平山一希の人生目録
家が見えてきた。
こうして家に帰るのにも骨が折れる。俺は学校からわりと遠い地域に住んでいる。だからこうしてとぼとぼ歩いて帰る間も、他の奴らは風呂に入ったり飯を食ったりしてるんだろなと考えていると、なんだか自分だけが損をした気分になる。
俺の家は少し賑やかな住宅街を抜けた先にある こじんまりとした団地だ。別にそんなに古いわけではないのだが賑やかな住宅街の後に見るとさらにこじんまりして見える。
「ただいま。」
家に入ると鼻にカレーの匂いが入ってきた
「あぁ、おかえり。夕飯出来てるけど今食べる?」
本当は今すぐにでも首を縦に振りたかったのだが、生憎にも今の俺には先にやらなければならない事がある、それは汚れたユニホームを洗うことだ。
これがとてもめんどくさい、そしてやりたくない。
だがしかし、先回しにしてもいずれやらなければならない事だ。先に終わらした方が後々楽になるだろう。
「えーと...ユニホームを洗うから夕飯はその後でいいや。」
と母親に一言伝えて俺は風呂場に向かった。
最初の意気込みも束の間、予想以上に汚れが落ちず俺は苦戦を強いられていた。
「くそっ!なんで落ちないんだよ!」
なんだかイライラしてきた。なんで俺はこんなことをしているのだろう。太陽や霧斗や陸は今、何をしているのだろうか?断言はできないがきっとユニホームは洗っていない気がする。そもそも陸や霧斗はいつアニメを見ているのだろうか?俺と同じか俺以上にアニメを見ているくせにレギュラーを勝ち取れるとはなんとおめでたい奴らだろう。きっと今も悠々とソファに座りながらアニメでも見ているのだろう。そんな映像を頭の中で映し出していたらやるせない気持ちになった。
「あーもう!やってらんねぇ!」
たわしを壁に投げつけた。あぁだめだ。この状態に陥ってしまうと、様々な嫌な思い出が頭の中でゾンビのように蘇ってくる。
先日の定期テストでは、ついに赤点を取ってしまった。教科担当の先生にこのままじゃだめだとこっぴどく怒られた。
ついこの前は、下校途中に隣のクラスの男とキスをしている元カノを見てしまった。
本気で好きだったのだが一歩を踏み出す勇気が出せず、1年近く付き合っていたのに1度しかデートに行けなかった。
しかもカノジョの友達から提案されるという彼氏のメンツ丸つぶれのデートだった。結果は手も繋がず
無論キスなどもできず、ただただ一緒に歩いただけだった。
このデートで愛想を尽かされたのか2週間後にはカノジョから別れを告げられた。
様々な嫌な思い出を思い出し、死にたくなった。
しょうがない、あまりやらないほうが良いけどあれをやるしかないか。
俺は早足で自分の部屋へと向かった
俺は嘘をついていた。最初に自分のことをどこにでもいる普通の高校生と言ったはずだが、たった一つだけ普通とは言えない要素を俺は持っている。
自分の机の一番下の引き出しから少し太めのロープを出した。そしてロープの先端付近を結んで輪っかを作る、そのロープを天井に結びつける。
そう、これで首吊り自殺セットの完成だ。
これが俺の普通でない要素である「ストレスの解消法」である。
決して死んだりはしない。ただ死のうとするだけ、そうすれば自然と生きようと思える。そのようなメカニズムだ
いつものように台に上り、輪っか部分に首をかける。
きっと今、台から降りるように足を降ろせば俺は死ぬ。生と死の狭間に俺はいる。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。生きよう生きよう生きよう生きよう生きよう。
そろそろいいかなと思った時、左足に鋭い痛みが走った 足がつったのだ。痛みと驚きで体勢が崩れる、体が台から落ちていくのが分かる。
『あ、死んだ』
視界が闇に包まれていった。
「..............................てください!」
「ヒラヤマカズキさん!起きてください!」
誰かに呼び起こされる。よかった、今のは夢だったようだ。
目を開けるとそこには見たこともない綺麗な赤い髪をした女性の顔があった。
「あっ!目が覚めましたか!」
寝ぼけた頭をフル回転させるが、この美しい女性が誰なのか全くわからなかった。
「どうも!私は黄泉の国の案内係のダンテ・ヨミールです!黄泉の国へようこそ!!」
ヨミールと名乗る女性は確かにそう言った。
こうして平山一希の人生は幕を閉じ、
新しい物語が始まろうとしていた。