第46話 魔王の師匠も桁外れ
「――実際に私達が異界に行けば、話は早いんじゃないかしら?」
「「…………んっ?」」
アカネの提案は、見事二人を硬直させることに成功した。……本来はそういう意図で発言したのではないのだが。
「どうしたの二人共? 面白い顔になってるけど……」
「いや、ちょっと私の耳がおかしくなっちゃったらしくて……」
「あら、大丈夫? 私では治せないかもしれないから、異界に行って雪姫にでも診てもらう?」
「あ、やっぱり正常だったわ。貴女の言葉が異常だっただけだわ」
「酷い言われようね……そんなに変なこと言ったかしら?」
『母上、先程のは説明がなければ理解が難しいかと……』
さすがに唐突過ぎたのだろう。ハクもシルフィード側だった。
「そうね……よくよく考えたら、異界に行くなんて言われても理解はできないわよね。……うーん、なんて説明するべきか」
アカネに触れている状態ならば、妖達の住む異界へと行ける。
本当にそれだけのことなのだ。
「……それは危なくないの?」
「あっち側に行っている時は無防備になるけど……野盗とかに襲われないよう結界は張るわ」
「ああ、こんなにサラッと結界を張るなんて……さすがアカネさんです」
目のハイライトがなくなるリーフィア。
普通は野盗ごときに結界なんて使わない。
結界というものはもっと大規模なものだ。
それこそ魔物の大群が攻めてきた時や、【魔王】を相手にした時の対策ぐらいにしか使わない。使えない。
その理由は、普通の宮廷魔法士が最低でも五人は必要だからだ。
国を覆うほどの範囲ならば、その倍は必要になる。
それをアカネ一人でなんとかすると言っているのだから、リーフィアがそうなってしまうのも頷ける。
しかし、アカネはそれをわかっていないようだった。
「私達【魔王】は、小規模な結界なら簡単に作れるわよ? ……ターニャ以外は、ね」
彼女の言う通り、結界を張れることが普通なのだ。
「はあ……改めて【魔王】が規格外っていうのを理解したわ」
「リフィちゃんだってその内、一人だけで結界を張れるようになるわよ。仕組みさえわかれば意外と簡単なのよ、あれは」
「そう……なると嬉しいです。…………できるでしょうか?」
「貴女が努力を続ける限り、絶対よ。そのためなら私達は、いくらでも力を貸すわ」
リーフィアにはS級冒険者以上の存在になる素質はある。
ただ、彼女がシルフィードの支援しか考えてないため、その素質を伸ばせていないだけだ。
「それに、この世界と異界は時間の流れが違うのよ。異界で二時間特訓しても、こっちではまだ三十分しか経っていない」
「それは凄いわね。アカネもそれで強くなったの?」
「ええ、そうよ。ただし精神だけが向こうに行くから、魔力や体力の底上げはできないわ。けれど、精神体だけだから疲れも痛みも感じない。つまり永遠に特訓ができるって訳よ」
『ただ気をつけて貰いたいのが、現実世界の体はほぼ寝ている状態ということです。当然、腹は減りますし、寝てばかりだと体調を崩します。……母上はそれで倒れたことがありましたね』
ハクはその時のことを思い出して、アカネを咎めるように見つめた。
「うっ……いやだって、翁との戦いが長引いたんだもの……」
「長引いたって……現実の体調が崩れるほどでしょ? どんだけ戦ってたのよ」
「…………一ヶ月」
「はい?」
「だから一ヶ月よ。こっちの世界では十五日間ね」
一ヶ月も戦ったせいで精神状態は疲労困憊。
そして、十五日放置したアカネ自身の体は、激しい飢餓状態に陥っており、目覚めた瞬間にぶっ倒れた。
「……よくそんなに戦ってたわね。その翁って人……じゃなくて妖なのよね? お互いに凄桁外れじゃない。それで、どっちが勝ったの?」
「…………私の負けよ」
「え、嘘でしょ?」
アカネが負ける姿を想像できないシルフィードは、その事実を受け入れられなかった。
ここで彼女が嘘をつく訳もないので、それは本当のことなのだとわかるのだが、やはり信じられなかった。
アカネは口を尖らせ、少し捻くれた様子で言い訳をする。
「あの人は私の師匠のような妖なのよ。全ての武術や武器の扱いは翁から教わったわ。
……それに、翁との戦いは魔法禁止。武器と肉体がぶつかり合う完全近接戦闘なの。真なる武を極めたあの人に、私が【妖術】と【仙術】なしで勝てる訳ないわ」
正確に言うなら魔法は禁止ではない。
別にアカネは使ってもいいのだが、翁が魔法を使えないので、同じ土俵に立つために勝手に禁止しているだけだ。
「…………コホンッ、過去の話はもういいでしょ。そろそろあっち側に行くわよ。もちろん強制はしないけど、きっといい経験になるはずよ」
そう聞いたアカネだったが、すでにシルフィードとリーフィアの考えは纏っているようだった。
「もちろん行くわ。皆に紹介されるのは恥ずかしいけど……」
「それでも別世界に行けるなんて貴重な体験、見逃す訳ないですよ」
二人は女性だとしても、長年冒険者をやってきたのだ。そんな面白そうなイベントに参加しないなんて勿体ないと感じたのだ。
『では、我は先に行って皆に母上が来ると知らせます』
「ええ、お願いね」
ハクの身体が淡く光だし、粒子となって消える。
一足先に異界へと帰り、アカネ達を歓迎するため準備を進めてくれているのだ。
すぐに行っても準備は終わっていない。
その間にこちら側でもやることをやっておこうとアカネは動き始める。
まずは食器類を片付けることから始めた。
まだ食後の休憩中だったので、食器は山積みになっていた。
いつの間にかシルフィードとリーフィアも加わり、三人で作業をした。そのおかげですぐに終わり、風魔法で乾かした食器は『アイテムボックス』に収納した。
最後に三人が並んで寝れる大きさのベッドを取り出し、最後に結界を張った。
アカネが張った結界は外敵、アカネ達三人以外を一切寄せ付けない防御型だ。無理に入ろうとした者は、容赦なくその体を引き裂かれるようになっている。なんとも【魔王】らしい結界だと、言えるだろう。
「さて、と……二人共、準備はできてる?」
「私は大丈夫よ。……ちょっと緊張するけど」
「私も、少しドキドキします」
アカネを中心に二人は寝転び、目を閉じる。
二人の手を握る。その手を絶対に離さないよう、しっかりと強く握った。
「それじゃあ――行くわよ」
刻印に魔力を流し、異界との回路を繋ぐ。
何処かに引き込まれるような感覚。それに抗うことなく、アカネ達は意識を手放した。
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