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第59話 裏切りの真意

 誰もが通らないような道なき道。

 シルフィード、リーフィア、コノハの三人はそんな道を歩いていた。

 理由はアカネから託された任務を遂行するためだ。


 足取りはゆっくりとしていて、コノハは周囲を警戒するため、常に耳がピンッと立っていた。


「この先に魔物三体……一度、止まろう」


 先頭を歩いていたコノハが、後ろの二人を制止させる。姉妹はそれに無言で頷いて従う。


「…………よし、行ったな。ボク達も進むよ」


 やがて、三人は開けた場所に出た。


「一旦、休もうか」


「はぁあああ……歩いてただけなのに疲れたわ」


「もう、ヘトヘトだよ……」


 コノハの一言で一瞬にして気が抜けたのか、地面に座りこんで情けないことを言うシルフィードとリーフィア。


「貴女はまだまだ大丈夫そうね」


「もちろん。鍛えているからね」


 シルフィードの言うとおり、コノハは全く疲れている様子はない。三人の中で最も警戒を怠らず、常に森全体を把握していたとしても、だ。


「なんでコノハは、ずっと周囲を把握していられるの?」


 魔法にも【魔力探知】というのはある。効果はコノハがやっていたようなことと同じだが、どうにも魔力の消費が激しいのが難点だった。


 それなのにコノハは、何十分も周囲を警戒し続けられていた。それに何かコツがあるのか気になったリーフィアは、そう問いかける。


「うーん、これは種族の特技……と言えばいいのかな? 獣人、それもボクみたいなキツネ族は索敵能力が高くて、魔力なしでも遠くの敵を察知できるんだ」


「そうなんだ……上手く【魔力探知】を扱うコツとか知ってるなら、教えてもらおうかと思ってたのに……」


「あはは、参考にならなくてごめん。……けど、リーフィアならすぐに上達するさ。アカネ様もそう言ってたよ」


「本当っ!?」


(わかりやすいなぁ……)


 先程まで気落ちしていたというのに、アカネが褒めていたと言っただけで、この変わりようだ。

 その反応を面白いと思いながら、コノハは続ける。


「リーフィアだけじゃない。シルフィードについてもアカネ様は言っていたな」


「私に? 例えばどんな?」


「シルフィードは必ずアカネ様を超えるって」


「……いや、それはさすがに嘘でしょう。私がアカネを超える? 全く想像できないわ」


「……まあ、剣の腕に限った話だけどね。けれどボクも負けないよ。シルフィードよりも早くアカネ様に勝ってやるんだから」


 その意志は固く、コノハの瞳が熱意で揺らいでいるのをシルフィードは感じた。


「なんで、コノハはそこまでアカネを超えたいと思うの?」


 ただ、師匠を超えたいと思うなら別にいい。しかし、コノハの熱意には何か別の気持ちが宿っている気がした。だから聞いたのだ。


 問われたコノハは、少し悩むように腕を組んでから「アカネ様には内緒ね」と言った。


「ボクはアカネ様に勝って、【魔王】の座から引きずり降ろすんだ」


 それは従者が決して思ってはいけないことだった。どう考えても裏切りと考えられるそれは、確かな考えがあってのことだった。


「魔王でもないボクに負けた貴女は、もう魔王ではない。だから、魔王ということを忘れて、好きに生きてください。……そう言ってやるのが、ボクの唯一の願いなんだ」


 アカネは【魔王】になってからも、部下を第一に考えて己を追い詰めていた。

 だからアカネに下克上をして、彼女に辛いことをさせない。そのためだけにコノハは力をつけてきた。


「今、アカネ様は好きに行動して旅をしていると思うだろうけど、それでもあの方には【魔王】という名前が重くのしかかっている。ボクはそれをなくしたいんだ」


 コノハが代わりに代表になれば、アカネが部下のために身を削る心配もなくなる。


 捨て子だった自分を拾ってくれた。ただ一人の恩人であり、母親のような存在。

 その恩返しをしたいと必死に考えた結果、そのような結論に至ったのだ。


「そんなにアカネを想っているのね……」


 シルフィードは俯く。

 こんなにも考えてくれる部下に比べて、自分はアカネに何ができるのだろうか。

 伴侶になっただけでは足りない。そんな想いではコノハに勝てない。


「――だから、二人には感謝しているんだ」


「えっ……?」


「二人はアカネ様を受け入れてくれた。そして、あの方に本物の幸せを与えてくれた。

 アカネ様はボク達が幸せになると、自分も幸せになるって昔に言っていた。けれど、それは幸せじゃなくて満足感だと思う。…………それで気づいたんだ。ボク達ではアカネ様を幸せにできない。だから、二人には感謝してもしきれない」


 ――ありがとうございます。


 そう言って、深々と頭を下げた。


 これは部下を代表してではない。

 コノハ個人が本当に感謝をしているから、それを形として表しているだけだ。


 もし、イヅナとシルフィード、リーフィアが出会ったならば、彼女も同じように頭を下げて恩に報いろうとするだろう。


「…………本当にアカネ様には内緒だからね? もしバラしたら……バラすから」


 この場合のバラすとは、バラバラにするという意味。それだけ恥ずかしいのだ。


 それを理解した二人は、コクコクッと勢いよく頷いた。


「……さあ、休憩も終わりにしようか。アカネ様を待たせる訳にはいかないし、ね」

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