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第3話 旅立ち

「あー、これも持っていこう。これは……必要になるかもしれないわね。持っていこう」


 アカネは一旦自室に戻って、旅に持っていく道具の整理をしていた。


 だが、いつの間にか目の前にはガラクタの山ができていた。

 ちなみにそれらは全てアカネが持っていこうと思っている物だ。


 心配性な彼女は様々なことを想定してしまって、あれやこれやと必要な物を並べているうちに、このようなことになってしまった。


「うわっ! いつの間にこんな量になっていたのかしら…………」


 それに今更気づいた。


 どうしようかと思っていた時、後ろから声がかかる。


「――何してんよのあなたは」


「んひぃっ! り、リアぁ……驚かさないでよ」


 魔王の一人で、アカネの数少ない心を許せる友のリンシア。

 彼女が扉をあけて呆れたようにアカネを見ていた。


 驚いて変な声出てしまって少し恥ずかしがるアカネ。


「全く……このガラクタは何? 捨てる物?」


「何言ってんのよ。全部必要だと思ったものよ」


「はあ…………」


 呆れた顔が、それを通り越して疲れた顔になる。


 ――なぜ?


「…………これは?」


 リンシアが持ち上げたのは、首が上下に動く赤色の牛の置き物。


「それはお近づきの印にと……」


「貰っても嬉しくないわ!」


「ああっ! 私の赤べこ!」


 リンシアは牛の置き物――赤べこを投げ捨てる。


「…………これは?」


 次に持ち上げたのは、白くて細長い帯が丁寧に巻き付いた物。


「それは怪我をした時に…………」


「回復ポーション使えやっ!」


 またもや投げ捨てる。


「ああっ! 巻くの大変だったのよ!」


「いや、文句言うところそこ!?」


(その程度だと思わないでほしいわ。何分時間をかけたと……この馬鹿リアぁ!)


「これは!」


 手に取ったのは缶に入った食べ物。


「それはお金がなくなったときの為に……」


「働け!」


「ああっ! サバの味噌煮!」


「次っ! これは!?」


 手に取ったのはビンに入った液体。それが数本。


「それはお肌の健康維持に……」


「私に対するあてつけか!」


「なんでっ!?」


(確かに私は美肌を維持しているけど!)


 それに対して、リンシアは暗い顔のせいで不健康に見えてしまうから、それが少しだけコンプレックスなのだ。


「次ぃ! これはぁ!」


「旅行用のバッグ…………」


 それが三つ。


「か・さ・ば・る・わぁ!」


 中に入ってる荷物ごと部屋にぶちまけられる。


(オー、マイ、ガッ!)




 〜数分後〜


「はあ、はあ………」


「ううっ、必要だと思ったのよ……思ったのよぉ…………」


 そこには疲れ果てたリンシアと、泣きべそをかくアカネの姿があった。


「知ってはいたけど、まさかアカネの心配性がここまでとは……」


 皆が言うには、アカネは仕事などの外面では、合う者全てが驚嘆する程のカリスマ性を見せるが、イヅナやリンシア、ターニャなどの親しい仲間の前では、このように頭の良さが裏目に出てしまう……らしい。


 なんか恥ずかしいし嬉しくないし……ちょっと複雑だ。


「はあ……念の為に持ってきて正解だったよ」


「持ってきたって……何を?」


「これだよ」


 差し出されたのはシンプルな指輪だった。


 アカネはそれを見つめて考える。


「…………プロポーズ?」


「うーん、告白はアカネからが嬉しいかなぁ……って違ぁう!」


 珍しくツッコミ役に回ってくれるリンシア。

 いつもはボケ担当なので、なんか新鮮だった。


「これは『アイテムボックス』よ」


 ボックスって形してなかった。


(……え、リアって箱の形わかってる?)


「…………これが? 入るの?」


 リンシアが言うには、これは亜空間にアイテムをしまう魔法具らしく、使用者の保持魔力量によってアイテムの入る量が変わる。


 彼女が暇つぶしに作る魔法具は便利で使いやすい物ばかりなのだが、問題が一つだけあった。


「私……魔力ない…………」


 ずーん、とアカネの周りに暗いオーラが漂う。


 アカネは生まれつき魔力を持っていない。


 元々鬼族とは保持魔力量が少なく、力で戦うのが特徴的だ。

 アカネは鬼族の中でも力は弱くて、魔力は()()()()()()


 そもそも魔力がないというのは本来おかしいことだ。


 いくら剣が好きな脳筋のターニャだろうと、使わないだけで魔力を持っているのが普通だ。


 魔力がないのは体を健康に維持する抗体がないのと同じ。

 故にアカネは生まれてから体が弱く……いや、弱いという枠で考えてはいけない。


 彼女は歩くことすら困難な体だった。そして村の同族、友人、挙句には親までもが彼女を見放した。


 出来損ないの烙印を押されたアカネは強くなるために考えた。誰よりも力に貪欲になって、考えて考えて考えた末に、彼女はある結論に至った。


 ――自分に魔力がないのなら、周りの魔力を使えばいい。


 それからアカネは自然の魔力を根こそぎ奪い、全く別の力に作り変える荒技を編み出した。


 それは【魔王】になった今でも変わらない。


 だからアカネは、リンシアの魔法具『アイテムボックス』を使えない。


 正しく言うならば、使うことはできるが、魔力がないイコール仕舞う場所がない。つまり使っても意味がないのだ。


「ふっふっふ、そんなことだろうと思ってアカネのは特別製だよ! それは私の保持魔力量とリンクしているのだよ!」


「……ということは結構な量入るんじゃない?」


 リンシアの保持魔力量は魔王トップ。

 これはかなりの期待が持てる。


「えっと、一国は丸々入るんじゃないかな?」


「……ってことは、これ全部持っていけるの!?」


「そういうことだよアカネちゃん!」


 それは最高だ。


「やったぁ! 愛しているわよリア!」


「――グエッ! く、首……絞まりゅ……」


「あっ、ごめんなさい……」


 慌てて介抱から解放する。


「全く……この程度で弱いわね。もっと物理に対する防御考えたほうがいいわよ?」


 魔術士っていうのは防御を疎かにするのはなぜなのか。アカネには隙だらけで強いとは思えない。


「ごめんなさ……って、なんで私が謝ってんの!?」


 とにかく、これで旅の荷物がかさばらなくて済んだ。

 早速、荷物をアイテムボックスに仕舞おうかと思ったアカネなのだが…………


「ねえ、これってどうやって使うの?」


 何しろ初めて使う魔法具だから、触ったことすらないので少し緊張してしまう。


「物を仕舞う時は『入れ』で、出す時は『出ろ』って思うだけでいいよ。魔力は妖術使う時みたいな感覚で流せば大丈夫」


「わかったわ……やってみる」


 まずは一番最初にリンシアに投げ捨てられた赤べこから。


(――入れ)


 すると赤べこが淡く光だして、細かな粒子となって指輪に吸い込まれる。


(――出ろ)


 今度は細かい粒子が指輪から出てきて、それが赤べこの形を成していく。


「これは凄いわ……」


 次々とガラクタの山をアイテムボックスに仕舞っていく。

 アカネの身長を越えるほどの山を全部入れても、ボックスの中はまだまだ入るというのだから驚きだ。


(……いやぁ、本当に助かったわ)


「ただし、生き物や水分は入れることはできないから気をつけて。けど、水分は袋なんかに入れるとボックスに仕舞えるよ」


 つまり、形を保てないものや、意思を持っているものは出し入れできない。


 亜空間なので、殺した直後に血抜き等をして仕舞えば、鮮度はそのまま維持できるとリンシアは付け足す。


「凄い! これでいつでも肉料理が食べられるのね!」


 アカネは肉と甘い物が大好物だ。

 長旅などでも好物を食べられるということがわかって、本当に心からリンシアに感謝する。


「とりあえず冷やしたお水を千リットル追加しなきゃ」


「それは入れすぎだと思うなぁ……」


 倉庫には、やむを得ず持っていくのを断念していた物が沢山ある。

 それを引っ張りだすのに、一時間かかったのだった。




        ◆◇◆




「…………じゃあ、少しの間、京を任せるわね」


「はい。いってらっしゃいませアカネ様」


「気をつけて……って、アカネなら心配いらないか。とにかく楽しんで来てね」


 日が僅かに昇り始めた薄暗い空模様。


 見送りはイヅナとリンシアの二人のみ。


 主の旅立ちだというのに質素だけど、目立たないように旅立ちたいというアカネからの要望で、このような形になっている。


(ああ……やっぱり寂しいかも)


 今生の別れではないにしても、何百年と共に過ごしてきた故郷のような場所だ。

 目にじんわりと涙が浮かぶ。


 それでも自分が決めたことだとだから気を引き締める。


「それと、外は神を信仰している奴らが沢山いる。……つまり、敵だらけってことよ。慎重なアカネなら問題ないだろうけど、一応気をつけて」


「ええ、忠告感謝するわ」


 珍しくリンシアが真面目に語るが、アカネだって気をつけると知っているだろう。それでも助言するのは、単に友人としての心配からなのかもしれない。


「――行ってきます!」


 アカネは振り返らずに歩いた。




        ◆◇◆




 アカネの姿が見えなくなるまで手を振って、ようやく手を降ろす。


(あーあ、行っちゃった)


 外には出さなくても、凄いルンルン気分だったのはリンシアでもわかった。


(正直、心配だけど……まあ、アカネなら大丈夫でしょ)


 アカネは魔王の中でも上位の強さを持っている。

 もし、リンシアとアカネが戦ったら、間違いなくリンシアのほうが何もできずに倒される。

 それだけ、アカネの力は異常で異質なのだ。 

 


「ありがとうございました」


 横を見れば、イヅナが深く深くお辞儀をしていた。


「…………なんのことかな?」


 リンシアはお礼を言われる心当たりがなくて首を捻る。


「もちろん。アカネ様によい影響を与えてくれたことです」


「さぁ? 逆に私は変なスイッチ入れちゃったかなぁって悪い気してるけどね」


「……アカネ様は欲がなさすぎるのです。もうやりたいことは全てやったと言わんばかりに、私達のことを第一に考えてくれます。それに感謝しながらも私達は、アカネ様に無理をさせてしまっていたのです。なので…………」


 もう一度、イヅナは深くお辞儀をする。


「アカネ様に外の楽しみを与えてくださったこと、主の家臣を代表して御礼申し上げます」


(…………困ったな。まさかそう思われているとはねぇ)


 てっきりいつも遊びに来る暇な魔王様と思われているのかと……


「ま、まあ、私もあいつには世話になっているし? たまには刺激を分けてあげたかったから……」


「ふふっ、左様でございますか。では、今後もお気軽にお越しください。なんなら、ちょうど『甘味屋』の新作和菓子が送られてきたのですが、試食なさいますか?」


「おおっ! それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかなっ」


 二人の影は京の中へと消えていく。


 こうして、魔王の旅立ちは誰にも知られず、密かに終わった。

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