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第66話 リーフィアの本心

前回65話の雪姫のセリフを間違えていたため、少しの修正を加えました。

「アカネ様」→「お母様」

 買い物は特に問題なく終わった。


 アカネが余計に警戒していたので、リーフィアもそれに感化されていたのだが、どうやら杞憂だったと安心した。


 それもそのはず。ここは聖教国であり、神のお膝元なのだ。余程の馬鹿でない限り、そんな場所で罪を犯そうとは思わないだろう。


 ……実際にはちょっとお茶に誘おうと寄ってきた者達が何人か居たのだが、声をかける前に雪姫の有無を言わさぬ圧力によって自然消滅していた。


 リーフィアは自分の容姿に自信を持っていないが、姉に負けない整った顔立ちをしており、エール王国の冒険者ギルドには多くのファンが存在していたりする。


 そして雪姫もまた、主人であるアカネと同じように、見る者全てを魅了させる美貌を持っている。


 この二人が歩いていたら、別にやましい気持ちが無くても、声をかけたくなるのが男の性というものだ。


「なんとか無事にお使いできましたね」


 空いているベンチに腰掛け、ふぅ……と息を漏らすリーフィア。


「ええ……と言っても心配はしていませんでしたが……」


 雪姫もその隣に座る。

 ただ座るだけなのに、一つ一つの動作が美しく気品溢れるものだったので、リーフィアは思わず見惚れてしまう。


「……どうかされましたか?」


「い、いえ! 雪姫さんが居てくれて助かったなと思いまして……」


 あからさまな誤魔化し方に、雪姫は気づいた様子もなく薄く微笑む。


「私は何もしていませんよ。ほとんどリーフィア様がやっておられたじゃありませんか。むしろ、私がいたことで変に気遣わせてしまい、申し訳ないくらいです」


「そんなことありません! 結局、一人だったら不安だったし、雪姫さんがいて本当に助かりました」


「…………ふふっ、素直にその気持ちを受け取りましょう。ありがとうございます」


 向き直って深々とお辞儀するのを、リーフィアは慌てて止める。


「や、やめてください! そこまでされるようなことではありませんから! その、困ります……」


「あら、これは申し訳ありません。……お母様を受け入れてくださった貴女様と話すと、どうしても感謝の意が先に来てしまうのです。こればっかりはもう……慣れてくださると嬉しいです」


「私だってアカネさんのことは大好きなので、むしろ、よそ者の私達を受け入れてくれた妖の皆さんに感謝したいくらいなのですが……」


 顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら、それでもしっかりとアカネを大好きだと言う姿に――主が好きになるのも頷ける、と雪姫は内心思う。


 リーフィアを見ているととても心地よい気分になり、きっと疲れも吹き飛ぶ。そんな雰囲気が彼女にはあった。


「……ダメですね。これでは感謝の押し売りみたいになってしまいます」


 話題を変えようと雪姫は再び、行き交う人々を見つめる。


「リーフィア様は――なんとも思わないのですか?」


「えっ……?」


「お母様、シルフィード様、コノハ。三人はあからさまに、この国に嫌悪感を抱いています。それなのに貴女はそんな気配すら感じない…………いえ、心の奥底に閉じ込めている、と言った方が正しそうですね」


 雪姫はリーフィアのつぶらな瞳を射抜く。その瞳の奥は、微かに揺らいでいた。


「……あ、あはは、気づかれていましたか」


 これは隠し通せないと観念して、「アカネさんには内緒ですが……」と言ってから、リーフィアは本心を話す。


「私はアカネさんを苦しめた神が――嫌いです」


 そう、これがリーフィアの本心だ。


 聖教国の者ならば怒り狂うその言葉。しかし、雪姫が事前に張っておいた『無音の結界』のおかげで、外には聞こえていない。


 彼女の言葉はまだ続く。


「だって酷いじゃないですか。神は常に私達を見守ってくれている。そう言われて信じてきたのに、神は私達なんかを助けてくれない。神が力を貸すのは、神に選ばれた『英雄』だけ。

 ……私は怒っているんです。神が贔屓せずに皆を平等に助けてくれたら、アカネさんは苦しい思いをしないでよかった。神にも事情はあるんだと思います。……けれど、私の大好きな人を見放した神を――許せない」


 勝手なこと言ってるとは自覚していますが、とリーフィアは雪姫に笑う。


 正直なところ、雪姫はとても驚いていた。


 嘘偽りなく話してくれたことに、ではない。

 自身の下半身が石化しても姉を心配するだけで、犯人に怒りをそこまで抱いていなかったリーフィアが、アカネを苦しめた神に対して明らかな怒りという感情を持っていたことに、だ。


(この人にとって、お母様が大きな存在になっていたとは……)


 嬉しいと同時に、心配になる。

 なぜなら、それはこの世界の住人にとって間違った感情なのだから。


 様々な神を信仰する世界。

 それが神に怒りをぶつけるなど間違っている。

 だからこそアカネ達は『魔王』と言われ、全種族から目の敵にされているのだ。


 リーフィアがその道を歩んでしまったことが、その道に巻き込んでしまったことが、雪姫は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「リーフィア様……」


 だが、ここで言うのは謝罪の言葉ではない。


「ありがとうございます。お母様を好きになってくださり、本当に……ありがとうございます」


 雪姫はベンチから立ち上がり、リーフィアの前に跪くと、先程よりも深く頭を下げる。周囲の目など気にしない様子に、リーフィアも慌てて立ち上がる。


「や、やめてください! ほら、みんなが見てますから!」


「いいえ、やめません。これは私にとって最大の感謝です。そこらの塵芥の視線を気にする方が、リーフィア様に申し訳ないです」


「それでも……ああ、どうしよう……ほ、ほら、買い物も終わったことですし、早く帰りましょう? アカネさんも中々帰ってこない私達を心配しているでしょうし……」


「…………そう、ですね。早く帰ってリーフィア様が無事な姿を見せなければなりませんね」


 周囲の目は気にすることはないと思っていたが、それでリーフィアを困らせるのはいささか問題だと思った雪姫は、スッと静かに立ち上がり、宿を出た時のようにリーフィアの手を握る。


「さ、帰りまし――っ」


「えっ――キャ!」


 そこまで言った雪姫は素早くリーフィアの腕を引っ張り、抱き寄せて大きくその場を飛び退く。腕の中で小さな悲鳴が上がったが、それを気にしている余裕などなかった。


 何があったのかと問いかけようとしたところで、甲冑を纏った集団が、先程までリーフィア達がいた所を慌ただしく駆け抜けていった。


 あのままだったら彼らとぶつかって怪我をしていたかもしれない。それ故に雪姫は素早く危機を察して行動したのだ。


「あれは……どうしたんでしょう?」


「……わかりません。彼らは甲冑を纏っていましたが、動きは騎士のそれではないですね」


「どういう意味ですか?」


「彼らは騎士……の格好をした何かだということです。おそらく、この国の者だという口実を元に、何かをやろうとしているのかもしれません」


 それを聞いて思い浮かんだのは、アカネの言葉だった。


『聖教国が裏で何かをしている』


「まさか……」


「私が言ったことはあくまでも推測です……が、それが当たっているとしたら、ここで見てみぬふりをするのは後に響く可能性があります」


「……付けてみましょう」


「よろしいのですか? 正直、危険だと思うのですが」


「やらないで後悔はしたくないんです。危険だと思ったら、全力で逃げますから」


「…………わかりました」


 そうして謎の集団を追尾し始めた。


 そして、そこで二人はとあるものを目撃することとなる。

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