第67話 リーフィアは少女を拾う
騎士の格好をした男達は、誰も通らないような細道を使い、聖教国の裏路地へと足を踏み入れていた。
それをリーフィアと雪姫は、魔法で存在を消しながら追跡する。
彼らの中に魔法に秀でた者がいないのか、尾行に気づかれている様子はない。
「クソ、どこへ行った!」
「落ち着け。誰かに聞かれるとまずい」
「わかっているが、もし逃げられたら……枢機卿に――」
「馬鹿やめろ! 誰かに聞かれたらそれこそおしまいだぞ!」
男達の会話から、誰かを探しているのがわかる。そんな格好をしてまで探している人物とは誰なのか。
それを特定するために追跡は続く。
「隊長、どうしますか? ギルの言う通り、あいつに逃げられたら……」
「……ここは二手に分かれよう。俺とギル、アスタは右を。他は左を行け。見つけしだい――殺せ」
(――ッ!?)
隊長と呼ばれた男からの容赦のない言葉。口調から本気で殺そうとしているのがわかり、リーフィアは息を詰まらせる。
「なるべく急げ! 今日中に見つけられなければ、俺達が終わる」
『ハッ!』
そうして男達は二つに分かれて『ある人物』の捜索に行ってしまった。
「…………行きましたね」
誰もいなくなったことで緊張が解けたリーフィアは、その場で座り込む。
「誰かを探しているようでしたが、結局、特定はできませんでしたね」
「ええ、ですが聖教国が何かしら動いている、という情報は本当のようです」
会話から聞こえた『枢機卿』という言葉。そんなに地位の高い人物が絡んでいるのであれば確実だろう。
「お母様の元へ帰り、このことを知らせなければ」
「そうですね…………ん?」
そこで視界の端にチラッと映るものがあった。
気になったリーフィアがそこに顔を向けるが、何もない通路が続いているだけだった。気のせいだと忘れることもできたが、状況が状況なだけに捨て置くことはできなかった。
「どうしました?」
「いえ……今、あっちに白い何かが見えた気がして……」
「白い何か……気になりますね。行ってみましょう」
雪姫の提案にコクリと頷く。
もしかしたら男達が探している『ある人物』の可能性かもしれない。そう思った二人は、男達と鉢合わせしないよう気を配りながら裏路地を走る。
確実な証拠がない中、探し回ること十分。
「――わっ!?」
「――キャッ!」
前を走っていたリーフィアに、曲がり角からフードを深く被った小柄な人物が飛び出してきて、ぶつかった。二人は小さく驚き、大きく弾かれて地面に激突する。
「リーフィア様! 大丈夫ですか!?」
「てて……私は大丈夫です。それより……」
駆け寄った雪姫に起こされながら、先程ぶつかってしまった人物に目を向ける。
「あの、大丈夫ですか? すいません、不注意で……ん? あ、あの……あの!」
その人物は倒れたまま動かない。
――もしかして殺ってしまった? そんな不安が脳裏によぎり、焦って体を揺らすと、その衝撃で被っていたフードが取れて顔が見えた。
「女の子……?」
それは少女だった。
やせ細った真っ白い肌に、太陽の光のような美しい金色の髪。まだ十代だと思われる少女の顔には、明らかな疲れの色が出ていた。
そして少女の纏っている純白のローブ。素人の目から見ても高級な物だとわかるそれは、所々が破れていた。
「この者がリーフィア様が見たと仰ったものですか?」
「……多分、そうです。そして、おそらくさっきの連中が探しているのも、この子だと思います」
「ふむ、それではこの者もお母様の元に持ち帰りましょう」
確信はないが、リーフィアの冒険者としての勘がそう言っている。それには雪姫も同意見らしく、主であるアカネに判断を仰ごうと少女を持って歩き出す。
「リーフィア様、私は少女と限界まで存在を消します。その間、何か危険が起きても助けることはできません。申し訳ありませんが、慎重に行動をお願いします」
「……わかりました。雪姫さんはその子をお願いします。それと、お弁当は私が持ちます」
今の雪姫は少女を右腕で抱きかかえ、左腕には袋に包まれたアカネ達の夕飯を持っていた。さすがにこれで宿まで帰らせるのは申し訳なく思い、少女の代わりに弁当を渡してもらう。
「ええ、では…………」
リーフィアから雪姫と少女の姿が見えなくなる。
それからは裏路地を出て、何も見ずに真っ直ぐアカネ達が待つ宿へと歩く。
「おい、そこのエルフ」
あと数歩先の曲がり角を曲がれば宿に着くところで、不意に後ろから声をかけられた。ビクッとして振り返ると、そこには先程裏路地で少女を探していた騎士がいた。
「な、何でしょうか?」
必死に焦りを隠しながら、なるべく普通に接する。
「ここら辺で白い格好の女を見なかったか? ちょうど、君くらいの身長なんだか……」
間違いなく雪姫が抱えている少女のことだった。
「いえ……見ていません」
男はリーフィアをまじまじと見つめる。ここで視線を逸らしたら怪しまれるため、リーフィアも負けじと見つめ返す。
永遠に続くと錯覚するほどの緊張。早く終わってほしいと内心強く願う。
「…………ふむ、嘘は言ってないな。失礼、呼び止めて悪かった」
小さく頭を下げ、男は広場の方へと歩いていった。
「あ~……緊張した」
とにかく、これで問題は過ぎ去った。
それでも緊張は最後まで解かずに、部屋の前まで辿り着いた。
「……雪姫さん、もう大丈夫です」
「お疲れ様でした、リーフィア様。よくぞあの場面を乗り切れましたね」
リーフィアの横に、少女を両手に抱えた雪姫が現れる。
「心臓に悪かったですよ。……本当に緊張しました」
苦笑し、扉を開ける。
「シルフィ! リフィちゃんが帰ってこないわ! 何かあったんじゃないの!?」
「そんなのわからないわよ!」
「はっ! まさか攫われた!? よし、滅ぼしてくるわ」
「あ、アカネ様! どうかお気を確かに!」
「うるさい! 私は行くわよ! リフィちゃんのために――リフィちゃん!」
ようやく扉を開けたままのリーフィアに気づいたアカネは、凄まじい勢いで抱きつく。
「も〜、帰りが遅いから心配したのよ? 本当に無事でよか……った…………」
抱きしめて頭を撫で回しながら、目線は雪姫……が抱えている少女に移る。
それを見て、アカネは一言。
「どこでそんなの拾ってきたの。元あった場所に戻してきなさい」
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