第74話 決着
「ははっ……凄まじいわね……」
シルフィードは目の前に立つ鬼に戦慄していた。
先程放った【暴風斬】は本気で相手を倒す……いや、殺すために編み出した技だ。
リーフィアの撃ち出した【ブラスト】も同様に、相手を確実に消滅させるためにコンと共に研究したものだった。
殺せるとは思ってなかった。だが、たとえアカネでもまともに食らったら行動不能にはできるだろうと考えていた。
それなのに結果は――ほぼ無傷。
「…………リフィ、まだやれる?」
「正直、厳しい。……それでも負けられないよ」
「よし、それじゃあ本当の奥の手で行くわよ。あなたにもあるんでしょう?」
「やっぱり気づいてた? けれど、それをやったら魔力はすっからかんになりそう」
「それじゃあリフィは私に合わせてくれればいいわ。道は――私が切り開く」
「――作戦会議は終わったかしら?」
話が終わったタイミングを狙って、アカネは二人に声をかける。
「ええ、私達は貴女に勝つわ【風纏】」
今度はシルフィードの姿が掠れて消えた。
アカネの側面に微かな気配。
即座に振り向き、拳を突き出す。
――鮮血が飛び散った。
「っ、これは……!」
シルフィードが剣を振るよりも速く突き出した拳は、確かに無防備な胴体を捉えたはずだ。
それなのにダメージを負ったのはアカネのほうだった。
「【風纏】……その名の通り風を不可視の鎧として纏う。これは私の【神威】と似ている……コンの悪知恵ね。厄介なものを覚えたわね、シルフィ」
「ええ、これは絶対の鎧であり、敵を傷つける刃よ。たとえアカネでもこれを突破するのは難しいでしょう?」
シルフィードからの明らかな挑発。
「――ふふっ」
それをアカネは、笑いで返した。
「侮ってもらっては困るわ。私は厄介だと言っただけで、突破できないとは言ってない」
「何を――ッ」
何を言っているの? それを言おうとした時、背後から死神が覗いているかのような悪寒を感じ取り、シルフィードは勢いよく後ろを振り返る。
「――あら、どこを向いているのかしら?」
そんなガラ空きなシルフィードの横腹に、重い一撃が直に入る。
「かはっ……!」
衝撃を殺しきれずにシルフィードは再び地面を転がる。もろに食らったため、骨の何本かは折れ、胃の奥からドロッとしたものが込み上げる。
「お姉ちゃん! 【ヒール】!」
咄嗟に回復魔法を掛けるも、全身を襲う痛みは完全には癒えなかった。
「なん、で……私の鎧は確かに……」
「ええ、シルフィの鎧、【風纏】は確かに発動しているわ。……その証拠に、私の足を見てご覧なさい」
言われた通りアカネの足を見ると、綺麗だった素足には無数の切り傷ができていた。それは妙に痛々しく、常人ならばすでに歩けないほどのものだった。
「シルフィを攻撃したらダメージを受けるなら、それはそうなのだと割り切って我慢すればいい。私の足が使い物にならなくなるか、シルフィが限界を迎えるかの勝負ね」
さも当然のように言い放った一言に、シルフィードの口からは乾いた笑い声が出る。
「最愛の人にこれを言うのはどうかと思うけど……貴女って本当に化物だわ」
「ふふっ、ありがとう。褒め言葉として受け取っておくわ。それじゃあ――我慢対決を始めましょう」
それからはシルフィードとアカネの単純な力比べとなった。
アカネの猛攻にシルフィードはただひたすら耐える。
一瞬で相手との距離を詰める【縮地】を使いこなしたアカネは、左右前後、時には上から、両手両足を全て使ってシルフィードに一つ一つ、確実に攻撃を与えていく。
リーフィアが隙を狙い魔法で姉のサポートとアカネへの妨害を行うも、全てを跳ね返した上で攻撃の手を止めない。
シルフィードは負けじと剣を振るって応戦するが、圧倒的な手数の前に少しづつ追い詰められてきた。
無限に続くかと思われる絶え間ない拳や蹴り。それは腕が痺れるほどの重みを持っていて、剣を握るのすら難しくなってくる。
「ほら、自分の武器が剣だけだと思わない! 貴女には足もあるでしょう。間に合わないなら全身を使って対抗しなさい。動かないとただの的よ」
「――そんなこと、わかってるわよ!」
シルフィードが一閃を横薙ぎに繰り出す。
アカネはそれを【縮地】で後ろに避け、またすぐに猛攻を開始する。
それが十分も続いた頃、ついにシルフィードは片膝を地面についてしまう。
「もう終わり? ……ここまでよく頑張ったと思うわよ。貴女達の成長には正直、驚いたわ」
「それはどうもありがとう。……けれど、もう勝った気になっているのかしら?」
「それはどういう――まさか、リフィちゃんか!」
巨大な魔力反応が背後から感じ取り、咄嗟に後ろを向く。そこにはすでに真後ろまで移動していたリーフィアの姿があった。
(気づかなかった! この時のために途中から私の意識をシルフィードに集中させたのね)
それだけではアカネはリーフィアの接近に気づく。そのため【気配隠蔽】を何重にもかけて存在を完全に遮断し、今の今まで虎視眈々とこの時を待っていたのだ。
「くっ……」
リーフィアが放とうとしているのは【ブラスト】だと予想したアカネは、それが放たれる前にリーフィアを行動不能にしようと拳を突き出した――が、見えない何かによってアカネの拳は無数の刃物に切り裂かれたようになった。
これにはアカネも目を見開いて驚く。
「なっ、これは……!」
「言ってなかったわね。私の【風纏】は、他人に与えることができるのよ!」
「アカネさん、覚悟してください! 【ゼロ・ブラスト】!」
「――――お見事」
残りの全魔力を密集させて放たれた破滅の奔流。
それがゼロ距離でアカネに着弾した。
大地が爆ぜる。
空間が軋み、歪み、上に漂う雲はアカネを中心に吹き飛ぶ。
観戦していた雪姫とコンが咄嗟に張った障壁にヒビが入り、やがて盛大な音を立ててそれは崩れさった。
小さな街程度なら簡単に消し飛ばせる、一種の災害。
「――アァッ! はぁ……ゲホッ……はぁはぁ……うぐっ…………」
その中心に――アカネは立っていた。
全身は焼け爛れ、体の各所には骨にヒビが入っている。
満身創痍という言葉が相応しいその姿なのに、アカネは確かに二本の足で焦土と化した地面を踏んでいた。
「嘘……でしょう……?」
シルフィードは目の前で起きている信じられない事態に呆然と呟いた。
(こんなの、どうやって勝てって言うのよ…………)
その感情は絶望。
全ての希望を打ち砕かれ、すでに戦う気力すら出てこなかった。
リーフィアはすでに爆発の衝撃で自身も吹き飛び、戦闘不能となっている。
たとえまだ戦えるとしても、もう目の前の魔王に勝てるとは思えなかった。
「嘘、ではないわ。まだ私は立っている……まだ、私は戦えるわよ」
明らかに無理をしている台詞。
だが、シルフィードの心はすでに折れてしまっていた。
「…………降参、よ」
こうしてアカネとエルフ姉妹の戦いは幕を閉じた。
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一つ、皆様に報告があります。
急な話ですが、妖鬼の更新日を水曜と日曜ではなく、日曜のみとさせていただきます。
理由としては、妖鬼、復讐少女、そして専門学校用に作っている作品(多分公開します)を並行してやっていましたが、最近リアルのほうが忙しくなり、それを続けるのが厳しくなったためです。
ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解の程よろしくお願いします。




