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第37話 秘密の来訪者

 【魔王】を退けた夜。


 アカネは自室で目を閉じて、お気に入りのソファへ腰深く座っていた。


「ええ、その道を真っ直ぐ。そしたら喫茶店が見えると思うから、その突き当たりを右に……」


 彼女は静かに、誰かへ指示を出していた。


「ってそこじゃないわよ馬鹿。なんで左に……はあ? 左右がわからない? お箸を持つ方よ……ってあんたはお箸使わないのか。とりあえずその逆よ」


 なんで左右がわからないのかとお説教をしたいところだが、大声を出してシルフィード達が来るのは避けたかった。


 今、姉妹二人はアカネの部屋の下、リビングでくつろいでいる。


 ……と言っても、アカネの過去を聞いたせいで、その空気は和むというよりもどんよりとしていた。


 そこでアカネは「少し上に行っているわね」と席を外し、こうして誰かと【念話】で繋がっていた。


「相変わらず迷子スキルは健在なようね……後どのくらいで着くのかしら。……おいコラ、何が頑張れー、よ。あんたが頑張りなさいよ」 


 アカネは額に手を当てて天井を仰ぐ。

 繋がっている相手の馬鹿さ加減に少し頭痛を覚えたのだ。


「全く……脳味噌まで筋肉詰まって将来どうするのよ。…………人を殺せれば問題なし、ね……確かにその通りだけど、せめて魔力の操作くらいは覚えなさい。この先何があるかわからないのだから」


 そうして【念話】で繋がること数分、ようやく相手がシルフィード宅のすぐ近くまで到達した。


 アカネは窓を開放し、その後すぐに小柄なシルエットが中へと飛び込んできた。


 その者は生きている年数とは違って、少女と言えるほど小柄だった。


 それだけならば問題はない。

 だが、その少女が背負っている物が少女の異様さを増幅させる。


 身の丈を越すほどの巨大な剣。大剣よりも大きく重い。名付けるならば特大剣だろう。それを少女は重いと感じることなく背負っていた。


「……よぉ、今日ぶりだな、アカネ」


 人々から一番恐れられている【魔王】にして【破壊王】。ターニャは片手を挙げ、笑顔で笑いかける。


「はいはい、元気そうで安心したわ」


 親しみを込めた言葉で返すアカネ。そして、ターニャの体をまじまじと見つめる。


「案の定、怪我はしてないみたいね」


「あははっ、いやぁビックリしたぜ。いきなり蹴り飛ばされるんだからな」


「だって貴女が私の名前を呼びそうになったんだもの。さすがの私でも焦るわよ」


 『魔獣の森』でターニャと出会った時、アカネはターニャを蹴り飛ばす瞬間に「後で連絡するからここで待ってて」と伝えておいたのだ。


「……それにしても、よくあそこまで来れたわね」


「なんかあっちに行けばアカネに会えるかなぁ……って思ったんだよ。そしたら見事に予想が的中ってな」


「ホント、貴女の直感はどうなってるのかしらね」


 今回は彼女の規格外な直感でなんとかなったが、もしそれが外れていた場合は大変なことになっていた。


(まあ、結果オーライってことで諦めましょう)


 ターニャの規格外な行動は今に始まったことではない。それをいちいち考えるほうが疲れるのだ。


「さ、座ってちょうだい。お茶は用意できないけど……ああ、剣はベッドに置いていいわよ。ゆっくりよ? ゆっくり置かないと床が崩れるからね?」


「あ? なんだよ。ここの床は弱いな」


「仕方ないでしょう。ここは私の仕事部屋じゃないのよ? 一般家庭に最高級の硬度を求めてはダメよ」


 シルフィード宅の床は木製だ。

 成人男性の体重の二倍がある特大剣を放り投げたら、簡単に床は崩壊してしまう。


「……ったく、しゃあねぇな」


 言われた通りにゆっくりと己の得物を置き、彼女は用意された椅子にどっかりと座った。


「それで? どうしてあそこに居たの?」


「さっきも言ったろ? お前に用があったんだよ」


「私? …………まさか帰ってこいとか言わないわよね」


「そんなつまんねえこと言わねぇって。あのジジィからの伝言を言いに来た」


「カタストロフから……次は何を頼まれるのかしら」


 【竜王】カタストロフ。彼がアカネに何かを伝えようとした時は、ほとんどのことが調査等の頼みだった。


「なんでも旅をしているついでに、調査を頼みたいんだとよ」


「ついで? そんなので達成できるものなの?」


「ああ、なんでも『せいきょーこく』……でいいのか、これ? そこが最近、秘密裏にだが大きく動いているらしい」


 ターニャはメモが書いてある紙を読みながら、カタストロフからの伝言を言っていた。


 なぜメモなのかと言うと、ターニャがすぐに物事を忘れてしまう鳥頭だからだ。そして、難しい漢字にはしっかりと振り仮名が書いてあった。


 そして伝言の中に出てきた『聖教国』とは、名前の通り神を崇める者達が集う国。……つまり、【魔王】にとって最大の敵国だ。


「なんでそこが大きく動いているの?」


「わからねぇ。それを調査して欲しいんだと」


「……ちなみに誰情報?」


「リンシアだ」


「そう、それなら確実ね」


 正直なところ、アカネは『聖教国』に行きたくなかった。それはアカネ以外の同胞も同じだろう。


 大嫌いな神共を狂ったように崇拝する屑共しか居ない国だ。


 毎日のように神に対する賛辞を聞くことになるし、国内のそこら中で神に祈る狂信者共を見ることになる。


 なんて不愉快な場所だろうか。


 しかし、その糞みたいな国が秘密裏に動きを見せているのならば、それはとても気になる。


 【魔王】の存在を一番毛嫌いしているのは、間違いなくその国だ。


 歴代最大の祀りごと程度ならどうでもいいのだが、アカネ達に害を成そうとしているのならば、それは全力を持って邪魔をしてあげなければならない。


「だけど……ああ、頭痛い…………」


 考えるだけで頭痛がしてきたアカネ。

 『聖教国』に行くということは、今居る『エール王国』を離れることになる。


 できることならシルフィード達も、と思ったが、二人はここに家を持って暮らしている。

 付いてくるという可能性は低いと見ていいだろう。


 もし、一人で行ったとしたら、毎日一人で我慢しながら屑共の祈りを聞かなければならない。


 それはとてつもないストレスだ。

 もしかしたら調査が終わる頃には、めちゃくちゃ老けているかもしれない。


「……大丈夫か? 一人でキツいなら、リンシアも一緒に行くって言ってたが」


「……いえ、ただでさえ私が居なくなるんだもの。その穴を埋めれるのはリンシアくらいしか居ない。二人も抜けるのは避けるべきよ」


「そうか…………とりあえずジジィ達にはそう言っておく」


「頼んだわ。もし、何かあった場合は私の子共達を送るわ」


「了解。それじゃあ俺はさっさと帰るわ」


「ええ、人間で遊ぶのも大概にするのよ」


「わーってるよ。それで滅んだら面倒だ…………っと誰か来たな」


「へっ?」


 ――コンコンッ。


 アカネの部屋の扉が叩かれる。


「……アカネ。少し、話したいことがあるんだけど」


 シルフィードだ。


「やばっ!?」


 この状況を見られる訳にはいかない。


「アカネ? どうしたの?」


「な、何でもないわ!」


「それじゃあ入っても、いい?」


「うっ……ちょ、ちょっと待って! 今、部屋の掃除中だから!」


「う、うん。わかったわ……」


 上手く誤魔化すことができた。その間に、アカネは行動を開始する。


「早く隠れて……!」


「そ、そんなこと言ったって何処に……!」


「そんなのベッドの下に行けばいいのよ!」


「よしっ――って剣がつっかえて隠れられねぇ!」


「あんたマジふざけんな!?」


 ガンッ! ガンッ! と、ベッドと特大剣が勢いよくぶつかる。その音にアカネは頭を抱える。


「アカネ!? ちょっと大丈夫なの!?」


 中で大きな音がしていることを心配したシルフィードが、扉を開いて入ってくる。


(――あ、終わった)


 この時、アカネは人生最大の焦り度を更新したのだった。

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