第7話 旅立ちの日。「光あれ」
カッツェの話を聞き終わり、ノエルとヴァイスは一瞬だけ顔を見合わせた。
わざわざ話し合うまでもない。二人の答えは既に決まっていた。同時にカッツェの方にい向き直ると、即座に回答した。
「もちろん協力するよ! むしろ、なんでもっと早く言ってくれなかったのさ!」
「そうです。世界規模の危機に比べれば、ギルド同士の領地争いなど些末な問題。すぐに取り止めたというのに……」
初めにノエルとカッツェが岩場で出会ってから、既に数日が経過していた。なぜこれほど重大な情報を初めから話してくれなかったのかと、ノエルはもどかしく感じていた。
もともと、ノエルとヴァイスがこのギルドを立ち上げたのは「人助け」のためだった。今までも、村の周辺に出没する魔物を退治したり、怪我人や病人を治療したりなど、村人の依頼に応えて様々な仕事を請け負ってきた。
ギルド結成から2年経った今では、北部地方一帯のほとんどの町村の自治自衛をノエル達のギルドか任されている。最近では周辺ギルドから領地抗争を吹っ掛けられることの方が多くなってきているが、そもそも「魔物退治」ならギルド立ち上げ当初からノエル達の本分なのだ。
ノエルとヴァイスの前のめりな勢いにたじろぎながら、カッツェが申し訳なさそうに応じた。
「す、すまん。正直に言おう。お前たちが俺の力を測っていたように、俺もお前たちの真の実力をこの目で確かめたかったのだ」
「……僕達のこと、試してた?」
「面目ない。北の地で二人の最強魔導師が束ねるギルドがあるという噂は、かねがね聞いていた。しかし実際に会ってみて、お前たちがあまりに若く……こんな若者を危険に巻き込んで良いのかと思い、言い出すきっかけを失っていたのだ」
伏せていた目を上げ、カッツェが真っすぐに前を見る。ノエルとヴァイスの瞳を交互に見つめながら、確信に満ちた声でこう言葉を続けた。
「だが、あのギルド戦をこの目で見て確信した。お前たちは正しい心と力を持つ魔導師だ」
「うん、もちろんだよ!」
「俺が南方からこの地に来るまでに協力を仰いだ戦士や魔導師はみな、先に南方諸国へと向かってくれている。俺は噂を頼りに〈北国最強の魔導師〉――つまりお前たちを探しにここまで来た。俺はこれから南方諸国に戻る。どうか一緒に来てほしい」
そう話すカッツェは、再度二人に向かって頭を下げた。ぴたりと静止したまま動かないその姿勢が、彼の真剣さを物語っていた。
◆
「事情はわかりました。我々だけでなく、最大限の協力も要請しましょう。すぐに準備に取り掛からなければ」
ヴァイスはすぐに立ち上がり、早速ギルド中枢部隊の招集にかかった。
ヴァイスは――エルフ族は皆そうなのかもしれないが、非常に義理難く、争いごとを見過ごしてはおけない性格をしていた。普段は温厚で慎重なのだが、一度動くと決めればその行動は早かった。
「大丈夫、安心して。きっとうまくいくよ」
ノエルも立ち上がり、精一杯の力強さでカッツェを励ます。年上のカッツェに対して、年下の自分が励ますというのも可笑しな図なのかもしれないが、ノエルには他に掛けるべき言葉が見つからなかった。ノエルは自分自身にも言い聞かせるように、その言葉を胸に抱く。――大丈夫、きっとうまくいく。
必ず南の地の魔物達を倒す。それはギルド同士の疑似戦争とは違い、人間と魔物との命を賭した戦いを意味していた。
「本当に何とお礼を言ってよいか……お前たちの助力に、感謝する」
ノエル達の揺るぎない決意に、カッツェが再び深々と頭を下げた。
――こうしてノエル達は、カッツェの故郷である南の地の危機を救うため、旅立つことになったのだ。
◆
部屋の隅に乱雑に積み上げられた、幾冊もの本。それをヴァイスがテキパキと片付けていた。その中に一冊だけ、今にも擦り切れそうなほど古い書物が混ざっていた。現代では一部の者しか解読できなくなってしまった、古代の遺物。古代エルフ語の聖刻文字で書かれたその歴史書の一頁には、この世界の創世期が記されていた。
~ ~ ~ ~
初めに、神が天と地を創造された。
地は茫漠として何もなかった。
闇が深淵の面にあり、神の御霊がその上を柔らかに覆っていた。
神は仰せられた。
「光あれ」
こうして、光があった。神は光を見て、良しとされた。
一日目:暗闇の中、神は光をお創りになり、昼と夜が生まれた
二日目:神は天を創られた
三日目:神は水を分けて、陸と海を創られた。地には草や木が生え、種々の実りが生まれた
四日目:神は太陽と月と星を創って天に置き、昼と夜とを支配された
五日目:神は魚と鳥を創られた
六日目:神はもっと複雑な生物、ありとあらゆる種族をお創りになった
七日目:
神は地上と空の様々な生物を天上から眺められた。そこには美しい者も醜い者も、神に似た者も似ていない者も、全てが等しく存在していた。神はすべてをご覧になり、自らの子として愛された。すべての仕事を終えた神は、満足して仰た。
「私の望みのほとんどは既に叶った。これ以上求めては、やがて世界を滅ぼすことになるだろう」
そして、自らの力を龍の形をした盃に込めて地の底にお埋めになると、安息の地にてお休みになった。
――古のエルフの伝承 『創世の章』
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◆冒険図鑑 No.7: 魔力回復薬
文字通り、魔力を回復するための飲み薬。特殊な方法で魔素が溶け込んでおり、飲むだけで体内の魔素を補充してくれる。オレンジ色をしていて、味は非常に苦い。薬用人参や蔚根を原材料とする。ソーサリー・ポーションのことを単に「エーテル」と呼ぶ者もいる。
ちなみに、魔素は大気中にも充満しているため、魔導師が失った魔素=魔導エネルギーは、時間経過によって自然回復する。