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第69話 聖教国の計画

(お父様を止めてください……ねぇ……)


 エルシアの口から出たのは、教皇の娘とは考えられない言葉だ。

 聖教国に住む教徒は、『神の為』と言って全ての行動を正当化する。そこの親玉の子供は幼い頃からそれが当然の考えだと周りの環境から教わる。


 それなのに何故、アカネの目の前にいるエルシアは『阻止してくれ』と言うのだろうか。それはまるで教皇が『悪事を企てている』と言っているのと同じだ。もちろん、教皇は悪事すらも神のためだとほざいているのだろう。


「すでに知られていると思いますが、今、聖教国は大規模なとある計画を果たそうとしています」


 ピクリ、とアカネの眉が動く。

 その大規模な計画を調べるために彼女は潜入しているのだから。


「お父様はその計画を三年前から実行しようとしていました」


「三年前……そんな前から動き続けていたと?」


「…………はい、秘密裏に、部外者に情報は一切漏れないように細心の注意を払いながら」


「しかし、その計画とやらが完成に近づき、細心の注意を払っても隠し切れるものではなくなったと。こうして私達に情報が漏れる程に」


 エルシアは頷く。


「嘘は…………言ってないわね。はぁ〜〜ぁ……」


 聖教国が本気で隠そうとしている計画。

 教皇の娘でさえ異常だと判断するほどの計画。


 それは一体何なのかをアカネは問う。


「お父様が、聖教国が成そうとしている計画、それは――神の具現です」


 その口から放たれた言葉は、予想の遥か上を行くものだった。


「神の、具現……?」


「ええ、そうで――ヒッ……!」


 アカネから膨大な殺気が無差別に放たれる。


 その部屋に居たシルフィード、リーフィア、エルシアの三人は圧倒的な圧力を前にして膝を付き、まともに呼吸さえできなくなる。


 唯一、アカネの殺気に耐えられているコノハだが、彼女の表情も苦しそうに歪み、気絶を防ぐために下唇を強く噛んでいた。


「神の具現……ふざけている」


 しかし、これは逆に好機なのかもしれない。

 普段はアカネ達の手の届かない所でふんぞり返っている神共(クズ共)。それが外界に降りてくる。この手で奴らを葬れる機会は、そこしかない。


 ――ようやくだ。ようやく、あいつらを殺せる。


 それがわかった時、アカネから放たれる殺気が過激さを増した。


 もはや周りを気にしていられるほど冷静ではなくなったアカネ。

 そこには嫁二人と配下を大切にするアカネの姿はなく、世界中の敵である存在『魔王』がいた。


 幸い、全てを遮断する結界を張っているため、外に殺気が漏れることはないが、その結界も激しく振動し始めていつ砕けるかわかったものではない。それほど、魔王という存在が大きいものなのだと実感する。


 初めて『魔王』の殺気に触れたエルシアは、ベッドに突っ伏して気絶寸前だ。


(――チッ)


 アカネはそれを見て、内心舌打ちする。

 今はエルシアが、関係者が生きていることすら煩わしいと感じる。もういっそこの手で殺してやろう。


 そう思い、手を伸ばす。


『――アカネ様!』


 声が聞こえたと思った瞬間、アカネの全身は膨大な力によって縛られていた。


「ぐっ、う……」


 それでもアカネは鬼族の力を発揮して無理矢理にでも動こうとする。


「――おっと、それ以上はやめとけよ、嬢ちゃん」


 アカネの首筋に冷たい物が当てられる。


「ぬらり、ひょん……」


「ああ、そうだ。俺だよ」


 冷たい物はぬらりひょんの刀だった。彼は主の暴走を察知して異界から飛び出してきたのだ。そして宣言した通り、アカネが一歩でも動けば傷付けることも覚悟している。そんな殺気がぬらりひょんから滲み出ていた。


 それを間近に浴びたアカネの瞳に、理性が戻ってきた。


「どう、して……」


「お前さんがかつてないほど暴走気味だったのでな。飛び出してきた。……つっても、俺だけじゃねぇけどな」


「えっ……?」


 確かにその場にはぬらりひょんだけではなく、コンやハク、雪姫、天邪鬼といった上級妖が存在していた。


 コンは主を縛るため、ハクはシルフィードとリーフィアを助け起こし、雪姫と天邪鬼はエルシアを助けるため様々な処置を行っていた。最後まで耐えきったコノハは一人、その場で座り込んで震えていた。


 そこでようやく、アカネは正気に戻る。


「私は、なんてことを……」


 正気に戻ったとは言っても、元からある教徒への憎しみは消えない。エルシアに対しては別に思うところはなかったが、大切な人達を追い込んでしまった事実に、アカネは愚かなことをした自分を責める。


 それを宥めたのはぬらりひょんだ。


「むしろ、ここまでよく我慢したよ。以前のお前さんだったら、すでに耐えきれずにここを破壊し尽くしていただろうさ」


「けれど、謝らないと気が済まないわ。……コン、もう私は大丈夫だから、止めてくれてありがとう」


『いえ、お母様を拘束してしまい、申し訳ありません』


 縛られていた感覚が消える。

 アカネが身動き取れないほどの妖力、さすがは上級妖なだけある。


「私を思ってその力を使ってくれたのなら、むしろ感謝したいわ。ありがとう、コン」


 アカネは無意識二傷付けてしまった三人の元に歩み寄り、暴走して迷惑をかけたことを謝った。三人は仕方ないことだと笑って許してくれた。

 本来なら怖がって縁を切られてもおかしくないというのに、それでも側に居てくれることに、アカネは嬉しく思った。


「――ゲホッ! ゴホッゴホッ、んっ……はぁはぁ……」


 と、そこで危ない状態だったエルシアが戻ってきた。アカネは彼女を一瞥するが、謝ろうという気はやはり起きなかった。


「……こ、これが本物の、魔王……死ぬかと、思いました」


「謝る気はないわよ。私は今でも、貴女達を殺したいと思っているわ」


「ちょっと、アカネ!」


 シルフィードが声を荒げるが、アカネはそれを無視した。


「エルシア、お前は私に教皇を止めてほしいと願ってきた。それは間違いないわね」


「え、ええ……そのとおりです。魔王である貴女方にしか頼めないことです」


「それでは願いを叶えてあげる対価に何を差し出す?」


「えっ……それは……」


「ただで敵の願いを叶える訳ないでしょう? そっちはこうして私達に情報を掴ませ、計画通りに動かそうとしているかもしれないでしょう?」


「わ、私は嘘はついていません!」


「知っているわよそんなの。けれど、貴女が嘘の情報を掴まされている可能性は? それで私達が罠に嵌ったら? そんな気がなくても、貴女は私達を騙したことになるのよ。その危険性があるのに、私達がただで言うことを聞くとでも?」


「……………………」


 アカネの言っていることはもっともだ。

 エルシアは嘘は言っていない。だが、嘘の情報でも本当のことだと思いこめば、それは嘘ではなくなる。

 知らぬ間に洗脳されて教皇の駒として動いている可能性も否定できない。


 そもそも『神の具現』など、どうやって成功させるのかすらわからないのだ。

 アカネ達は全て後手に回るしかない。だからこそ最悪な可能性は全て排除しておきたい。


「…………さぁ、何を差し出す?」


 エルシアは悩んだ。

 悩んで悩んで悩みぬいた末に、口を開く。


「私は――――」

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