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第81話 和の都・京

 だだっ広い草原地帯に、高速で動き続ける影が二つあった。


 片方は尖った三角の耳とふわふわの尻尾が特徴的な狐人族だ。両手にエルフの姉妹を抱えているとは思えない速度で、風のように大地を駆け抜けている。

 もう片方は数人の人ならば余裕で背に乗せられる、白く美しい毛並みの大狼だった。そちらは真っ白の装束服を着込んだ少女を口に咥えていた。


「シルフィード、そろそろ起きて……」


「……ん、んぅ……この、は?」


 心身共に疲れ果てていたシルフィードは、コノハの腕の中で揺られ続けながら、いつの間にか眠ってしまっていた。声をかけられたことで微睡みから目覚めた彼女は、目を擦りながら大きな欠伸をする。

 横を見ると、彼女の妹は今だに眠っていた。だが、悪い夢でも見ているのか、その表情は優れていない。


「ふ……あぁ……ごめんなさい。いつの間にか寝てしまっていたわ」


「構わない。シルフィードとリーフィアは疲れていただろうから、仕方ない。けど、もう少しで着くから起こさせてもらった」


「着くって、どこに……?」


「私たちの拠点」


 シルフィードはそう言われて前方を見る。

 そして、遥か前方に見える風景を目にして、寝ぼけていた眼を丸くさせた。


「あれは……」


 そこはこの世界に住んでいる者ならば、誰もが知っている場所。


 真っ赤に塗られた要塞のような壁は、平原が広がっているその土地ではとても目立って見える。だが、要塞を囲むようにして生えている木々のおかげで、その光景に違和感を感じない。


 国とも呼べる規模の都で一番目を引くのは、天高くそびえ立つ和風の城だろう。初めて訪れる者はその城に圧倒されて息を呑み、期待に胸を膨らませて門をくぐる。


「あれが、和の都・京なのね」


「そう、アカネ様と私、多くの仲間にとって第二の故郷」


 シルフィードとリーフィアがいつか行きたいと思っていた愛する人の作った都。

 まさかこんな形で来ることになるとは思っていなかったが、改めて来てみると、想像以上の壮大さに先ほどの眠気はどこかに吹き飛んでしまっていた。


 二人の会話で目が覚めたのか、リーフィアも圧巻の光景に魅入って一言も喋られなくなっていた。

 リーフィアはアカネと出会う前から、この『和の都・京』に来るのを夢見ていた。シルフィードとは感動の度合いが違う。だが、姉と同じ気持ちだったのか、その表情は複雑そうに見えた。




 そのままコノハは『京』を目指して走り続け、馬車が何台も並んで通れるような大門が見えた時、シルフィードはその門の下で佇む人影を捉えた。

 その人はコノハと同じ狐人族だった。

 違うのは毛色だけ。コノハが雪のような白なのに対して、その人物は鮮やかな金色だった。


 雰囲気はアカネに近い凛としたもので、初めて見る人だというのに不思議と見入ってしまう魅力があった。

 その狐人族はシルフィードたちに微笑み続け、問題なく会話ができる距離まで近づくと優雅にお辞儀をした。


「ようこそいらっしゃいました。シルフィード様、リーフィア様。私は京の副支配人を務めております、イヅナです。以後、お見知り置きを」


 一切無駄がない洗練された動き。姫のような気品溢れる態度を見て、エルフの姉妹は再び見惚れてしまう。

 そして、自分たちがみっともない格好になっていることを思い出し、恥ずかしさに顔を赤くさせた。


 イヅナはそんな二人に微笑み、視線をコノハに向けた。


「コノハもお帰りなさい。アカネ様の気配から事情はなんとなく察しているわ。とりあえず疲れたでしょう。お客様は私に任せて、あなたは先に戻りなさい」


「大丈夫。ボクはまだ元気」


「嘘おっしゃい。──お二人を取られているのに気づかないあなたに、お二人を任せることなんてできないわ」


「「「──っ!?」」」


 そう言ったイヅナの両腕には、確かにシルフィードとリーフィアが抱えられていた。


 抱きかかえられたことにも気づかないほどの速さ。

 近づかれ、更には力一杯抱えていた二人を、なんの衝撃もなく取られていた。

 三人はそれぞれの驚きをもってイヅナを見つめた。


 しかし、その本人は全く気にしていないように優しげな表情を浮かべたままだ。


「乱暴な手段を取ってしまい、申し訳ありません。こうでもしなければ、聞かん坊なコノハが素直に言うことを聞いてくれないと思ったので……」


「あ、いえ……お構いなく」


「ふふっ、ありがとうございます。アカネ様に聞いていた通り、お優しい方なのですね」


 ただ単純に驚きの方が強すぎて反応できなかっただけなのだが、イヅナはそれに気づかず二人に笑いかけた。


「長旅でお疲れでしょう。客室にベッドを人数分用意させていただきましたので、まずはゆっくりとお休みください。話はその後でも問題ないでしょう」

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