第21話 決意の証と復讐者の答え
「――お姉ちゃん!」
「――――ッ!」
初めてシルフィードが動揺を見せた。
「うう……うぁ、ああっ……!」
彼女はその場から大きく飛び退いて頭を抱え始める。
剣に纏わりついていた風が掻き消え、ファインドに向けていた殺気も今は感じられない。
ファインドはゆっくりと剣を降ろして、地面に座り込む。
「ふぅ……ようやくですか」
「ええ、遅くなって申し訳ありません」
漏れたため息に、いつの間にか彼の隣に移動していたアカネが謝罪をする。
「後は私とリーフィアちゃんが受け継ぎましょう。……貴方はどうか休んでいてください」
「ええ、そうさせて貰いましょうか。……ってて…………いやはや、我ながら随分と傷を作ったものです」
そう愚痴る彼は、他の職員が待機している場所へと向かって行った。
相当無理をしていたのだろう、職員に囲まれて安心したのか、すぐに横になって気絶に近い眠りについていた。
(…………ここまでは予想通り。そして、ここからは全てがアドリブ。さて、鬼が出るか蛇が出るか……特等席で見させて貰いましょう)
うめき声をあげながら頭を抱えるシルフィードに、アカネが渡した杖を付きながらゆっくりと近づくリーフィア。
「お姉ちゃん…………」
だが、恐怖もあるのだろう。
今も呻くシルフィードと中途半端な距離を空けて歩みを止めてしまう。
「――しっかりしなさい!」
どうしても思い切りがつかないリーフィアに、後方から凛とした声が聞こえる。
「貴女の想いをシルフィに届けるのでしょう! ならば勇気を見せてみなさい!」
姉妹の絆はこの程度ではないと知っているからこそ、更なる一歩を踏み出させるために彼女は叱咤する。
「私が絶対に守ってあげると約束しましょう。だから安心して貴女の気持ちをぶちまけなさい!」
「――――はいっ!」
アカネの叱咤で気合が入ったリーフィアは、先程までの弱々しい歩きから、一歩一歩しっかりと地面を踏んで歩き始める。
(これで……ひとまずは大丈夫かしら)
「お姉ちゃんっ!」
ようやく手が届く距離まで到達したリーフィアは、杖を放って姉にもたれかかる。
いきなり触られたシルフィードはビクッとするが、突き飛ばすようなことはしなかった。
それだけでまだ何処かに理性が残っていると考えていいだろう。一先ずは、いきなり最悪な事態にならなくて済んだことに、アカネは安堵する。
「お姉ちゃんは私に負い目を感じてるんだと思う。……だけどね、私だって申し訳なく思ってるの」
リーフィアは今まで黙っていた思いを静かに告白し始める。
「三年間の事件をきっかけに、お姉ちゃんは変わっちゃった。お姉ちゃんは隠しきれていると思ってたんだろうけど、バレバレだったよ? ……だって、お姉ちゃんは隠すのが下手なんだもん。
昔からそうだよ。一人で抱え込んで、私を巻き込まないように解決しようとして、無理をする。私はそれが心配で、見ていられなかった。
けれどね、私はお姉ちゃんの邪魔をしちゃいけないって何も言えなかった。…………けど、それが間違いだったんだよね」
悲しそうにリーフィアは笑う。
「私が勇気を出さなかったせいでこうなっちゃったのはわかってる。だけど…………」
「うう……う、ああ……」
シルフィードは苦しそうに呻く。
また暴れるのではないかと危惧した職員達が動きを見せるが、それをアカネが手で制す。
「……リーフィアちゃんの安全は私が守りますので、邪魔をしないでください」
「し、しかし、万が一ということも……」
職員の一人が抗議する。
確かに全てがいい方向に向かうとは限らない。むしろ、常に最悪の可能性を考えて行動したほうが、一番正しい選択なのだろう。
そして、彼らはシルフィードとファインドの戦いを見ている。
ファインドを重傷に持っていったシルフィードの神速の攻撃を、アカネが瞬時に止めることができるのか?
職員の目がそう語っていた。
だが、そんなことアカネだってわかっている。
それを考えたうえで、アカネは「大丈夫です」と答える。
アカネは【仙術・瞬天】で視界に映る場所に一瞬で移動できる。言ってしまえば小規模な転移だ。
なので、助けることは容易に可能だ。
それに死にさえしなければ、アカネが持ってきた秘蔵の回復ポーションでどんな重傷でも治せる。
(それでも死んでしまったら…………私は、禁術を使いましょう)
最初はそこまでやってやるつもりはなかった。
だが、友人とその妹が命を賭けている。
それならアカネも命とまではいかないが、魔王として顔バレする覚悟くらいはしておく。
イヅナや他の魔王には呆れられるだろうが仕方ない。
「……とにかく、皆さんは動かないでください。今は姉妹の問題なのですから」
シルフィードには彼女本来の理性が戻ってきている。
数々の【復讐者】を見てきたアカネには、とても信じられないことだ。
「うあ……り、ふぃ……?」
「――っ! そうだよ私だよ、お姉ちゃん!」
これが『奇跡』というものなのだろう。
掠れた声で最愛の妹の名を呼ぶ。
――これならば大丈夫だ。
待機している職員と観客席の冒険者は、皆がそう思った。
しかし、アカネだけは違った。
(おそらく、ここからが本当の正念場。…………決して気を緩めないようにね、リーフィアちゃん)
そして、彼女が予想した通り、事態は加速して動き始める。
「お姉ちゃん、もういいの…………アカネさんのおかげで私はこうして立ってられる。私はもう救われたの」
リーフィアは姉の言葉を聞いて希望を抱いたのか、更に詰め寄って話を続ける。
「もうお姉ちゃんが苦しむ必要はないの。だから……」
(――ダメッ! その言葉の続きは……!)
アカネが制止に入ろうとするが、もう遅い。
「…………復讐なんてやめよう?」
「あっ……ああっ…………」
「チッ――【各自、速やかに退避しなさい】」
アカネは早々に見限り、【言霊】にて職員に命令を下す。
これは例えだ。
殺人鬼が居たとする。その殺人鬼に親しい者が「殺すのを止めろ」と言ったら、殺人鬼は殺しを止めるのか?
それは否だ。
殺人鬼は人を殺すのが楽しくて、殺しているのだ。
むしろ、止めるのではなく、親しい者すらも殺そうと狂うだろう。
【復讐者】も同じだ。
殺したくてたまらないという人に「復讐なんて意味がない。止めろ」と言ったら、止める訳がない。
しかもどちらかというと【復讐者】の方が厄介だったりする。
それはアカネが何度も見てきた事実。
その答えが今、起ころうとしていた。
「――アアアアアアアアッ!」
職員が逃げるのと同時に、シルフィードは理性を失った獣のような咆哮をあげた。
「お姉ちゃん!? お姉ちゃんどうし――あぐっ!」
シルフィードの変貌ぶりにリーフィアは驚いて肩を揺さぶるが、腕を振るわれて抵抗できずに尻もちをつく。
「なん、で……?」
「う、ああっ――うぁあああああっ!」
彼女の疑問の答えは、叫び声と剣による一撃で返された。
そろそろ登場人物紹介を入れたいなぁ……と思う今日この頃。
しかぁし!キリがいいところが見当たらない!……頑張る!




