第63話 聖教国を前に
「それでは私達は行きます。今までお世話になりました」
アカネ達は旅の支度を済ませ、村の入り口に集まっていた。
ちなみにシルフィードとリーフィア、コノハは馬車の中だ。別れの挨拶にはアカネ以外は必要ないと判断したのと、コノハが面倒がったのが理由だ。
「いえいえ、礼を言いたいのはこちらの方です」
村長は困ったように笑う。
「……あれを持ってきてくれ!」
村人が重そうに持ってきたのは、一つの木箱。
「アカネ様、どうかこれを……」
手に持つと、ズシリとした重さがあった。
「……これは?」
「村の保存食です」
「そんな……大切な物でしょう? 受け取れません」
「これは村人の総意なのです。村を救ってくれたこと、子供達に指南を施してくれたこと。それを考えたら、少ない量かもしれませんが……」
「そんなことありません。そういうことならば、ありがたく頂きます」
「ええ、貴女方の無事を祈っております」
「ありがとうございます。村長、そして村の皆様もどうか壮健でありますように」
アカネと村長は固く握手を交わし、別れとした。
馬車に乗り込んで出発すると、すぐに村が米粒程度の大きさとなる。
「いよいよ次は聖教国ね……」
緊張したような言葉が、馬車内の空気を重くする。
普段ならばアカネが軽い冗談を言って場を和ませるのだが、先程の言葉を言ったのがアカネ本人なのだ。
他の三人の緊張は留まるところを知らない。
「――コノハ」
「は、はいっ!」
突然、名前を呼ばれたコノハは、ピシッと姿勢を正す。
「何度でも言うけど、あそこは完全な敵地よ。何としてでも二人を守って」
「……御意に」
固く決意した表情で深々と跪くコノハ。
主からの絶対なる命令を破らないため、己の心に言葉を刻み込む。
「ちょっとアカネ。私とリフィだって自分の身くらい守れるわよ」
そこでシルフィードが文句を言う。……だが、アカネがそれを肯定しなかった。むしろ心配そうに二人を見る。
「確かに貴女達は前に比べて強くなった。これから比べ物にならないほど成長するでしょうね」
「それなら――――」
「でも、それだけよ」
シルフィードが何かを言おうとしたのを、アカネがピシャリと遮った。
「奴らは神のためなら何でもする。どんな汚いことでも……時には罪のない人を殺すことすら、ね」
「……備えれば大丈夫よ」
「そうね。備えられれば、大丈夫かもしれないわね」
「一体、何が言いたいの?」
ため息を一つ。
アカネは真剣な目で、真正面からシルフィードを見つめる。
「大きな組織には、強大な力が必ず存在する。
聖教国には屈強な暗殺者がいるわ。奴らは対象が油断した隙を的確に狙ってくる。備えていても、隙を見せれば終わり。だから二人にはコノハが必要なの」
コノハは索敵に関しては誰にも負けない。敵の接近にいち早く気づいて対処できるだろう。
「……それに、どんなに備えていても敵わない相手だっているわ。――『英雄』、とかね」
実力では魔王に若干劣るものの、人間としては考えられない力を持つ『人間をやめた人間』それが『英雄』だ。
竜を倒したシルフィードとリーフィアでも、英雄が相手となったらどうにもならない。
「もう一度言うわ。貴女達は強くなった。怠けることなく稽古すれば、もっと強くなれるでしょう。――でも、今は弱い。
暗殺者には簡単に隙を突かれるでしょうし、英雄に真っ向から挑んでも絶対に勝てない」
現実を突きつけられた二人は、反論しようとして結局何も言えなかった。
それは自身でも理解しているからだ。
このままでは足手まといになると、まだ強くなる必要があると実感しているからだ。
「アカネ様、そこまでにしてあげてください。二人もそれは痛いほどわかっていて、それでも力になりたいと思っています。その気持ちは理解して頂きたく思います」
「…………そう、ね。私としたことが少し……焦っていたわ。ごめんなさい」
「いいえ、まだ自覚が足りないってわかったわ」
「いつか……アカネさんに認められるようになりたいです」
姉妹は突きつけられた現実に落ち込むのではなく、むしろ目標を強く持った。
諦めずに付いてきてくれることに嬉しく思ったアカネは、三人を纏めて抱きしめる。
「聖教国に行ったら、憎しみを制御できる自信がない。もしかしたら暴走してしまうかもしれない。それでも……付いてきてくれる?」
「もちろんよ」
「何度でも言います。私はアカネさんと共に居たいんです」
「アカネ様を支えるのがボクの役目。ですので、どうか一人で無理をなさらないよう……」
シルフィードは短い言葉の中にしっかりとした肯定を。
リーフィアは告白した時の言葉をもう一度。
コノハは従者として主を想う。
「…………ありがとう」
全生物の敵である【魔王】としては、この願いは間違っているのかもしれない。
(でも、それでもいい。だって私が、私自身が望んでいるんだもの)
この温もりを、この幸せを、絶対に手放してなるものか。
アカネは強くそう誓った。
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