第71話 作戦会議
女郎蜘蛛達を偵察に行かせてから、三日が経った。
お昼頃に女郎蜘蛛から、任務を終えたから最後に気になる箇所を調べてから帰還します。と連絡が入った。
偵察に行かせている間の三日間、アカネ達が何をしていたのかというと――特訓だ。
いつもは夜に妖の住む異界へと行くのだが、アカネとシルフィード、リーフィアの三人は三日間ずっと異界へ潜っていた。
少しでも強くなって欲しいというアカネの思いと、アカネの足を引っ張りたくないという姉妹の思いが合致したため、休みなしで命がけの特訓をしている。
コノハは万が一のためにお留守番だ。彼女は一人であろうと頭の中で最強の相手を思い浮かべ、空想上の戦いができる。
極限まで精神を研ぎ澄まし、己の力を理解している者がやらなければ何の意味もない鍛錬。それをものにしているコノハは、それだけで超一流と言える。
だが、そんな肩書きはいらない。
コノハが欲しいのは勝利。主であるアカネとの戦いで勝つことのみだ。
それでもやはり勝てるとは思えない。空想上の戦いでも、アカネに勝ったことはなかった。五年という長い時間ずっと戦い、負けて、どうやったら勝てるのかを研究して挑み、また負けてを繰り返した。
研究するたびにアカネの強さを認識し、魔王という存在の大きさを実感する。
今、シルフィードとリーフィアの二人は着実に力を付けている。特にシルフィードには同じ剣士として負けたくない気持ちがあった。
『いつか、あの子は私を超えるわ。……と言っても剣の腕に関してだけどね』
姉妹がいない時、主が微かに溢した言葉が信じられなかった。剣だけとは言っても、アカネの剣術はどこまでも綺麗に洗練されている。それを超えるというのは、とても信じられるものではなかった。
それと同時に、負けられないと思った。
シルフィードが主の剣を超えるなら、自分はその更に上を行こう。そう思い、コノハは独自の鍛錬を繰り返していた。
◆◇◆
時間帯は深夜。
国の明かりがほとんどなくなり、誰もが寝静まった中、アカネ達の泊まっている部屋では話し合いが行われていた。
聖教国の企みを崩壊させようとしている話し合いだ。誰かに聞かれると面倒なことになりかねないので、入念に音声遮断の結界を張っていた。
「……それで、話を聞かせてくれるかしら?」
部屋の中にはアカネ、シルフィード、リーフィア、コノハ、教皇の娘エルシア、最後に女郎蜘蛛と土蜘蛛の団体がいた。
エルフ姉妹は大量の蜘蛛達に怯え、アカネの後ろで毛布をかぶりながら頭を抱えて震えていた。
女郎蜘蛛と土蜘蛛はアカネの前に跪き、調べてきたことの全てを報告する。
「聖王宮から一つだけ地下水路に続く道が作られていました。誰の目にも止まらずに潜入するには、この道が安全かと」
「……地下通路ね。奴らの避難用の通路かしら……エルシア、何か知ってる?」
「えっと……確かに地下に行ける場所はあります。ですが、お父様は関係者以外は立ち入り禁止だと言って入らせてもらえなかったので、何があるかはわかりません」
「……おそらく、教皇は件の計画についての密会にも使っていたのでしょう。通路は分かれ道があり、会議室のような場所も発見しましたので」
「なるほどねぇ……」
エルシアの証言に、女郎蜘蛛の追加の情報。
そこを通れば間違いなく内部に入ることはできる。
「けれど、危険じゃないかしら? 奴らはそこで密会しているのでしょう? そもそも、聖王宮のどこに繋がっているのかもわからないし。女郎蜘蛛、地図を頂戴」
「はい、こちらに……」
地図を手渡され、それを広げる。
それは事細かに聖王宮の内部が書かれていた。プロ顔負けの仕上がりに、アカネは女郎蜘蛛達の本気を垣間見た気がした。
「この赤印が地下と繋がっています」
そう言って指差した場所は、日々教徒共がお祈りを捧げに来る大聖堂の少し奥の方に行った通路の端だった。
「……ふむ、エルシア、神降ろしはどこでやるかわかるかしら?」
「たしか……ここです」
指差したのは、唯一地図に何も書かれていない空白の部分だった。
「この場所は神域と呼ばれていて、この国で最も神聖な場所とされています。本来、お父様にしか立ち入りを許されていない場所なのですが、何人かが物を運んでいるのを目にしたことがあります」
「ここは守りが厳重でどうしても侵入が不可能だった場所です。何かあるとは確信していましたが、まさか神域というものがあるとは」
「……おそらく神域にある泉で身を清め、そこで神降ろしを始めるのでしょう。運んでいた物も、様々な儀式に用いる道具でしたので」
「ただ教皇が入るだけの空間にそれを持ち運ぶ理由がない。……なるほど、たしかにそこで神降ろしを実行すると予想するのは、理に適っている」
神降ろしを実行する場所で、神域以外に適正だと思う場所は見当たらない。しかし、そこに侵入するには、少し問題があった。
「侵入するために気配を隠すのは、天邪鬼に頼るわ。あの子なら私達の気配を完全に周囲から遮断してくれる。後は……どうやって神域に入るかよね」
「神域の前は何人もの兵士が立っており、奥を守るように頑丈な扉があります。奴らの目を盗んで扉を開けることは不可能でしょう」
神降ろしを成すには、ただエルシアを殺せばいいのではない。まずは神を呼び出す儀式を行い、それに相応しい供物と空になった器が必要なのだ。
だから中にある供物を消滅させる必要がある。
そして、聖教国に大打撃を与える。神降ろしをさせる暇もないほどの大打撃を。
「…………うん、大体の方針は決まったわ。女郎蜘蛛、土蜘蛛、お疲れ様。あなた達のおかげで助かったわ。本当にありがとう」
「――ッ、勿体なきお言葉です、母上! この身、母上に捧げるのが当然。どうかこれからも私共をお使いください」
『ギッギギッ、ギギギギッ!』
「『お母様のために働く、これ以上の喜びはありません!』と申しております。私も同意見です」
「うん、ありがとう。でもね、私はそんなあなた達だからこそ感謝をしたいのよ。さぁ、疲れているでしょう。今は帰ってゆっくり休みなさい」
「はっ!」
『ギッ!』
大量の蜘蛛の姿が虚空に消える。
それと同時にエルフ姉妹が正気に戻ってきた。
「大丈夫……じゃなさそうね。ちゃんと話を聞いてた?」
そんな問いかけに、二人は体を震わせながら無言で親指を立ててきた。
(本当に大丈夫かしら……)
心配になってしまうが、まあ無理はしないだろう、とアカネは二人のことをそっとしておくことにした。
「さて、こっちは最後の仕上げをしましょうか……」
そう言ってエルシア二振り向く。
「え、な、何でしょうかアカネさ――ひっ!」
アカネは頭を掴む。絶対に逃げられないように鬼の腕力を活かしてガッチリと固めた。
「これから貴女の聖印を貰うわ」
「えっ!? そんなこと……」
「できるから言っているのよ」
最初に見せてもらった時、聖印は呪いに近いものだとわかった。ならば、アカネがエルシアの聖印を貰い受けた方がこの先が動きやすかった。
なぜなら、アカネが死ななければよくなるからだ。弱いエルシアよりも遥かに安全だ。
「ということで、貰うわね。大丈夫、貴女は何もしなくていいのよ。ただ、私に身を委ねればいいの……」
そして、アカネの唇がエルシアの唇に迫り――――
「んんんんん〜〜〜〜ッ!?」
こうしてエルシアは、女同士の初夜を迎えることとなった。
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エアコンの温度設定ミスったせいで風邪気味です……




