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第28話 やらかした魔王

 その土地は何もなかった。


 数時間前にあったはずの木々も、そこに巣食う魔物の群れも、それらに怯えながら必死に生きていた生物も。


 全てが塵となり、肉塊となり、またはどこか遠くへ逃げ去った。


「…………ああ、終わったのね」


 その中心に立っていた鬼が、ポツリと言葉を発した。


「はあ……またやっちゃった」


 そして、周りを見渡してため息をついていた。


「久しぶりに神の声を聞いたから、暴走しちゃったわ。私としたことが……」


 感情を制御できないようでは、まだまだ私も未熟だな。とアカネは落ち着いた様子で、その場に腰を下ろす。


「しかもそのきっかけがリフィちゃんの言った【マッサージ師】とはねぇ…………お返しに骨抜きになるまでマッサージしてあげようかしら」


 アカネはリーフィアに対して一切の怒りを感じていなかった。むしろ、気を使わせてしまったことに申し訳なく思う程度で、全ては神が悪いと責任を押し付けていた。


 そもそも、あの一言で称号を得ることを不思議に思っているくらいだ。


 本来、称号とは一定数の人に呼ばれないと獲得できない。

 軽い称号だとしたら最低でも百人前後。

 多大な恩恵を得られる称号だとしたら、一万以上の呼び声が必要だ。


(それがリフィちゃんの一言で…………まさか、称号って気持ちの問題も影響されるの?)


 もしかしたらその可能性があるのかもしれない。


 そのような考えに至ったアカネだが、実は彼女の部下が、皆して「アカネ様は【マッサージ師】として金を稼げるくらい、マッサージが上手い」と言われているのが、真実だった。


 しかし、当の本人はそんなことを気づくはずがなく、「新しい発見ができたかも!」と嬉しがっていた。


 そして、興奮しているところで、あることに気がついて気持ちが落ちていく。


「……あ~、シルフィにはなんて言い訳しようかしら……運動をしたくなって魔物を殺していました? それとも、気がついたら魔物の死体がいっぱい落ちていました? いやいや、なんでついでに森も消滅してるんですかってなるわよね……うむむ…………」


 幸いなことにこの森林は『エール王国』から遠い場所にある。


 更になぜか『アイテムボックス』に先程まで蹂躙していた魔物の死体が、沢山仕舞ってあった。


「無意識に冒険者として仕事するとは……恐れ入ったわ私」


 若干、現実逃避が入った自画自賛をするアカネ。


「これをギルドで売り払って、シルフィ達の好きな物をお土産に買っていきましょうか。余ったら家賃として無理矢理渡せば問題ないわね」


 ちなみにアカネが殺した魔物は、ゴブリン六十八体、ホブゴブリン三十体、ゴブリンメイジ十五体、コボルト百八体、ハイウルフ六十九体、オーク二十体、オークジェネラル四体、ポイズンスネーク五体(以下略)


 総数、約三百体の魔物が、アカネただ一人によって殲滅されていた。


 魔物独自の生態系の破壊をしているが、森林がなくなった時点で生態系も何もない。


 更地となった森林には、どんな生物も住むことができない。

 アカネのストレス発散のために選ばれたのが運の尽きだったのだ。そう諦めるしかない。


「よい……しょっと。満足したことだし帰りましょうか」


 満足したというよりも、飽きたというのが正しいだろう。

 彼女はおもむろに腰を上げて立ち上がり、ゆっくりとした足取りで帰路についたのだった。




        ◆◇◆




「――なんっですかこれはぁあああ!?」


 夕暮れ時の冒険者ギルドに、アニーの絶叫が響いた。


 その時は冒険者ギルドと隣接して、冒険者がワイワイと騒いでいた酒場も、それを止めてアニーに注目する。


 そして、信じられない光景に、飲んでいた冒険者のほとんどが酔いから覚める。


「何って……魔物の死体だけど?」


「私は数のことを聞いてるんです!」


 そこには、カウンターに乗り切らずに、地面に落ちている魔物の死体(細かな部分や肉塊)があった。


「どうしたらこんなに魔物を狩れるんですか!」


「それは…………落ちてた?」


「言い訳するなら、せめて疑問形は止めてください!」


 人目を気にせずコントを繰り広げるアニーとアカネの二人。


「…………とにかく、これを一気に鑑定するのは無理です。一旦、ギルドマスターを呼ぶので、座って待っててください!」


「ええ? あの人のことだから何を言われるか……」


「心配になるんだったら、最初からブチかまさないでください!」


 怒られてしまった。


 だが、その反応を予想していたようにクスクスと笑うアカネ。


 彼女は面白い。

 くだらないことでも、しっかりと反応を示してくれる元気な少女。それが、アカネのアニーに対する感想だった。


「ちゃんと待っててくださいね! 問題なんか起こしたら、えっと……許しませんから!」


「はーい♪」


 カウンターの奥へと消えていったアニーに手を振って見送る。


(さて……何をしようかしら?)


 アニーに言われたとおり、おとなしく座って待っているのも暇だ。


(それに冒険者達の視線が気になるわ)


 ここにいる冒険者はアカネのことが気になるが、Aランク冒険者を軽く蹴散らしたのを知っている。そのせいで話しかけづらい。


 だから、チラチラと視線を感じるが、彼女に近寄ろうとする者はいなかった。


 それが妙にもどかしくて正直、ウザい。


 適当に酒場で飲み物を買って待っているかと動き出した時、冒険者の視線に混ざって他の気配を感じた。


(ん……?)


 何かと思ってその方向を見た時、それはフッと消えて次には何も感じなくなった。


(気になるけど……まあ、いいか)


 感じた雰囲気は悪いものではなかった。

 別に放置しても害はないだろうと、アカネはこれ以上気にすることはなかった。




「やっと見つけた……」


 誰も寄り付きたくなさそうな路地裏で、怪しげなフードを被った人物がポツリと呟いた。


「でも……まだ足りない。もっと、もっと強くならなきゃ……あの方の隣は相応しくない」


 そして、フードの人物はふらふらと何もない路地裏を歩き出す。


「――おっと、こんなところで一人とはあぶねぇな」


 ふと、そのフードの人物の歩みを巨漢が遮る。


「お前、外から来たのか? それともただの馬鹿なのかぁ?」


「ヒヒッ、なんにしろ結果は変わらねぇんだ。一人で路地裏に来たのが、運の尽きだな」


 いつの間にか後ろにも男二人が立ち塞がっていた。


 一人は不健康な体つきのヒョロ男で、もう一人は逆の意味で不健康そうな丸い体をしている。


 どちらの手にも鋭利な刃物が握られており、微かに紅い何かでそれは錆びていた。


「……そういうことだ。痛い思いしたくねぇんなら、金目のものを出しな」


 最初に来た巨漢が武器の斧を見せつけるように脅してくる。それに合わせて下卑た笑みを浮かべる後ろの二人。


 路地裏の罠にかかった哀れなフードの人物は、下を向いたまま動かない。


「…………ぁ」


「あ? なんだぁ?」


「うるさいなぁ、と言ったんだ。雑魚如きがボクの邪魔をしないでくれる?」


 フードの人物は男性か女性かわからない抽象的で、それでいてハッキリとした声で確かにそう言った。


「ほぉう? どうやら死をご所望らしい――やれっ!」


 前後から同時に己の獲物を振り下ろされる。


「はあ…………」


 フードの人物は、静かに腰を落とし構えを取る。


 そして、三人の武器が当たる寸前――――


「ハッハ――ぁ……………………」


 フードの人物を残した三人が見事な切断面を見せて、地面に無残な姿で転がっていた。


「だから言ったじゃないか。君達は雑魚だって。やっぱり人間って馬鹿だなぁ……」


 声では性別を特定できない人物は、ようやく邪魔者が居なくなったことで、再び路地裏の奥へと歩みを進めていった。

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