第43話 母親と母親と母親
新たな旅立ち。
それは誰もが輝かしい未来を想像することだろう。
それはシルフィードやリーフィアも同じだった。
二人は『聖教国』までの道のりは、大好きなアカネと一緒に楽しく行動できると思っていた。
そして、それが間違いだったのだと、すぐに理解することになる。
「……ぜぇ、ぜぇ……あ、あか、ね……もう、無理……!」
「うっ、げほっ……し、死んじゃう……」
二人は今、ハクが引く馬車、もとい犬車の横で同じ速度で走っていた。
「ほーら、頑張りなさい。まだ話せる間は死なないわよー」
「「お、鬼……!」」
「鬼族ですけど何か?」
シルフィード達の恨ましげな視線を受けても、当の鬼族はどこ吹く風だ。
「『聖教国』では何が起こるかわからないのよ? それまでに出来る限り力を付けなきゃ……」
アカネの正体がバレた時、共に居るシルフィードやリーフィアにも、信徒共の魔の手が及ぶ可能性が高い。
奴らは神の言うことはなんでも聞く。それが例え非人道的なことであっても、神のためだと己を正当化する。
――決して油断はできない。
だからこそアカネは、心を鬼にして二人を走らせているのだ。決して楽しんでいる訳ではない。
「でも、そうね……そろそろ辺りも暗くなってきたし、近くで夜営の準備をしましょうか」
予定していた昼間の時間を過ぎてしまったこともあり、数時間移動しただけで空はオレンジ色に染まり始めていた。
「ハク、周りに休めそうなところは?」
『このまま走って約十分。小さな森が見えてくるはずです』
「そう、じゃあ速度を緩めて、そこまで走ってくれるかしら?」
『母上の望みならば何なりと』
「ふふっ、ありがとう」
「――ちょっと待てぇい!」
穏やかな雰囲気になっていたアカネとハクの間に、瀕死になりかけのシルフィードが割って入る。
「……何よシルフィ、我が子とのスキンシップを邪魔しないでくれる?」
「いやいや、待って? ハク……さんって言葉を話せたの?」
『呼び捨てて構いません。母上の伴侶殿ならば、我のほうが地位が下なのですから』
「――はんっ……! お、おおう……改めて伴侶って言われると、なんかグッと来るものがあるわね……」
そう言って走りながらも胸に手を当てているシルフィード。ちなみにリーフィアはついてくるだけで限界らしく、喋る余裕すらなくなっていた。
速度も緩めるように言ったので、その内スタミナも回復するだろうが、やはり魔法職の者は貧弱すぎる。
戦いは長期戦になる可能性が高い。相手が格下ならばそうではないが、同格や格上の相手ならば、間違いなくそうなるだろう。
その時に持久力というのはとても重要になる。とアカネは考えている。
もちろん、それは剣士系も魔法系も等しく同じことが言える。
「……それで、何故ハクが言葉を発することが出来るのか、だったわよね?」
「え、ええ、皆の前では普通に吠えていたから、アカネだけ意思の疎通が出来るのかと思ってたけど……」
「シルフィは雪姫のことを覚えてる?」
「えっ……そりゃあもちろん。雪姫さんには色んなことを教えて貰ったし、忘れる訳ないわ。……あ、まさか」
シルフィードが何かに気づいたように顔を上げる。そして、アカネはそれを微笑みで返して、彼女の至った答えを肯定する。
「そう、ハクは雪姫と同じ上位妖よ。……と言っても、ハクは狼だから言葉を発するのではなくて、直接脳内に響かせる【念話】を使っているけれど」
『この姿ではなく、人の姿になれれば便利なのですが……』
不満気に短く「わうっ」と吠えるハク。
「今の姿も可愛いと思うわよ? それに、こっちの姿のほうが走りやすいでしょ。既に速さならこの世の誰にも負けないんじゃないかしら?」
『もちろんです。母上の役にたてるよう、毎日、我は精進していますから』
アカネに褒められて嬉しいのか、無意識に尻尾を素早く振っている。
「その気持ちだけでもありがたいわ。それに速さ以外もちゃんと鍛えているじゃない。少し前はこの馬車も引けなかったのに……」
『は、母上! あの頃の我は貧弱でしたので……恥ずかしいのでやめていただきたい』
馬車を引きながら、恥ずかしそうに身を震わすハク。
そんな我が子に、アカネはただただ愛おしくなる。
「私は嬉しいのよ。愛する我が子達が、私のために頑張ってくれる。……私は、幸せ者ね」
『母上……』
「おーい、お二人さーん? 謎空間から戻ってきなさーい」
このままではおかしな方向に行ってしまう。そんな気がしたシルフィードは横槍を入れた。
だが、アカネは彼女の心配を別の意味で捉えたらしい。
「あら、もちろんシルフィとリフィちゃんも、私にとってかけがえのない大切で愛おしい存在なのよ?」
「――うっ、そういう意味で言ったんじゃないわよ! べ、別に羨ましかったとかじゃ……」
「照れるお姉ちゃん…………可愛い」
「うっさ――ってリフィ!? 今の貴女が言ったの!?」
速度を落としたことによって、スタミナも回復してきたリーフィアが呟き、シルフィードがそれについて言及する。
その光景を馬車の中から眺め、またもや和やかな気持ちになるアカネ。
(シルフィも子供ができれば気持ちもわかるんだろうけど……女同士だから無理よねぇ…………そうだ!)
アカネはパンッ! と手を合わせる。
「シルフィ達も私の子達を我が子だと思えば、私の気持ちもわかるんじゃないかしら?」
「……ほぁ?」
「……へっ?」
アカネの提案に、シルフィードとリーフィアの両者が間抜けな声をあげた。
『なるほど……母上の伴侶ならば、我らを『子』だと認識するのが普通ですね』
ハクは提案に納得している。反対という意見は一切持っておらず、むしろそう呼ぶのが普通だと肯定していた。
「ね? いい案だと思うのよ」
『シルフィード殿……こうなった場合は何とお呼びすれば……シルフィードお母様、リーフィアお母様、ですか?』
「うーん……呼びづらいだろうから、そこは普通でいいんじゃないかしら? それか、シルフィとリフィちゃんが何て呼ぼれたいかにもよるけど……」
『そうですね。お二方、我らは何とお呼びすればよろしいですか? 新たな母君なのです。粗相のないように他の者にも言いつけますので……どうかお教えください』
アカネは窓から身を乗り出して質問し、ハクは馬車を引いたままだが、敬意を込めた言葉使いで二人に問いかける。
「ぅ……まだ心の準備がぁあああああっ!」
「あ、お姉ちゃん! 待ってぇえええ!」
結果、シルフィードは真っ赤になり、馬車を追い越して走り去った。
スタミナが回復仕切っていないリーフィアも、その後に続いて行ってしまった。
さすがはエルフ族と言ったところだ。
二人共、常人よりも素早く走り、すぐに米粒程の大きさくらいまで走って行ってしまった。
『母上……我は何か失礼なことを言ったでしょうか……』
「…………さぁ?」
残された一人と一匹は、二人の突然の奇行に困惑しきっていた。
やがて、行き倒れていた姉妹を回収したアカネとハクは、目的の夜営場所までゆっくりと馬車を進めたのだった。
タイトルが抵当?
そんな訳ないじゃないですか。私のネーミングセンスが底辺なだけですよ(唐突な自虐)




