第76話 明日へ向けて
「――おかえりなさいませ、アカネ様」
異界から帰った時、そこには跪いたコノハの姿があった。
「ええ、ただいま。こっちは変わりなかった?」
「はい、エルシアが外に出たいとうるさかったこと以外は問題ありませんでした」
「そ、そう……お疲れさま。コノハが居てくれたおかげで、こっちは安心して二人に集中できたわ。ありがとう」
「いえ、アカネ様のためだと思えば、苦ではなかったです」
そう言っているが、褒められたことが嬉しかったコノハは、尻尾をブンブンと振っていた。
「それで、二人はどうでしたか?」
「合格よ。こっちの世界でアレを自由に使いこなすのは難しいかもしれないけれど、十分な実力に成長してくれたわ」
まるで自分のことのように嬉しがるアカネを見て、コノハはもっと自分も頑張らなければと思った。
ここで嫉妬の感情ではなく競争意識が出るのは、コノハも二人のことを仲間として信頼しているからだった。
そして、シルフィードとリーフィアの二人が、遅れて目を覚ました。
「おかえり、二人とも。お機嫌はいかがかしら?」
「……最高よ。これでアカネの力になれるんだもの」
「お姉ちゃんと同じく、です」
「ふふっ、それはよかったわ」
「……シルフィード、リーフィア、合格おめでとう。ボクも自分のことのように嬉しいよ」
コノハは二人に素直な賛辞を述べ、二人はそれに礼を言う。そんな三人を微笑ましく見つめ、パンッと両手を合わせる。
「さ、まずはお風呂に入りましょう。私達は一週間もあっちにいたんだから。体を洗わないと臭うわよ?」
それで初めて気がついたのか、慌てて二人はお風呂場へと駆け込む。
「元気ねぇ……それじゃ、私も一緒に入ってくるわ。お風呂から出たら作戦の説明をするから、準備をお願い」
「わかりました」
そうして三人はお風呂で汚れを洗い、精神までもスッキリさせた後、アカネ、シルフィード、リーフィア、コノハ、そしてエルシアの五名は、円状の机を囲むようにして座っていた。
卓上には女郎蜘蛛と土蜘蛛が持ってきてくれた聖王宮の地図が広がっている。
緊迫した空気の中、アカネが口を開く。
「明日、作戦を実行するわ。予定通り地下の通路を通って侵入します。その後、聖域と思われる場所へと向かうわ」
「そこに行くまではどうするの? 中には兵士が沢山居るのでしょう?」
「それについては天邪鬼を頼るわ。あの子なら、私達の気配を完全に消し去るくらい朝飯前よ」
「天邪鬼……あの盗賊に襲われた時にアカネさんが呼び出した子ですね」
「ええ、そうよ。あの子の力で二階にある聖域まで行き、そこを守っている兵士は天邪鬼の幻惑で眠ってもらいます。そして、中に入り次第、聖域を崩壊させる。それをすれば、神降ろしも簡単ではなくなるでしょう。エルシアはここで待機。念の為にハクを置いていくわ。……ここまでで質問はあるかしら?」
「アカネ様、よろしいでしょうか」
コノハが静かに挙手をする。
「それだけではボク達も同行する意味がありません。何かあると考えていると思ってよろしいでしょうか?」
「そうね……あなた達も連れて行く理由は、聖騎士と聖死隊の存在を懸念しているからよ」
「聖騎士は聞いたことあるけど、聖死隊は聞いたことがないわね」
「私も知王宮に住んでいながら、知りませんでした。そんな部隊があったのですか?」
聖騎士は教皇を守るために形成された十二の騎士のことだ。その力は有名で、各国の英雄と同じくらいの実力を持っているとさえ言われている。
しかし、聖死隊というのは外部のシルフィードはもちろん、内部の人間であるエルシアでも知られていなかった。
「聖死隊は言ってみれば暗殺部隊ね。正体を隠すのが上手いだけではなく、実力もそこそこあるから、正直言って聖騎士よりも厄介よ。今回、シルフィード達にはそいつらと接触した際の戦力として作戦に加わってもらうわ。
奴らは即座に連絡を取り合う手段を持っている。複数で接触した場合、二人までなら私だけでなんとかなるんだけど、更に人数がいた時に侵入がバレてしまう。もしそうなってしまったら、気配を消しても聖域に近づくことは難しくなるわ」
「私達で聖騎士や聖死隊に勝てるのかしら……」
シルフィードが自信なさ気に呟く。
「あら? そのためにシルフィは強くなったんでしょう? ……大丈夫よ。シルフィ、リフィちゃん、コノハの三人が共に戦えば、奴らなんて怖くないわ」
「もしもの時はボクが二人を守るよ。だから安心してついてきて」
「……うん、わかったわ。足手まといにだけはなりたくないもの!」
「お姉ちゃんに負けないくらい、私も頑張りますから。魔力がなくなっても、ぬらりひょんさんに教えてもらった武術でなんとかします!」
「期待しているわ。私もなるべく安全に行動できるよう、頑張るわね」
「私はここで待つしかできませんが……皆様の無事を祈っています!」
こうして明日に向けての作戦会議は終わり、それぞれが万全の体制を整えるように準備を始めた。
その中、アカネは一人、窓の外を見つめる。
「明日で全てが変わる…………皆には申し訳ないわね」
それでも神の横暴を許す訳には行かない。
そして、多くの屍の上に立っているアカネは、今更部下たちの心配なんかで立ち止まれないのだ。
「唯一神、クリフ。待っていなさい……お前の好きにはさせないんだから」
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