第65話 これからのこと
その後、リーフィアの頑張りのおかげで宿を探し、無事に四人部屋を取ることができた。
「あ゛〜〜ぁ゛…………」
そんな年寄り臭い声を出しながらベッドにうつ伏せになっているのは、道行く教徒共を見てストレスを限界値まで溜め込んだアカネだった。
奴らに遭遇してから随分と経ったせいで、本人の予想を超えて抵抗力が著しく下がっていた。『和の都・京』を建てる前は――ああ、この人達、瓦礫の角に頭を打って死なないかなぁ、程度に思うだけだった。
「……ったく、宿の人達もみーんな神を信じてるじゃない。憎たらしいったらありゃしないわ」
「アカネ様、大丈夫……ではなさそうですね。今、何か飲み物を持ってきます」
うちわで風を送っていたコノハが立ち上がろうとしたのを、アカネが手で制する。
「ああ、いいわよ。リアから貰った指輪に飲み物入っているから」
そう言って、『アイテムボックス』からコップと水が入った容器を取り出して、少し乱暴にそれを飲み干す。
「……はぁ、これからどうしましょうかね」
アカネは寝返りをうち、面倒そうに呟いた。
「とりあえずは地道に情報を集めるしかないんじゃない? そこら辺は私とリフィ、コノハでやるわよ」
とても今のアカネが誰かと話して情報を集めることはできそうにない。なので、そういった仕事は三人に任せることにしていた。
「……悪いわね。でも、ただ情報を集めるのも厳しいかもしれないわ」
「どういうことです?」
リーフィアが問う。
「ここの奴らは怪しいと思った人物は、すぐ教会に報告するのよ。だから、一度目をつけられたが最後、ここを出るまで監視をされ続けることになる」
「……なるほど、下手に動けないのね」
「では、冒険者ギルドに行って集めるのはどうでしょう?」
「それも危険かもしれないわね。職員も教徒だから、ある意味、聖教国の戦力の一部と捉えてもいい。ここ最近でこの国に何かあったか? なんて聞き込みをしていたら、直接お偉いさんに報告される可能性が高いわ」
正直なところ、八方塞がりだった。
それだけここの情報網は広くて厚い。
「じゃあどうすれば……」
「そんなの簡単よ。ここの教徒じゃない奴に聞けばいいの」
現状を理解したシルフィードが渋い顔をしたが、アカネはあっけらかんとした様子で唯一の方法を口にした。
「ここの教徒じゃない奴……? 私達と同じように外から来た人ってことですか?」
「いいえ、そいつらに聞いても意味がないわ。私が言っているのは、この国にいる裏の住人のことよ」
どこの国にも『スラム街』と呼ばれる場所はあり、そこでは裏仕事を生業としている輩が毎日のように蔓延っている。そこに行けば、何かしらの情報は掴めるのでは? とアカネは予想していた。
「それに……おそらくこの国には、すでにリアの部下が入り込んでいる」
そうでなければ、魔王達に『聖教国が怪しい動きをしている』と伝わらない。そして、それを知っているならば、少しくらいは情報を持っていると考えていいだろう。
「なるほど……リンシア様の部下が持っている情報なら、信じてもいいですね」
「リンシア、ってまさか『幻魔王』のこと? ……うっわぁ、『破壊王』に続いてビッグネームが出てきたわね」
『幻魔王』ことリンシアは、攻略法が全くと言っていいほどない魔王として有名だ。
彼女と相対したが最後、何もできずに気を失い、そのまま一生目を開けることはなくなる。
そのからくりの秘密は、彼女の得意技である『ユートピア』に敵の意識を捕え、リンシアだけの世界で一方的に虐殺をする。というものだが、それを知ったところで誰も対策なんてできない。
リンシアの世界は彼女の望む世界。
誰も自分の世界で敵が行動することを望まないし、さっさと死ぬことを望む。だから敵は何もできずにただ蹂躙されるだけなのだ。
そんな最悪と呼べる力を持つリンシアだが、人間側から何かを仕掛けない限り、別に危害を加えようとはしてこないので、比較的温厚な魔王として有名なのだ。
「リンシア様とターニャ様、アカネ様の御三方は、毎日のようにお茶会をしているほど仲良しなんだよ」
「あの二人が勝手に私の部屋に乗り込んできて、勝手にお茶会を始めるのよ。全く、仕事で忙しいってのに困ったものだわ」
そう言っているが、口調はどこか楽しげに感じられたシルフィードは、少し羨ましい気持ちになる。
「ま、情報を集めるのは明日からにしましょ。今日は疲れたでしょう? 主に私が。……だからゆっくりと休みましょう。じゃないと疲れが溜まってそのうち爆発するわよ? 主に私が」
「あ、あはは……」
冗談ではない雰囲気にリーフィアは笑うしかなかった。
「では、私は外で何か美味しいものを買ってきますね。何がいいですか?」
こういう時はリーフィアの仕事だ。
アカネは勿論、シルフィードも外面は誤魔化しているが、相当無理をしているのは妹ならばすぐにわかった。コノハも主人から離れたくなさそうだ。
「…………ごめんなさいね。じゃあ私はお肉がいいわ。それも特別大きいもの」
「私はあまり重くない料理がいいわ」
「ボクは美味しいものなら何でもいいよ」
「アカネさんが肉。お姉ちゃんが重くないもの。コノハは美味しいもの……と」
それぞれが欲しいものを言い、それを忘れないようメモをしてから立ち上がる。
「それじゃあ、行ってきますねっ!」
「あ、ちょっと待った。さすがにリフィちゃんを一人で行かせるのは危ないわ。――雪姫。ちょっと来て頂戴」
妖が住む世界に呼びかけると、アカネ達の部屋は急激に温度が下がった。そしてどこからか吹雪が巻き起こり、いつの間にかその中心には雪姫が立っていた。
「お呼びでしょうか、お母様」
「ええ、頼みたいことがあって……ってその髪どうしたの?」
相変わらず凛とした風格だが、彼女の髪がいつもよりボサボサになっている気がした。それに纏っている雰囲気もどこか不機嫌そうにも思える。
……と言っても、普通の人なら気づかない些細な問題なのだが、いつも雪姫を見ているアカネからしたらすぐに気づく点だった。
「……先程、向こうでコンとハクが大喧嘩をしまして……その対処をしていました」
――またか、とアカネは頭を抱える。
「タイミング悪い時に呼んでしまってごめんなさいね」
「いえ、むしろ助かりました。おかげで全てを翁に任せて逃げて来られたので」
「そ、そう……」
さすがのぬらりひょんも、アカネが呼んでいる雪姫を止めることはできなかったらしい。
知らぬ間に面倒事を押し付けてしまったことを申し訳なく思い、後で高級な酒をプレゼントしようと密かに誓ったアカネなのであった。
「こほんっ、それで早速だけど雪姫にはリフィちゃんの護衛を頼むわ」
「かしこまりました。アカネ様は…………ああ、ゆっくりお休みください。コノハ、お母様とシルフィード様をしっかりと護衛するのですよ」
「わかってるよ雪姫さん」
言われずともという風に、刀を軽く鳴らす。気合十分な様子に、雪姫は満足したように頷く。
「よろしい……では行きましょうか、リーフィア様」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ふふっ、そんなに緊張せずとも大丈夫ですよ」
リーフィアと雪姫は、毎晩の特訓で話すことが多くなった。そのため他よりは友好関係を持っているが、それでも守られるという立場になると気後れしてしまうようだった。
「さ、手を」
「はい…………行ってきます」
二人は手を取り合い、部屋を出て行く。
その後ろ姿を見送ったアカネは、どうか無事で帰ってきてほしいと切に願うのだった。
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