第70話 生贄
エルシアが差し出したものは、己の体だった。
それはいらないと言ったはずだと文句を言おうとしたアカネだったが、その前にエルシアは『神の具現』の計画、その全てを話し始めた。
それは名前の通り、神をこの世に顕現させるための計画。
――では、どのようにして神を卸す?
それを疑問にあがった時、教皇が思い付いた提案は――生贄だった。
ただの生贄では成功しない。
それを成し遂げるには、その身に多大なる祝福を受けた者でなければならない。
そこで生贄の候補に選ばれたのがエルシアだ。
彼女は五人の兄妹の末っ子でありながら、兄妹の中で一番の聖属性の使い手だった。
本来、聖属性とは神を信仰し、神に愛された者が扱える特別な属性だと言われていた。
聖属性が一番扱えるから、神に祝福されている。
なんとも安易な考え方だが、奴らはそれを本気にした。
当時はまだ無垢だったエルシアに、「信仰力を上げるため」と騙し、着々とその体に神を卸すための聖印を刻み込んでいった。
それを見せられた時、アカネはさらなる憎悪にその身を焦がした。それほど聖印は痛々しく刻まれており、例え敵の体だとしても無垢な少女に対する、そして自分の娘に対する仕打ちなのかと憤怒した。
だが、今更心配するのはおかしいと思ったアカネは、その心を封じ込めて「貴女を殺せばいいのでは?」と提案した。
しかし、それはむしろ悪手だとエルシアは言う。
理由としては生贄が命を落とした時、かの器に神を卸すからだ。
そのための聖印もすでに刻まれており、今エルシアが死んだら、それと同時に神は顕現してしまう。
だからこそ最後の仕上げにエルシアは襲われ、命からがら逃げたところをリーフィアに拾われたのだ。
(随分と、ギリギリだったようね……)
もし、リーフィアがエルシアを見つけられずに帰ってきたならば、すでに神はこの世に顕現してしまっていたかもしれない。
後でご褒美にたっぷりと愛してあげよう。
アカネはそう思った。
こうして話が終わり、まだ体の疲労が抜けていないエルシアを寝かせてから、アカネ達は今後の行動について話し合っていた。
「……現状、何もすることがないわ」
「こっちはエルシアを守ってればいいんでしょう?」
「ええ、けれどそれしかできない。あちらが行動を起こしてくれるまで、私達から動けることはない」
シルフィードが最もなことを言う。アカネもそれに同意しつつ、後手を回るしかないこの現状に奥歯を噛みしめる。
いくら魔王一の頭脳を持つアカネだとしても、防衛戦はなるべくやりたくない戦術だ。
今、この場に魔王全員が集合していたならば、正面切って戦争を仕掛けるのだが、シルフィードとリーフィアはまだ実力を伸ばしている途中であり、前線で戦わせることは避けたい。コノハも二人を守るため派手に動くことはできない。
――動かせる駒が少なすぎる。
だからこそ、こっちから仕掛けるのは難しい。一人でも欠けてしまえば、そこで終わるのだから。
「エルシアさんをここから連れ出すのはダメなのですか?」
リーフィアの言う通り、教皇がエルシアの体を欲しているというのなら、奴らの手の届かないところに逃げるのが最善手でもある。
しかし、それができない理由があった。
アカネはそっと窓から外を覗く。
そこには忙しなく動き回っている聖教国の兵士達がいた。
「……今、エルシアを探して国の兵士が動き回っているわ。おそらく、ここの出入り審査も入念なものになっていることでしょうね」
入る時はシルフィードが手続きするだけで済んだが、今出るとなると馬車の中まで見られそうだ。そうなった場合、エルシアを隠せるスペースがない。
「結局はこの国で済ませるしかないのですね……歯痒いです」
「コノハの気持ちは痛いほどわかるわ。私だって同じ気分だもの……でも、本当にどうしましょう。教皇を止めなければ、この騒動が収まることはないでしょうし、かと言って乗り込むのも危険すぎる」
「私にもっと力があれば……悔しいわ」
「シルフィードが悔しがる必要はないわ。力を付けるのはゆっくりでいいのよ。…………とりあえず、今のところは私の妖に偵察させて潜れる穴がないか調べてみるわ…………【式神招来・土蜘蛛、及びに女郎蜘蛛】」
アカネの足元から軍隊と呼べる小さな蜘蛛が湧き出てくる。その様子にエルフ姉妹は「ヒィイイッ!?」と悲鳴を上げる。コノハは平然を装っているが、手が震えていた。
最後に一際巨大な蜘蛛が現れ、それは徐々に美しい女性に姿を変える。そして、アカネの前に膝を付き、恭しく頭を下げた。
「お呼びでしょうか、母上」
「ギャギャギャッ、ギギッ」
小さな蜘蛛の軍団も平伏したような格好になる。
「『何なりと命令を、お母様』と言っております」
「いつも通訳ありがとう女郎蜘蛛。早速だけど、調査を頼みたいの。……あの一際大きな教会が見えるわね? そこをどこからか侵入できる経路を探して欲しいの」
「かしこまりました。侵入経路だけでよろしいのですか? 私共の隠密行動ならば、中の様子を見てこられますが……」
「ならばそれもお願い。案内図にしてくれると助かるわ。……ただし、無理はしないこと。ここは敵の総本山と言っても過言ではないの。全員、心してかかること。いいわね?」
女郎蜘蛛と土蜘蛛が頷く。
「期限はないわ。敵に決して気づかれることなく、徹底的に調べ尽くして」
「御意」
「ギギッ!」
「『御意』と言っております」
「うん、ありがとう。――それでは行きなさい! いい報告を待っているわ」
蜘蛛達が闇に溶け込むように消えていく。
今回はまだ暗くないということと、絶対に敵に探られていることを悟られないため、出だしから全力で忍んでもらう。
「さて、コレで皆が戻ってくるまで、本当に暇になったわね……ってどうしたの? 二人とも」
アカネが振り返った時、そこには抱き合いながら体を震わしている姉妹の姿があった。
「く、くく、く……くもはだめぇ……」
「お、おおお恐ろしいです……わきゃわきゃと動くのが……おえ…………」
「…………うん、なんかごめんなさいね?」
実は蜘蛛を少し前に付けていましたとは言えなかった。そう言ってしまったら、二人は恐怖に震えて気絶してしまいそうだったから。
知らぬこともまた、幸せなのだ。
そう思い、真実を心の奥底に隠したアカネなのであった。
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今回は説明回でしたね。
そろそろ動きたいなぁ……




