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第73話 特訓の成果

「……それじゃあ、準備はいいわね?」


 軽く準備運動をしているアカネに対峙するように立っているのは、シルフィードとリーフィアの姉妹だった。


 あれから五日経ち、最後はアカネによって今回の作戦に参加させられるかのテストをすることになっていた。


 観客としてほとんどの妖が周りに集まっており、一種の祭りごとのように盛り上がっている。しかし、その中心にいる三人は盛り上がることなく静かだった。


「勝敗は最後に立っていた者が勝ち。二人はどんな手を使ってでも私に挑むこと。対して私は妖を使わない。……ふむ、これって結構大きなハンデじゃないかしら?」


『俺達が戦うより、嬢ちゃん自ら戦って二人の力を認識したほうがいいだろ。それに、こっちは五日間もぶっ通しで稽古してたんだ。ちょっとは老骨に優しくしてくれ」』


 それが事前に言われていたぬらりひょんの言い訳だった。


「……ま、いいか」


 そのくらい軽く納得できるほど、アカネは今回の戦いで負けるとは思っていなかった。

 愛する嫁二人の実力を馬鹿にしている訳ではないが、それが魔王と魔王ではない者の実力の差というやつなのだ。

 むしろ、一つの切り札がなくなった程度で、魔王が負けるなんてことは許されない。


「もう一度言うけれど、この世界では死ぬことはないわ。だからちょっとだけ本気で行くけど、覚悟は本当にできてるかしら?」


 自分が勝つと疑わないアカネの言葉に、姉妹はそれぞれの得物を構えることで返事とした。

 アカネはこうして余裕のあるように見せているが、それの真正面に立つと言葉を発せないほどの圧力がその身に襲いかかる。


 それを受けてもなお、逃げずに立ち向かおうとするその心は評価に値する。戦いとは心の負けたほうが本当の敗者だ。この時点で二人はそれをクリアしていた。


「……じゃあ俺が審判役をやらせてもらうぜ。もう一度ルールの説明だ。嬢ちゃんは俺達、妖の禁止。先に死んだほうが負けだ。

 だが、今回は勝つことが全てじゃねぇ。この短期間でどれだけ成長できたか、それを見せつけてやれ」


「「――はいっ!」」


「いい返事だ二人とも。それじゃあ――始め!」


 ぬらりひょんの掛け声が終わっても、誰も動こうとはしない。

 姉妹はアカネがどう出るかを、全神経を使って見守っていた。


「あら? 初撃は譲ってくれるの? それじゃ――――」


 アカネの姿が消える。


「遠慮なく」


 それはシルフィードの真横から聞こえた。


「――ッ、ぐっ!」


 咄嗟に剣で横を防御したその瞬間、シルフィードに巨大な鉄球がぶつかったかのような衝撃が走った。

 完全に衝撃を殺すとこは叶わず、シルフィードの体が宙に浮く。


 そこを狙って鋭く放たれる蹴り。


「させません!」


 リーフィアが放った風の塊がシルフィードにぶつかり、斬撃のような蹴りは金色に輝く長髪を掠めただけとなった。


「……助かったわ、リフィ」


「お姉ちゃんはアカネさんに集中して。私が絶対に守るから」


「あら、それならリフィちゃんから潰そうかしら」


 アカネの標的が変わる。

 そして強く地面を蹴ろうとした時、不自然に地面が歪んだ。


「おっと……」


「そこっ!」


 バランスを崩したアカネの顔面目掛けて、洗練された美しいとさえ思える一閃が――届くことはなかった。


「残念だったわね」


 シルフィードの剣は、たった二本の指に挟まれて止まっていた。


「なっ――ぁ!?」


 ここまで簡単に止められるとは思ってなかったシルフィードは、驚きから動きを止めてしまう。そんな隙だらけの横っ腹に蹴りが直に入り、地面をバウンドしながら吹き飛んでいく。


「今のは事前に作戦を考えていたのかしら? リフィちゃんはしっかりと雪姫の言う、魔法の使い方ってものを理解してきているようね。シルフィもさっきの一撃で、どれだけ厳しい特訓をしてきたかがよくわかったわ。二人とも、本当に頑張ったのねぇ…………でも、私を満足させるには遠いわよ。今の流れ、止められると思ってなかった? ――甘い。常に最悪の手を読み、それを見越して行動しなさい。わかった?」


「「――はいっ!」」


「おーい、いいところ邪魔して悪いが、ちょっとは手加減してやれよー」


 外野からぬらりひょんが指摘してくるが、それで手を抜くほどアカネは優しくない。


「まだ私は本気の五分の一も出していないわ。……でも、これで準備運動はもういいでしょう? ねぇ、シルフィ?」


「ケホッ、ケホッ……ええ、やっと体が慣れたわ。リフィ、そろそろ本気で動くわよ」


「うん、わかったよ。【付与(エンチャント)・身体能力強化】、【防御結界・纏】」


 シルフィードとリーフィアの体の表面に、薄い膜のようなものが纏わり付く。


「……ほう、扱いの難しい結界をこういうふうに使うのね……これはコンの技ね」


 横目で観客に混じっている上級妖、コンを見ると、ニコリと狐はほがらかに笑っていた。


「私も行くわよ【ブースト】、【加速】!」


「二つ使い!? ははっ、面白いわね!」


 今のシルフィードには三つの身体能力強化系の効果がかけられていることになる。通常では不可能な動きを出すことができるようになっているが、体の負担が凄まじく、そもそも己の限界を超えた力は扱うことが難しい。


 普通はいつもより動きがぎこちなくなるところだが、


「――はぁっ!」


 いつもと変わらず、シルフィードの得意とする神速の剣が振るわれる。

 今は速さだけでなく、力も凄まじく強化されている。さすがに指で止めるようなことはせず、後ろに一歩下がって避ける。


「まだまだ【暴風斬】!」


 特訓をすることによって【風烈斬】が進化した形、それが【暴風斬】だった。威力が上がっただけではなく、近づいただけでも許容できない裂傷が敵を襲う、名前の通り暴力的な風の剣。


「ふふっ、やはり魔王になりかけたことだけはあるわね!」


「私のことを忘れないでください!」


 進化した必殺の剣に夢中になっている間に、リーフィアはシルフィードの反対側に移動していた。これでアカネを挟む形となった。


「【ブラスト】!」


 シンプルな魔力の奔流。

 とてつもない量の魔力を保持しているリーフィアから放たれたそれは、アカネでもまともに喰らえば危ない威力を持っていた。


 避けようにもシルフィードの剣から発せられる暴風のせいで上手くバランスが取れず、奔流を避けることは難しかった。


「――面白い」


 両側から襲いくる必殺の一撃。

 そんな絶望的な状況でアカネが選択したのはとてもシンプルだった。


 ――耐える。


「死ぬ気っ!?」


 シルフィードが悲痛に叫ぶが、今更止められない。


 それぞれの一撃が同時にアカネに直撃する。


 ――刹那、双方の圧倒的な魔力量によって、魔力の暴走が起こり、大地を轟かす爆音が鳴る。

 観客の妖達は襲いかかる風圧に耐えられず、アカネ達を中心に四方八方へと吹き飛んだ。なんとか耐えられているのは、妖の中でも別格の力を持つ上級妖、ぬらりひょん、コン、ハク、雪姫の四体のみだった。


 そんな惨状を生み出した二つの必殺技を直に喰らったアカネは――――


「いっっったいわねぇ…………全く、姉妹してこんな力を持ってるとか、将来が恐ろしいわ」


 二本の足で、しっかりと地面に立っていた。

 お気に入りの和服や長い髪は、爆発や砂あらしでボロボロになっていたが、アカネ本人はちょっとダメージを負った程度でピンピンしていた。


(本当に何もしなかったら、おそらく私はそこで終わっていたでしょうね……)


 アカネは避けるのではなく、瞬時に己の体に様々な防御術を組み合わせることで耐えた。

 魔力を不可視の鎧として纏う仙術の奥義【神威】。


 その技はアカネの本気、切り札でもあった。

 それを出すことになるとは思っていなかったが、それだけ二人が成長しているのだと思うと、嬉しさから口元が緩んでしまう。


「――さぁ、まだ終わりじゃないでしょう? もっと私に貴女達の本気を見せて頂戴!」


 ここで初めて二人は『魔王に挑む』というのが、どれだけ無謀なことなのかを悟った。

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