表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/84

第48話 二人の弟子入り

「あ? 稽古をつけて欲しいだぁ?」


 それは歓迎の宴会が終わった後のことだった。


 シルフィードはぬらりひょんを村の一角に連れ出し、自分に稽古をつけてくれないか、と頼んだ。


「……はい、貴方はアカネの師匠だと聞きました。それで私にも稽古を…………」


 かしこまったシルフィードに、ぬらりひょんは頭をガシガシと乱暴に掻く。


「あ~、まずはその口調をやめてもらおうか。あんたは嬢ちゃんの嫁さんだ。そうなると自然とオレの上司ってことになる。どうか気軽に翁って呼んでくれねぇか?」


「……わかった。それで、稽古を頼みたいんだけど」


「別にいいぜ」


「本当っ!?」


 あまりの嬉しさにグイッと一歩寄るシルフィード。


「近えよ。こんなところ嬢ちゃんに見られたら殺されちまう」


「あっ……ご、ごめん……でも、本当にいいの?」


「だからいいって言ってんだろ? 嬢ちゃんが認めた奴になら、オレは協力を惜しまない。それに……あんたも剣の腕に関しちゃ筋がいい。これは嬢ちゃんに少し鍛えてもらってたな?」


「う、うん。直接ではないけど、基本的な動きと体力作りなら……」


「それなら成長は早いぜ? だけど決して焦るなよ。焦らずにゆっくりと力をつけろ。余計なことは考えずに、ただ己を信じて剣を振れ」


 ――それを約束できるなら鍛えてやる。


 最後に約束をさせて、最強の剣豪はシルフィードを真正面から見つめる。


「強くなれるのなら、なんだってやってやるわ」


 それを彼女は更に強い信念を持って見つめ返す。何があっても止まることがない、強くなれる者が宿す意思を感じた。


「……ほう? 弱くしたとはいえ、オレの威圧を平然と受け流すか……嬢ちゃんは本当にいい奴を見つけたな」


「そ、そんな! 私なんて――」


「でしょう? 私の自慢のお嫁さんなのよ?」


 凛とした妖艶な声が、シルフィードの言葉を遮って頭上から聞こえた。


「アカネッ!?」


「はーいシルフィ。二人が外に出て行くのが見えたから、こっそりついて来ちゃった」


 村の一軒家上に立っていたアカネ。彼女はその場所から飛び降りて、華麗に着地した。そして、追跡してたことを自ら白状する。


「ま、嬢ちゃんの気配に気づかないなら、まだまだ未熟だな」


「気づいてたの!?」


 はっはっはっ、とぬらりひょんは笑う。気づいてたからこそ、彼はすんなりとシルフィードの願いを聞き入れたのだ。


 もし、あの場で断っていたら、力づくで承諾させられていた。別に断ろうとはこれっぽっちも思ってなかったのだが、ジジイの悪戯心が働く可能性が百パーセントだった。

 だから、アカネが居なかったのなら、一度目は断っていただろう。


「……だけど、大丈夫なの? 翁の稽古は厳しいけど」


「えっ、例えばどんな?」


「…………死にたくなるわ」


「嘘……ではないようね」


 ハイライトが消えたアカネの瞳を見て、今更ながら心配になってきたシルフィード。


 ぬらりひょんの稽古は、言ってしまえば力技だ。ひたすら剣を交えて体に技を叩き込む。この世界にいる限り、現実の体に異常が起こらなければ、決して死ぬことはない。


 しかし、最初は本気で死にたくなるほど、何もできない。目に見えぬ速さで剣を振られて、反応ができないまま切り刻まれる。


 目が慣れて反応できたとしても、それを正面から叩き潰される。気を強く持たないと自信をなくすどころか、惨めに感じて死にたくなってしまうだろう。


「だから……頑張って」


 ポンッとシルフィードの肩に手を置く。


「いや、お願いだから可哀想な人を見る目をしないで。私自身が心配になるから見ないで!」


「安心しろ。殺しはするが殺さねぇからよ」


「むしろ不安になったわ!」


 気楽なぬらりひょんに、シルフィードは全力で言い返す。アカネはそれを見て愉快そうに笑い、それでもやはりシルフィードに同情した目を向ける。


 そんな三人のやり取りを聞きつけ、宴の片付けを中断した他の妖が集まり始める。


「……お母様、これはどうしたのですか?」


 女郎蜘蛛が二人の会話を不思議に思い、アカネに耳打ちで質問する。


「シルフィが翁に弟子入りするのよ」


『ほう……シルフィード様が、ですか。翁に教われば間違いないですが……大丈夫なのでしょうか?』


 キュウビのコンがアカネの横に【転移】して会話に混ざる。


「それが心配になっているから、翁を問いただしているのよ。正直、私も心配なんだけどね」


『この世界では疲れを感じませんからね。きっと休みなしで斬られ続けるでしょう……』


『それについていけなければ、母上には到底追いつけぬ。なに、シルフィード様もすぐに魔法の無力さに気づくだろう』


 静かに近づいてきたハクは、飽きずにまた魔法を小馬鹿にしている。


『はぁ? シルフィード様は魔法と剣を同時に扱うお方と聞きました。きっと魔法の必要性もわかってくれます。どこかの魔法を使えないから、と馬鹿にするしか脳がない駄犬と違ってね』


 コンは不快そうに九つの尻尾を振る。


『ふんっ、勝手に言っておればいい。魔法なしでは何もできぬ無力な女狐め。お前が何を言おうと魔法は剣に勝てないのだ』


『……じゃあ、私は――――』


 コンの体が消える。【転移】して何処かに移動したのだ。そして、すぐに姿を現す。


『――この方を弟子にして魔法を教えるわ』


 【転移】前とは少し異なり、その口には何故かリーフィアを咥えて現れた。


「えっ? ……弟子? え……?」


 拉致されたリーフィアは、理解が追いつかずに目を白黒させている。


『ほう? シルフィード様とリーフィア様。どちらがより強くなったか。それで競い合うのも面白い。だが、いいのか? こちらには翁と我がいるのだ。教え方が下手な貴様では不利だろう?』


『……ええ、だからこっちにも強力な助っ人を呼んだわ』


『何――ッ! この冷気はまさか!』


 グンッと温度が下がり、ハクは助っ人の正体を理解する。それと同時に、助っ人が予想外過ぎて驚きを隠せずに、冷気の根源がいる方向へと視線を向けた。


「全く……お母様の伴侶、シルフィードさんとリーフィアさんを使って勝負をするなど……それに、お二人は客人なのですよ。無礼だと思わないのですか?」


『『うっ……』』


 冷気を直接コンとハクにぶつけて、雪姫は説教をする。強さで言ったら同格の上位妖なのだが、その内の二匹は雪姫の有無を言わさぬ迫力に言葉を詰まらせる。


「お母様も黙ってないで何か……」


「……ん? 私は面白いと思うわよ?」


「…………まあ、程々にしてください。貴方達の勝負よりも、シルフィードさん達の心の方が大切なのですからね」


「そうねぇ……シルフィは大丈夫だと思うけど、リフィちゃんはまだ幼いからね。無茶をさせて恐怖心を植え付けたとあれば――わかってるわよね?」


『『――ヒィッ!』』


 聖母のような笑顔なのに、恐怖で震えが止まらない犬猿の仲の二匹。コクコクッと勢いよく首を上下させ、ついでに尻尾も連動して上下している。




「――ちくしょう。とことんやったるわよぉ!」


「おおっ! そのいきだぜシルフィードの嬢ちゃん!」


「頑張ってくださいアネさん!」


『翁に負けないでくださいよぉ!』


 ちょうどいいタイミングで、シルフィードが気持ちを振り切ったらしく、右腕を上に挙げて気合を入れ始めた。それに乗っかって騒ぐぬらりひょんと野次馬の妖達。


「……私は中間役として、なるべく手出しはしないようにするわね」


 そうは言っても、あくまでもこの世界でのことだ。現実世界『グロウス』に戻ったら、体力作りと基礎知識は教えるつもりだ。


「…………誰かそろそろ状況を説明してくれません?」


 勝手に盛り上がる現場に、リーフィアの悲しく、か細い声が掻き消えた。


 もうダメだ、と諦めた彼女の瞳に、何か光るものが見えた気がした女郎蜘蛛だったが、心情を理解してあえてそれを黙認した。


 一応、心の内では合掌をした女郎蜘蛛は、厄介な飛び火が来ないうちに、宴の後片付けへと戻っていったのだった。

いつもありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ