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第30話 立ち塞がる巨漢

「王国騎士が……わかりました。すぐに向かいます。アニーさんはすぐさま騎士様を私の執務室へと案内してください」


「畏まりました! ……あ、それと、頼まれていたお金です」


「ああ、ありがとうございます」


 アニーは元々頼まれていた報酬金を渡して、また部屋を出ていく。


「……申し訳ない。貴女とはもっとお話をしたかったのですが」


「いえいえ、私と王国騎士では優先度が違うでしょう。気にしなくていいわ」


 アニーは『緊急依頼』と言っていた。どう考えても拙いことが起こっているのだろう。


「感謝します。それと……明日の昼頃に冒険者を招集することになると思いますので、シルフィさんにも連絡をお願いします。おそらく貴女達の力も必要になるでしょう。……それと、これは報酬金です」


 麻袋に入れられた報酬金を受け取る。

 本来ならば全額入っているか確認するところなのだが、時間も押しているので確認を省いた。


 そのまま胸にしまうフリをして『アイテムボックス』に収納した。


「ありがとうございます。私達の力が必要となったならば、冒険者として全力を尽くしましょう」


 姿勢を正して優雅にお辞儀をするアカネ。


「…………いや、アカネさんは抑えてくださると嬉しいです」


 半眼で拒絶されてしまった。


 そこでそれを言うか。とアカネはお辞儀をしたまま固まってしまう。


「やっぱり信用されてない? ……うぅむ、それじゃあ適度に頑張りますわ」


「それでお願いします……っと、では私はここで」


「ええ…………」


 ファインドが一礼して部屋を出て行く。

 残ったのはアカネただ一人。


 そこでアカネは、王国騎士が来た理由『緊急依頼』について考察を始めた。


(……緊急ということはそれだけ大きな問題よね。何か強力な魔物が近くに出現した? いや、王国が危惧するほどの強力な魔物がいたのなら、私もとっくに気づいている。

 それではないとしたら……王族の誰かの護衛任務とかかしら? けれど、王族が冒険者なんかに護衛を依頼するとは思えないし、全冒険者と言っていたから、その可能性は低い。信用がある冒険者になら指名依頼として出すのかもしれないけど、そこに緊急を要する意味はない)


 冒険者に依頼するのだとしたら、魔物討伐か護衛しかない。


(さすがに薬草の収穫依頼を緊急として扱わないでしょう。伝説級の物とかならわかるけど、それこそ全冒険者じゃなくて個人に依頼すればいい)


 そこから考えられることとしたら可能性は二つ。


 一つは他国に強力な魔物が出現して、助けを求められた。

 もう一つは周辺ではない何処かに異常事態が発生。念のためにそれの対処を依頼。


 これが今のところ濃厚だ。



 そして、この予想は的に的中しているが、ど真ん中ではない惜しいところに当たっている。そんなところまで、アカネの思考はいっていた。


「……ま、今考えても何も変わらないわね」


 それよりも重要なことがアカネにはあった。

 シルフィードとリーフィアへのお土産を買うという、とてつもなく重要なことだ。


 それに比べれば、王国が焦る程度の魔物如きどうでもよかった。


 そう考えたアカネは、さっさと部屋を出る。


 そこから一階に降りる階段に差し掛かった時、野次馬と化していた冒険者達に注目されてしまった。


(……そういえば、ギルドマスターの部屋も二階だったわね)


 アカネが何か知っているのでは? と思った冒険者達は、ジッと彼女を見る。


(私は何も知りませんよー)


 ここまで注目して何も言ってこないのは、まだ話しかけづらいということなのだろう。


 アカネはそれを利用して、颯爽とギルドの出口に歩き…………だそうとしたところで大男が彼女の前に立ちはだかった。


 偶然、邪魔になったのかと思ったアカネは、横に逸れて出口に向かおうとしたが、やはり大男も横にずれて邪魔をする。


「…………すいません。退いていただけませんか?」


 逆ギレされないよう、優しく微笑む。


「ああ? ……そうだなぁ、二階で何が起こっているのかぁ、それを教えてくれたら退いてやるよ」


(やっぱりか……)


 ミスった。

 普通に帰るのではなく、【瞬天】で窓から帰ればよかったと今更後悔する。


「…………ギルドマスターが言うには、明日の昼頃、冒険者全員に情報を伝えるそうです。それに、私は彼等の話し合いには参加しておりません。……もう一度言います。邪魔です。退いてください」


「その態度ぉ、運よく『不変の牙』を倒しただけのクセにムカつくなぁ……」


(『不変の牙』? 誰? ……ああ、A級冒険者パーティーの人達のことか。というより、それぐらいしか覚えがないわ)


 大男は酔っていた。

 近づけてきた顔から漂う口臭が臭い。


 思わずアカネは袖で目元から下を隠す。


「おいっ! やめろバッカス!」


「その人に喧嘩売るのはヤバいって!」


 バッカスと呼ばれた大男の仲間だろうか。男女二人がバッカスの腕を引いて、アカネから距離を置こうとしている。


「っるせぇ! 俺の邪魔をすんなぁ!」


「キャアッ!」


 彼が暴れた衝撃で、仲間の女性が軽々と吹き飛ぶ。


 女性が吹き飛んだ先は石の壁。

 見たところ魔法使いのようなので、このままでは受け身をできずに壁に激突するだろう。


「――危ないですね」


 それを避けるためにアカネは、【瞬天】で女性の元に移動。壁にぶつかる前に、その体をキャッチした。


「え……あれ? なんで…………」


「大丈夫ですか? 酔っぱらいは危ないので、近寄らないほうが身のためですよ」


 その場で優しく下ろしてあげてから、バッカスの元へ戻る。


「仲間……しかも女性に害を成そうとは、たとえ酔っていたとしても許されざる行為ですね」


「わざわざお説教かぁ? ははっ、うぜぇ女だなぁ!」


「ふむ……その言い草にイラッときました。目立つのは嫌いですが、一度その性根を直して――――」


「ちょっ、ちょっと退いてください!」


「……うん?」


 アカネの言葉を遮って野次馬の群れから出てきたのは、王国騎士を案内してギルドマスターの部屋に居るはずのアニーだった。


「上に騎士様が居るので喧嘩は――ってアカネさん!? なんでここに!」


「なんでここに、という質問はこっちがしたいわよ。貴女、話し合いの場に居るんじゃなかったの?」


「いやぁ、私が居たら邪魔かなぁ……って、それよりもこの状況は何なんですか!?」


「何って……喧嘩?」


「けん……おぉう…………」


 アニーは頭を抱えてその場に蹲ってしまった。


「喧嘩は自己責任ですが、どうか騒がしいのだけは……私が怒られてしまいますぅ……」


 更に縋りついて懇願されてしまった。

 その顔は今にも泣きそうなくらい必死で、さすがのアカネもちょっと引いてしまった。


「わ、わかったわかった。静かに喧嘩を――――」


「さっきから俺を無視すんじゃねぇ!」


 またもやアカネの言葉は、バッカスの怒声によって遮られてしまった。


 彼は自慢の巨体を活かして、力づくでアカネを押さえ込むつもりらしい。


 全く反撃されるとは思っていない隙だらけな格好で、バッカスは両手を前に突き出してくる。


「鬼族だろうが俺の力には――グエッ!?」


 アカネは彼の手を引っ張って胸倉をつかみ、胸元に潜り込む。

 そしてバッカスの勢いを利用した背負投げ(せおいなげ)を繰り出し、地面に叩きつける。

 その衝撃で冒険者ギルド内が大きく揺れた。


 頭から落ちたバッカスは、白目を剥いてピクリとも動かなくなった。


 一瞬のことに野次馬は反応をなくした。

 誰もが口を開かずに静寂が場を支配する。


「ほら、静かになったでしょ?」


「…………そういうことじゃないですぅ……」


 やってやった感を出すアカネ。


 アニーが異論を言うが、彼女にはそれを言うのが限界だった。




 ――()()()を敵にしたら死ぬ。


 その後、冒険者の間でそんな教訓ができたのだった。

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