ヘルメザの死
夜更け。越前進は匿ってくれた家族に無言で頭を下げると、ドアを開け放ち、一気に城門へ駆け抜けた。
ビチャビチャという肉が裂けてひしめき合うような音が一瞬止まり、越前の背後に冷気が這い寄った。
走る越前を三本の十字架のような形状の触手が追い越して伸びる、越前はそれを伏せてかわす。
スッ、と越前の頭上数センチを化物の牙がかすめて、更にニ、三本の触手が越前に喰らいつこうとする。狂犬のように涎を振りまいている。
越前が一瞬空を見ると、空は星一つ輝いていない、完全な黒に染まっていた。
それを確認して越前は叫んだ。
「巨夜!」
風。越前を追跡する『何か』の頭部を、虚空から生えたレイピアが貫き、レイピアを握った腕はそのまま何かを刺し続けながら薙ぎ倒した。
虚空から魔女のように黒い服をまとった巨大な女が現れ、赤黒い何かを複数の角度から何度も突き刺す。
レイピアによって開けられた穴はすぐに拡大し、何かは割れた風船のように粉々になって地面に飛び散った。
その何か、寄生虫に身体のコントロールを奪われた街の住人は頭だけになり、頭蓋に開いた穴から更に触手と羽と頭部の鋼鉄の鎧(目の付いた円錐)を伸ばして越前を捕らえようとする。
寄生虫の本体である住人の頭部を巨夜が後方から切断し、触手も細切れにする。
城門の前に立つ越前。
「巨夜、頼む」
一瞬で越前の前に現れた巨夜がレイピアを城門に突き刺し、城門に侵入した時と同じように大穴を開ける。越前はその中に飛び込む。巨夜は越前を逃し、振り返りながらまた寄生虫の触手をあらゆる方向から割く。
どれだけ物理的なダメージを受けても寄生虫は一瞬で蘇生する。
巨夜がヘルメザの中から城門の大穴に手をかざすと、城門の穴は一瞬で塞がる。
それと同時に巨夜は城門の外、越前の隣に現れる。
「ありがとう、巨夜」
巨夜がレイピアに付着した液体を拭き取った。
そして巨夜は越前の額にゆっくりと円を書いた。
「何をしたんだ?」
「寄生虫の予防接種だ」
「寄生虫に知っていることを教えてくれ」
「我はもう行く」
「おい!」
巨夜は小さな黒い渦になり、上へ登っていった。
そして空から鯨の鳴き声。
ツ ミ ニ
「分からない、降りてきて教えてくれ!お前は越前進の守護龍なんだろ!」
黒い空は掻き消えて、その外側にある星空が現れた。
越前進はヘルメザを救えなかった。
ヘルメザは死んだ。
アグロももう戻ってくることはないだろう。越前は覚悟を決めてテスリスの町へ歩き出した。
遠くから何かが飛んできた。赤い飛竜。ソブエだ。
「…テスラさんの、お友達ですか?…」
飛竜は越前に尋ねてきた。
「テスラの知り合いだ」
「そうなんですね…」
「…何だ?」
赤い飛竜はしばらく目をキョロキョロさせ、時々翼を震わせて「あー」とか「えー」とか言っていた。
「テスリスの町へ行くんですか?…w」
飛竜はわざとらしい作り笑いをしている。
「そうだけど」
「へぇー…」
越前は段々腹が立ってきて、飛竜を無視して歩くことにした。
越前は1時間歩き続けた。その間、飛竜はずっと歩いてついてきた。
人間にも分かるくらい気持ち悪いニヤニヤした笑顔でついてきた。
「なんで黙ってついてくるんだ?何なんだ?飛べよ、飛んでいけ、ボラレヴィーア」
「えっ、へへ、人間って飛べないんだなぁ〜と思って…面白くて…へへへ」
「何が面白いんだ?何も面白くないぞ」
「そうですね、へへへ…」
また1時間歩いた。飛竜はついてきた。
「あのぉ、」飛竜が話しかけてきた。
「…」越前は無視した。
「これって我々仲間ってことになりますか?」
「誰がどう見てもならないだろうな」
「えっ…」
「何故俺達が仲間?仲間だと思ったんだ?」
「一緒に歩いてるし…」
「お前がついてきてるだけだろ」
「でも越前さんは巨夜さんのことを仲間だと思っているでしょう?」
「なんで俺の名前知ってるんだ?巨夜のことも…」
「見えたので…なんかヘルメザの外にいたから…見えたので…」
(この飛竜なんか気持ち悪いな)
越前は走り出した。
飛竜がドスッドスッとついてくる。
「待ってくださいよ〜越前さん」
「うるせぇ!ついてくるな!」
走る越前に飛竜が飛んで追いつき、越前の両肩を掴んで飛んだ。
「やめろ!離せ!」
「離しても良いですけど死にますよ」
「知るか!離せ!」
越前進は死んだ。
 




