呼んで。異世界転生者であることは念のために隠して生活してるから」
「前世が何だったのか知らないけど、この世界ではグランドクロスのお姫様だってな」
「グランド『コ』ロス!そうよ、お姫様なのよ」
「俺は越前進のままなのにな、楽しそうでいいな」
「あなたが、もしくは別の誰かがそう望んだんでしょ。私は前世からお姫様になりたいって思ってたし」
「望めばなれるシステムだったのか…?」
誰かが望んだのだろうか。越前進の存在を。
「聞きたいことは死ぬほどあるけど、今はとりあえず守護龍について教えてくれ。守護龍っていうのは男にしか見えないんじゃないのか?」
「そういう伝承もあるけど、実際はそうでもないわ」
「巨夜が、俺の守護龍が今夜は現れないんだけど、何故だか分かるか?」
「守護龍個々の特性は分からないけど、今のあなたに不必要だから現れないのかもね」
「必要不必要で守護龍が現れたりするのか?アレスはずっと側にいるのか?」
「私は魔法が使えるとはいえまだ5歳だから、保護者が必要なのよ、多分。だからいつもアレスがいるの」
「なるほどな…」
越前は続けざまに質問を浴びせかけた。
「ダムドと寄生虫について教えて欲しいんだけど、」
「わかったわかった。とりあえずダムドで用事を済ませたらすぐに隣の町に転移するから、そこで聞くわ」
「用事って?」
幼女が何かを拾い上げた。
「これよ」
それは穴の開いた鉄製の円錐だった。
「それは何だ?」
「寄生虫の甲冑」
「甲冑…」
姫姫姫が円錐をアレスに渡した。
「姫姫姫、寄生虫を見たことがあるのか?」
「直接は無いし、多分、見たら死ぬ」
「死ぬ…?」
巨夜は越前の代わりに寄生虫と対峙していた。それで巨夜が死ぬとは思えないが、万が一…。
「巨夜は死んだかもしれない」
「守護龍が?あっはっは!守護龍は死なないわ」
「そう言い切れるのか?」
「ダムドにもう用事はない、転移するよ、アレス、越前」
「転移って、どうやって…」
姫姫姫が虚空から引き出しを出現させ、一つの透明な玉を掴んだ。その玉には、昼間のテスリスの町の様子が映っている。
姫姫姫がその玉をポンと投げると、三人を包む風景が昼間のテスリスに変わった。
三人はテスリスに転移したのだった。
「あっ、アレス、やっぱりさっきの返して」
姫姫姫がアレスから受け取った円錐を別の引き出しの中に入れる。
「あ…あ…」
虚空から三人が現れるのを見たテスラは、牛乳の入った瓶を落として割った。




