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第80話 敗走

 コノハは命令通りエルフ姉妹の二人を両脇に抱えて逃走していた。

 口には刀を咥え、器用にそれで邪魔者を薙ぎ倒していく。


「いや、離して!」


 必死に追っ手を撒きながら走っている中、シルフィードが腕の中でジタバタと暴れる。右腕を前に突き出したままの格好で、置き去りにしてしまったアカネの助けになろうと今でも諦めていなかった。

 それに対してリーフィアはおとなしかった。アカネの力になるどころか、邪魔と言われたことがショックだったのか、気絶してしまっていた。


「ダメ。絶対に離さない」


「行かないと、アカネが、アカネが……!」


「ダメ」


「なんでよ!? アカネが一人で戦っているのよ!? 死んじゃうかも────」


「シルフィードッ!」


 初めてコノハから発せられた大声。

 それに驚いたシルフィードは、ビクッと体を震わせる。


「ボクだって今すぐにでも駆けつけたい。……でも、あのお方は君たちの安全を優先したんだ。その決断を、邪魔するのは許さない」


「──っ! くっ……なんでよ、アカネ…………」


 もし、ここでシルフィードが暴れてでも助けに向かうというのであれば、力づくでも連れて行くしかなかった。仲間相手にそれはあまりしたくないコノハは、なんとか納得してくれたシルフィードに内心安堵しつつ、地下通路を進む。


 どのようなルートで通路を歩いて来たかは、全て完璧に覚えている。

 そうして通路の入り口に差し掛かったところで、コノハたちのいる方向に走ってくる反応を感じた。数は二つ。ここまで追っ手が回っていたかと警戒するが、その考えは間違いだったと理解する。


『──コノハ、お二人とも! 無事だったか!』


 建物の間を縫うように颯爽と現れたのは、少女を口に加えた一匹の白狼だった。

 少女、エルシアは、来る途中でたくさん揺さぶられたのか、目を回してく気持ち悪そうにしていた。


 だが、そんなことを構っている余裕はない。

 アカネの切り札を知っているからこそ、ハクが何でここにいるのかがわからなかった。


「ハク!? どうしてここに!」


『母上の命により、我だけが戦闘に参加せず、お前たちを無事に連れ出す。こっちに来い!』


「…………わかった」


 急いでいるため、何があったとは聞かない。ハクも大体は把握しているが、これ以上、辛い情報を聞き出すほど、配慮は欠けていなかった。


『いちいち宿に戻っている暇はない。残念だが、馬車は捨てていく』


「そんな……私たちの、思い出が……」


『……どうか今は我慢を。母上が稼いでくれた時間、それを無駄にする訳にはいかないのです。…………幸いなことに、母上が暴れてくれたおかげで聖王宮は崩壊した。市民が混乱している間に、強引に突破する!』


 崩壊して煙を上げる聖王宮を見て騒ぐ教徒の間を抜け、門前まで辿り着く。

 そこは門番の他に、多くの兵士が待機していた。


「何者だ、止まれ!」


 接近してくるコンたちに気づいた門番は声を荒げて叫ぶ。……だが、コンは速度を緩めるどころか、さらに加速した。その後ろを走っているコノハは、コンが何をしようとしているのかを理解して、同じように加速しながら目を瞑った。


『押し通る!』


 コンの身体に白いオーラが纏わりつき、華麗に兵士たちのど真ん中に着地。

 そして、そこを中心に大規模な爆発が起こった。それを至近距離で目撃したエリシアは、色々な限界が来て気絶。

 見た目よりも威力が低かったその爆発は、十分な目眩しとなってくれた。


 門番と兵士が目を覆っている間に颯爽とその真ん中を通り過ぎ、ハクたちは東の果てへと走り続ける。




 そこでシルフィードは見た。

 聖王宮で暴れていた人間の何十倍もあるのではないかと思われる巨人が、突如としてその姿が霧のように掻き消えた瞬間を。


 あれがなんだったのかはシルフィードにはわからない。

 だが、それを見てしまった途端、とてつもなく嫌な予感が脳裏を横切った。


 今はコノハの言葉のおかげもあり、少しは冷静さを取り戻して来た。

 だからこそ今更自分が駆けつけても、何の意味もないことを痛感する。


「どうか、無事でいて……」


 脇に抱えられ、揺られ続けるシルフィードは、ただ祈ることしかできなかった。

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