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第42話 デレデレ魔王。皆との別れ

「二人とも、遅いわねぇ……」


 とある昼下がりのエール王国。

 人が行き来する門の前で、アカネは寂しそうに呟いた。


「やることがあるから待ってて……なんて、一体何をしているのかしら。まあ、急に用事を作った私のせいでこうなってるんだけど……寂しい」


 ついに本音が出た。


 シルフィード達は、朝から忙しそうに動いていた。そして「昼には戻ってくるから、アカネは門の前で待ってて」と言い残して、家から出て行ってしまったのだ。


 二人は家を売って資金にするために出かけているのだろう。ちなみに家具や観葉植物は、アカネの『アイテムボックス』の中に収納している。


 だからこそ家を売りに行っているのだと予想したのだが、それにしては少し遅い気もした。


「まさか、変な奴に絡まれて……」


 そんな予感がして、いても経っても居られなくなる。

 しかし、ここで動いてしまったら、すれ違いになる可能性も高い。


 それでもやっぱり心配してしまう。


「これじゃあ悪循環ね……仕方ない、【式神招来・土蜘蛛】」


 アカネは誰にも見られないよう、裾の中に土蜘蛛を三体だけ喚び出した。


「シルフィとリフィちゃんを一匹ずつで尾行して、残りは周囲の警戒を。決して二人を危険な目に合わせないように。何かあったら私に報告を…………それじゃあ行って」


 土蜘蛛は静かにアカネの裾から出て行った。


(ひとまずこれで安心ね……)


 何かあればすぐに駆けつけることができるが、二人の行動を監視しようとは思っていなかった。


 それをしてしまったら、二人を信じるという気持ちを裏切ってしまう。そんな気がした。


「……んふふっ」


 シルフィード達のことを考えただけで、にやけ顔が止まらない。


 昼間にニヤニヤしているのは、完全に危ない人だ。


 手で覆い隠して危ない人と思われるのを回避するが、体をくねらせながら「イヤンイヤン」している姿は、やはり危ない人に見える。


 門を行き来する人々も、そんなアカネを見て怪訝な顔をしていた。


「私が、好き……ふふっ、そんな、私達ってば同性なのに……イヤンッ……」


 ――完全に惚気(のろけ)である。




 昨夜、疲れ果てるまで泣き続けたアカネに、シルフィードとリーフィアは最後まで一緒に居てくれた。


 その後、三人一緒にベッドで川の字になって眠りにつき、アカネは今までで一番安らかに眠れた。

 そして、朝起きて右にはシルフィード、左にはリーフィアと、それぞれの顔が見えた時、とても安心できたのを覚えている。


 正直なところ、今も信じられない。

 【魔王】というのを明かしたのに、それでもアカネのことを好きだと言ってくれた二人に。

 そして、それをとても幸せだと思っている自分自身にだ。


 時々、これは夢なのではないかと心配になったアカネは、自分の頬をつねったが、普通に痛かった。

 夢ではなく現実だとわかると、またニヤけ顔が止まらなくなる。


 今のアカネを他の【魔王】が見たらどう思うか。とりあえずリンシアは、自製のカメラを持って彼女の顔を連写するだろう。


「おーい、アカネー」


「アカネさーん」


 ……と、そこでアカネの愛する二人の声が聞こえてきた。


 音がするほど勢いよくバッ! と振り返るアカネ。

 そして、彼女は驚きに目を開くことになる。


 大きく腕を振っているシルフィードとリーフィア。その後ろにとてもお洒落な馬車が一台と馬が数匹。更にその後ろには大勢の人が集まって、こちらに向かってきていた。

 集団の中にはギルドマスターのファインドや職員のアニー、S級冒険者のアザネラとフィード、それに『不変の牙』のメンバーの姿も見えた。


「遅くなってごめんね」


「お待たせしましたー」


 姉妹はアカネに抱きつき、遅くなってしまったことを謝罪する。

 愛おしい二人をそのまま抱き返すが、アカネは実際にそれどころではなかった。


「これは一体どうしたの?」


「それは……えっと、ね……」


 シルフィードは恥ずかしそうに頬を掻き、こうなった理由を説明した。


 家を売却するのはすぐに終わった。そして二人は、今までお世話になった人達にお礼参りをしていたのだ。


 アカネと共に旅立つというのを話したら、皆がアカネにも挨拶をしたいと言い出した。

 更にファインドは長旅の激励のため、豪華な馬車までプレゼントしてくれたのだ。


「そんな……」


 予想外のことに驚きを隠せないまま、見送りに来てくれた人達を見つめる。


 どれも見たことがある冒険者達だ。


 その冒険者達は、アカネとの直接的な関わりは一切なかった。

 だが、冒険者の中でアイドルのような立ち位置だったエルフ姉妹を救ってくれたことに、多大な感謝をしていた。


 アカネが本当に見覚えがないのは、冒険者の更に後ろにいる女性のグループだ。彼女らはシルフィードの熱狂的なファンであり、どこからかシルフィードが旅立つというのを聞きつけて、後を追ってきていたのだ。


「アカネさん、シルフィさんから聞きました。どうやら『聖教国』に行くのだとか……」


 集団の中からファインドが出てきて、最初にアカネに話しかける。


「ええ、少しやることができてしまいまして、ここを離れるのは寂しいですが……」


「やること、というのが終わったら、いつでも帰ってきてください。その時は我ら一同、盛大にお迎えいたします」


「えぇっと……なるべくそれは控えていただくと嬉しいです」


「ハッハッハ、遠慮しなくていいのですよ?」


「いえ、遠慮ではなくてマジで言っています」


 ファインドが冗談ではなく、本気で盛大にやらかそうとしているのを察したアカネは、大真面目にそう答えた。


「おっと、これは失礼。では、後が控えていますので、私はこれで……よい旅をお祈りします」


「……はい、ありがとうございます」


 彼と交代して出てきたのは、ギルド職員のアニーだ。仕事だといっても彼女には色々とお世話になった。


「うぅ、アガネざんんん……いぐらなんでも唐突すぎでずよぉ……」


「え、ええ、本当にごめんなさいね?」


「謝らないでぐだざぃいいい……!」


(どうしろと……)


 アニーは泣いていた。アカネがちょっと引くほどの号泣ぐあいだ。


「うぅ、グスッ……シルフィさんから聞きました。絶対に二人を幸せにしなきゃ許しませんから……約束してください!」


「ぶふっ!? ちょ、シルフィ!?」


 思わぬ言葉に吹き出したアカネは、いつの間にか馬車を待機させているところに下がっていたシルフィードを見る。


「いやぁ、別に私から言った訳じゃないんだけど……なんかバレちゃった」


「アカネさんのことを話している姿を見れば、誰だってわかりますよぉ……」


「お姉ちゃんずっと照れながらくねくねしていたもんね……」


「ちょっとリフィ!? それは言わないでって……! というかリフィだって――モガっ!」


 何かを口走ろうとしたシルフィードの口を、慌てて押さえつけるリーフィア。


「わー! ダメ! それを言ったら恥ずかしくて死んじゃう!」


 どうやらシルフィードもアカネと一緒で、見えないところで同じことをやっていたらしい。

 リーフィアも何かやらかしたのだが、結局それを教えてはくれなかった。


 アニーの次に入れ替わりで来たのは、アザネラとフィードの二人だ。


「気をつけて行くのよ。……まあ、貴女程の実力なら問題ないだろうけどね」


「アカネさん、あの時はお世話になりました。ギルドマスターが言っていた通り、帰ってきた際は連絡をください。迷惑にならない程度に歓迎をしますので」


「二人とも、ありがとうございます。その時はよろしくお願いしますね」


「ああ……っとそうだ。アカネにこれをあげるわ」


 そう言って渡されたのは、一つの箱だった。


「これは――っ!」


 箱の中身は、シンプルながら美しい純白の指輪だった。それが三つ。


「いつかちゃんと渡してあげるんだよ」


 アザネラは姉妹に聞こえないよう、アカネの耳元で囁いた。

 シルフィード達やアニーが言った訳ではない。ただ、アザネラはなんとなく、そうなるだろうと察していたのだ。


 何と嬉しいプレゼントなのだろうか。アカネはギュッとその箱を胸に抱える。


「……ありがとうアザネラ。絶対に大切にするわ」


 二人が後ろに戻り、再びファインドが馬を引き連れて前に出る。


「さあ、馬車を引く馬を選んでください。どれも最高級の馬を用意させました。アカネさんの気に入ったのをどうぞ」


 プレゼントということなので遠慮はいらない。

 だが、アカネは静かに首を振った。


「これから私達は険しい旅に出ます。例え最高級の馬でも、厳しいでしょう。なので……【式神招来・神狼】」


 その瞬間、辺り一面が眩い光に包まれる。

 やがてそれが晴れた時、そこには神々しき一匹の狼が悠々とした姿で顕現していた。


 『神狼』、名をハクという。

 その姿は力なき人間だろうと圧倒的な存在力の前に膝を折り、拝もうとするほど凛々しい強者の風格を漂わせていた。


「これは……アカネさんの?」


 ファインドですらハクを見て一歩後退り、敵ではないとわかりながらも恐れの感情を抱いていた。


「えぇ、私の可愛い下僕であり、我が子のような存在です」


 そう言ってアカネはハクを撫でる。


「クゥーン……」


 ハクは可愛らしい声をあげて、嬉しい感情を尻尾を勢いよく振ることで形として表していた。


「私にはこの子がいるので、馬車は不要です。折角、用意していただいたのに申し訳ありません」


「い、いいえ! 確かにこれならば馬は必要ないですね。どうかお気になさらず……」


「……ハク、そういうことだから、お願いできるかしら?」


「――ワンッ!」


 任せろ。と言いたげに鳴いたハクは、馬車を引く縄を咥えて既に準備万端だ。


 アカネは「ありがとう」と礼を言い、馬車の中へと入っていく。その後にシルフィードとリーフィアも中へ入り、そろそろ別れの時となった。


「皆さん、見送りありがとうございます。また会う時まで、どうかお元気で」


「みんな、さようなら!」


「い、行ってきます!」


 アカネ達は窓から顔を出し、別れの挨拶を終えた。

 あとはアカネの命令一つだ。


「ハク、出発よ!」


「アオーーン!」


 馬車はゆっくりと動き出し、加速して行く。


 遠ざかっていく『エール王国』の門前に並ぶ人達に、アカネ達は見えなくなるまで手を振り続けたのだった。

調子に乗って肉を食ったら、グロッキー状態に入っています。どうも私でした。

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