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姫姫姫

白く巨大な空間にいる。


越前は自分の手を見る。手はない。胴を見る。胴もない。そこには越前の視点だけがあった。


ごく普通の白い空間。どこまでも広い。どこまでも行ける。当たり前の時間。


しばらくの間、越前はふらふらと宛もなく彷徨い、黒い十字の目印を見つけた。

あそこに行ってみようと思った。


それはまるで自分に与えられた、自分にだけ与えられた十字だ、と越前は思った。


なくてもいいけど、あった方がいい印。

当たり前の十字。


「進」


十字の方向に知っている誰かが現れた。

中島南だ。


「中島じゃん、何してんの」

「こっちに来ちゃだめ」


会話は唐突に終了した。越前の意識は墜落し、豪炎と共に越前に眼球が生え、脳が生え、骨が生え、肉と重力がまとわりつき、越前は急速で世界に落下した。


目が覚めると越前は、ダムドの血と泥の混じり合うドブの水溜りに顔を突っ込んで倒れていた。

死臭の村。死体の山が高くなっている。

カボチャを積んだ馬車の車輪が水溜りに引っかかり、泥が跳ねる。バシャン。

あの馬車は何処へ行くんだ。

少女の死体には沢山の蝶がとまっていた。

越前は直感的に自分が死んだことと生き返ったことを悟った。前にも一度死んだことがある気がする。


この村にはあの馬車に乗っている人間以外に生者はいないのか。あの馬車は何なんだ。景色を忘れることさえ出来なくなった死者たちの残留思念なのか。それとも幽霊か。




越前が死ぬ少し前、ヘルメザが死ぬ前。

寄生虫が街の住人全員に感染し、ヘルメザもダムドと同じ死者の街になった。それより少し前の話。


グランドコロス国の王の娘、姫姫姫ミヒメも越前と同様に寄生虫の情報を手に入れるため、ヘルメザを訪れていた。


姫姫姫は5歳にしてこの世界のあらゆる言語を使いこなし、この世界では既に失われてしまった力、魔法をも使う事ができる神童だった。


「目を潰す?」姫姫姫がヘルメザの塔の中で、賢者と対話している。

「そうです。目が潰れている人間だけはマイヤーデッドに寄生されません」

「何故目を潰すことが寄生の防止に有効なの?」

「分かりません…ですが竜たちが言っていることです、これは真実です」

「竜がそう言ったの?目を潰せと」

「神話しか語らない竜たちが珍しく漏らした神話以外の言葉です、ダイヤ300個分の価値がある情報です」

「わかったわ。なら目を潰すことが寄生虫に有効だと信じましょう、あなた達はそれについてどう考えているの?」

「…」

突然賢者たちが黙った。

「はーほやほや、ホットケーキほい」

「…?」

「目を潰すことを考えたあとは必ず、ホットケーキのことを考えるのです」

「…なんで?」

「これも竜の助言です」

「竜は気が狂ったのかしら」

「…いくら姫姫姫様とはいえ、竜を侮辱するこまは許されませんぞ、姫姫姫様じゃなければ打ち首だったところです」

姫姫姫は頬杖をついて、眉をひそめ、思慮しかけた。

その時、頭の奥から何か赤黒い巨大な地の塊、虫の心臓のようなものが脳裏に浮かんだ。

「かはっ!」

姫姫姫は過呼吸になって倒れた。

「姫姫姫様、ホットケーキのことを考えるのです」

姫姫姫は喉の奥に無理やり酸素を吸い込もうとしながら、ホットケーキのことを考えた。

「はー………ほやほや…ホット…ケーキ…ほい!」

姫姫姫の心臓の痛みがパッと消え、呼吸もすぐに元に戻った。

「?????????」

「…」賢者たちは顔を合わせた。

「信じて頂けましたかな」

「…そうね」

5歳の姫の対話が終わるのを、連れの騎士アレスが待っていた。

アレスは塔の入り口にしゃがみ込み、静かに眠っていた。

姫姫姫が下に降りて、アレスの前を通り過ぎると、アレスは目を開けた。

「姫姫姫様、もうよろしいのですか」

「大丈夫よ、アレス。行きましょう」


姫姫姫とアレスは日が暮れる前にグランドコロスへと帰っていった。

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