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第32話 人は見かけによらない?

 次の日の昼。


 いつもいい意味でうるさく賑わっている冒険者ギルドは、違う意味で賑わっている。


 普段はガランとした空間も今は人でごった返しており、隣接している酒場にまで溢れてしまっていた。


 冒険者の様子は人それぞれだ。

 何が起こるんだろうと心配している者。それを仲間と予想しあっている者。

 ある程度察して静かに瞠目している者。もしくは恐怖で怯えて、仲間と励ましあっている者。




 その中で、異色を放っている三人がいた。

 アカネ、シルフィード、リーフィアの三人だ。


「凄い人ね……リフィちゃん、手を離したらダメよ」


「い、いえ! 別に手を握ってくれなくてもだ、大丈夫、です……」


「あら、私と手を握るのは嫌?」


「――そういう訳じゃ! うう、お姉ちゃん……」


「うちの妹をからかわないでアカネ」


「ええ? ……むう、仕方ないわね。でも近くに居なくては危ないわよ?」


「はいっ!」


 リーフィアは手を繋ぐ代わりに、アカネの袖をギュッと掴む。


「うらやま――コホンッ。そうね、この中ではぐれたら探すのにも一苦労よね」


 そう言い訳をしたシルフィードは、埋まっている反対側。アカネの左袖を掴む。


(うーん、両手に花とはこのことね)


 このように二人が懐いてくれたのは、昨日お土産をプレゼントした時からだ。


 これでもかというほど二人は喜んでくれて、昨日の夜からずっと肌身離さずアクセサリーを付けてくれている。


 リーフィアにいたっては本当に悪いことをしたのでは? と思い詰めていたらしく、嬉しい気持ちと安心感から泣いてしまった。


 それからリーフィアはアカネにベッタリになってしまい、それに感化されたシルフィードも、何故か張り合ってくる事態になっていた。


(可愛くてありがたいけど、皆の視線が痛いわね)


 他人から見れば、美女三人がいちゃついているように見える。事実そうなのだが。女に縁がない男冒険者なら、自然と目が行くのは仕方ないことなのだ。


 それでも姉妹は気にせず、アカネの袖を握っている。


 アカネ自身も気にしないほうがいいのかと思っていた頃、誰かが人混みを割って近づいてきたことに、彼女は気づいた。


「…………あら、何のようですか?」


 それは昨日、冒険者ギルドでアカネが背負投した巨漢、バッカスだった。


「シルフィ、リフィちゃん、ごめんなさいね。少し……離れていなさい」


 昨日の報復に来たのかと思ったアカネは、安全を考慮して二人を後ろに退避させる。


 男がどう出るか。それをジッと様子見する。


「――すまなかった!」


 バッカスは風を切るほどの勢いで頭を下げた。

 ハゲてピカピカと光る頭がアカネの前に差し出される。


「………………あ、はい。はい?」


 昨日の酔っ払っている様子と全く別の態度に、アカネは反応が遅れて、やっぱり信じられないことに聞き返してしまった。


 バッカスは居心地が悪そうに頭を掻き、言い訳らしきものを言う。


「その……朝起きた時に、仲間から昨日のことを教えてもらったんだ。そしたら俺が酔っ払ってアンタに迷惑をかけちまったって…………本当にすまねぇ!」


 再び、ハゲ頭が下げられた。


「えっと……ひとまず頭を上げてもらっていいですか?」


「おう……」


 バッカスは言われた通りに頭を上げる。

 彼の表情を見るに、言わされているなんてことはなさそうだが…………やはり昨日の態度と別物過ぎて困惑を隠せない。


 だからといって何時までもこのままだと、変な意味で目立ってしまう。

 それは避けたいアカネは、ひとまず許すことにした。


 それを聞いたバッカスは三度目の謝罪をする。


「本当にすまねぇ……」


「ええ、別に私は気にしていないので……これ以上やらかすと許しませんが」


「わかっている。二度と迷惑をかけねぇと誓う。それじゃあ邪魔したな」


 それだけを言ってバッカスは人混みの中へと消えていった。


 一部始終を見ていたシルフィードは、いつの間にこんなことになっていたのか。それを聞こうと再びアカネの裾を握って引っ張る。


「昨日、何かあったの?」


「酔っていたあの男に絡まれてね。邪魔だったから痛い目に合わせただけよ」


「うわぁ……」


 シルフィードが呆れた顔をした。


 やはり女としては酔っぱらいに絡まれるのは嫌なのだろう。シルフィードにも気をつけるように言おうとしたところで、続きの言葉が彼女から発せられた。


「後遺症とか残ってないといいけど」


「……あ、そっちなのね」


「だってアカネは絶対に手加減しないもん」


「いやいや、私だって手加減はできるわよ? というよりも手加減しなかったら、多分あの人今頃死んでいただろうし」


 昨日のことを思い出す。


 バッカスは隙だらけな掴みかかりをしてきた。


 あれを本気で相手していたと想定すると、一つの手段として懐に入って貫手で心臓をえぐり取っていただろう。他の殺り方だったら、横蹴りで上半身と下半身を切り離す。なんてこともできる。


「それもそうね……」


 シルフィードもそれを想像したのか随分とあっさり納得してくれた。


「おーい、アカネ〜」


 ふと、アカネを呼ぶ声がした。

 そして周りのざわめきが大きくなる。


「ん……?」


 彼女が声のした方向を見ると、そこから黒い格好に身を染めた女性が、元気に手を振って近づいてくるのがわかった。


 昨日出会ったアクセサリー店の店主、アザネラだ。


「あら、貴女も招集を受けたの?」


「そうなのよー。アカネが帰った後に役員が来てね。マジで頼むから明日は来てくれ、って……」


「そうだったのね。大変ね」


「ああ、全くこんな年寄りに何をさせようって言うのかしら。後でファインドの坊やに文句言ってやるんだから」


 アザネラは若々しい見た目よりも年を取っている。


 それは彼女がエルフだからだ。


 普段は尖った耳を幻惑で隠しているが、アカネは彼女が耳辺りに何かの細工をしていると感づいていた。

 その程度なら【邪鬼眼】を発動しなくてもわかった。


 そうして何気ない話をしている内に、何やら周りの様子がおかしいことに気づき始める。


 シルフィードなんかは、様々な感情が混ざり合って面白い顔になっている。リーフィアは反応ができないのか、ポカーンと大きく口を開けて固まっていた。


「あ、あああ、アカネ!? その人、は……まさか……」


「この人は昨日知り合って仲良く……仲良く?」


 アカネはそこを疑問に思ったので、アザネラの様子をうかがう。


「仲良く行きましょう」


 握りこぶしに親指を立ててサムズアップされ、本人の了承を得られた。


「うん、仲良くなったのよ」


「仲良くなったって、アザネラ様と!?」


「…………様? アザネラ、様?」


 まだ理解していないアカネに、今度はリーフィアが珍しく大声で発言する。


「その人はS級冒険者【孤高の魔女】アザネラ様です!」


 一瞬の静寂。


「アーザーネーラーさん?」


 ギギギッ、とアカネは首を回す。


「なんでそんな重要なことを言わなかったのかしら?」


「い、いやぁ、隠していたほうが面白いかなぁと……すいません」


「はあ…………ま、今更口調を変えるのもおかしいわよね……ったく」


 仲良くなってしまったのなら、仕方ない。

 そのように割り切るアカネ。


 そんな彼女の様子に安堵したアザネラは、噂のエルフ姉妹を見る。


「へぇ、二人ともそのアクセサリー似合っているじゃないの。折角、私が作ったのだから、大切にしなさいよ?」


「――――ぐふっ」


 何気なしに放った一言。

 それが衝撃となって、リーフィアは後ろに倒れていった。


「「り、リフィ(ちゃん)!」」


 アカネとシルフィード。

 二人の絶叫が冒険者内に響きわたった。

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