第6話 故郷の墓標に想うのは
カッツェが生まれ育ったのは、〈南方諸島〉と呼ばれる小さな島々の一つだった。いくつかの群島に分かれた島々は、小さいながらも国として機能しており、複数の島をまとめた地域を一門の王族が支配している。
今からひと月ほど前。傭兵として内地に出稼ぎに出ていたカッツェは、故郷の村が魔物の襲撃にあったという一報を耳にした。
全てを捨て置き故郷に駆けつけたカッツェだったが、時は既に遅し。故郷の村は見る影もなくなり、カッツェの目の前に広がっていたのは、黒く焼け焦げた家々の柱と、無残にも魔物に蹂躙された村人たちの亡骸だけだった――。
故郷を失ったカッツェは茫然自失としながらも、せめてもの弔いにと村人の遺体を丁寧に墓へと埋葬した。そして生き残った村人とともに、村の再建を誓い合った。だが村を再建するには、どうしても資金が必要になる。そこでカッツェは王族の元を訪ね、復興の協力を仰いだのだ。
しかしそこでカッツェ耳にしたのは、思いもよらない王族の言葉だった。
「――いま、何と……?」
「このことは内密に、といったのじゃ。民をいたずらに混乱させることは、避けねばならんからの」
蒼ざめた口調でそういう王は、白いひげを神経質に撫でつけつつ、忙しなく左右に目をやった。さほど大きくもない宮殿の中では、いつになく忙しそうに従者たちが行き交っている。誰もがみな、豪華な着物や重々しい荷物を抱えて、どこかに移動させようとしていた。
(この緊急事態に、引越しでもするつもりか――?)
訝しむカッツェをよそに、もうこの話は終わりとばかりに王が手の甲を向けてひらひらと宙を仰ぐ。それを見た近衛兵に取り囲まれて、カッツェは成すすべもなく宮殿から追い出されてしまった。
いくらカッツェの故郷が辺境の小さな村だとは言え、自国の領土が魔物に壊滅させられたというのに、この扱いはあまりに酷すぎる。王の態度を不審に思ったカッツェは、近隣の町村を巡って聞き込みを始めた。そして、驚くべき事実を知ることになる。
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実は、この数ヶ月で魔物の襲撃にあった村や町は、カッツェの故郷だけではなかった。
南方諸島の小さな島をはじめ、遥か南の海から現れた魔物達が徐々に北上しつつ、その勢力を拡大してきていた。だが王族はその事実を知りながら、それを公にしなかった。大規模な住民の移動や難民が発生することを危惧し、情報を操作し隠蔽していたのだ。
さらに秘密裏に魔物をを討伐しようと考えた王は、各地で雇った戦士を集結させ、精鋭として南の海に送り込んだ。だが先行した調査兵団が魔物に全滅させれたことで、完全に恐慌へと陥った。
情報を分断したせいで、各町村は充分な対策と自衛ができず、魔物の襲撃に耐えることができなかった。挙句の果てに、王族は各地区の救助支援をするどころか、自分達だけが助かろうと早々に他国への亡命準備を始める始末。
その結果、南方諸島の実に三分の一ほどの領土は既に魔物の手中に落ちていた。さらに悪いことに、「国力低下に付け込まれて他国から攻め込まれるのでは」と懸念した王族は、他国への救助依頼も出し渋っていた。
このままでは、いずれ南方諸島だけではなく世界各地が魔物に制圧されてしまう――。そう危機感を抱いたカッツェは、魔物に対抗できる戦力を探すべく、各地の魔導師や戦士に協力を仰ぎながら単独でこの北部地方まで旅を続けて来たのだった。
◆
そこまで話して、カッツェは深いため息をついた。
「すまない。事情も知らぬ北国の者に突然こんな話をすること自体、礼儀を欠いているのは重々承知している。しかし俺の勘では……事態は急を要するように思えるのだ」
そう話し、改めてノエルとヴァイスに向き直った。
「俺は、〈北国最強の魔導師〉の噂を頼りにここまで来た。お前達に――南の地を守る力を借して欲しい」
そのままノエル達に向かって、深々と頭を下げる。
「お前たちの腕を見込んでお願いする。どうか一緒に、南部地方を魔物から守ってはくれないか」
そうか、とノエルは心の中で納得した。数日前にあの岩場でカッツェとノエルが出会ったのは、単なる偶然ではなかった。カッツェは始めから、ノエルとヴァイスという〈北国最強の魔導師〉の噂を聞きつけて、この北の地へと赴いたのだ。なぜ南国出身の戦士が、遠路はるばる北の地まで一人旅をしてきたのか、これで理由がわかった。
カッツェの話を聞き終わり、ノエルとヴァイスは一瞬だけ顔を見合せる。互いに何も言わずとも、既に答えは決まっていた。
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◆登場人物紹介 No.2: カッツェ(勇者)
〈南方諸島〉出身の屈強な戦士。年齢は30代前半。赤銅色の鎧と、錘付きの戦斧、弓矢を装備する重量型の戦士である。
性格は豪快・実直で、やや単純なところもある。戦士としての経験は豊富で、その実力はなかなかのもの。大酒呑みで、酒に目が無い。