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第4話 英雄<ヒーロー>


「もうちょっと距離を詰めないと、敵の急所に当てられないからさ」


 ノエルは歩を緩めず軽やかに歩き続けながら、後ろから追いついたカッツェ達に事情を説明した。わざわざ高台から降りて敵陣に近付くのは、敵の軍勢が最も集中する箇所を魔導術の範囲内に収めるためだ。


 白魔導師のヴァイスも、カッツェと共に高台を降りてノエルの護衛に付いて来ていた。ノエル達三人の周囲には、ヴァイスの展開した魔導障壁バリアが掛けられている。


 魔導障壁バリアがあれば、バリアの外から仕掛けられた物理攻撃・魔導攻撃はともに効力を失い、不意打ちを恐れる必要はほとんどない。だがカッツェはさらに念には念を入れ、ノエルの方に飛んでくる矢をおもりつきの戦斧アックスを振り回して全て叩き落していた。二人とも、実に頼もしい護衛役だ。


 二人の護衛に守りを任せ、ノエルは最高難易度の攻撃呪文の詠唱を始める。


『我が契約せし雷の精霊よ

 天にとどろく光となりて さばきの矢を降らせよ

 闇を切り裂く光となりて 怒りの刃を下ろせ・・・』


 この術は相当な魔力を消費するため、失敗は決して許されない。

 ノエルは歩みを緩めることなく、神経を研ぎ澄ませて呪文の詠唱に集中した。次第に周囲の音が遠のき、精霊達が近くに集まって来くるのが感じられる。


 精霊は呪文の「響き」に敏感だ。呪文は唄うように、呼吸をするように、なめらかに唱えなくてはいけない。同時に、発動する事象を寸分の狂い無く明確にイメージすることも重要だ。

 ノエルの集中が高まるにつれ、周囲の空気がびりびりと張り詰めていく。


『・・・〈雷帝降臨エンペラー・トゥルエノ〉!!』


 ノエルが最後の呪文スペルを唱え終えた直後、敵陣の上空に異変が起こった。


 遠くから鳴り響く地鳴りのような音とともに、黒雲こくうん蜷局とぐろを巻いて集まり始める。青い空はいつの間にか分厚い雲に覆われ、太陽の光すら届かない。地上に落ちる影は消え、黄昏たそがれ時か夜明け前かと首をかしげるほどの不気味な薄暗さが辺りを包んだ。


 突然の天候の変化を不思議に思った敵の兵士たちが、一人また一人と空を見上げ始めた時だった。

 突然の轟音ごうおんとともに、それは起こった。

 光の槍が天を切り裂き、大地に突き刺さる。光の柱と見紛みまごうほどの激しい落雷。数秒遅れて、大地に激震が走る。それはまるで、神が審判の日に落とす裁きのいかづちにも見えた。


 あまりの強烈な光に、幾千人もの兵士たちが一瞬にして視界を奪われる。砂煙がもうもうと立ち上がり、さらに視界の回復をはばんだ。

 ゆっくりと煙が晴れると、目の前には異様な光景が広がっていた。

 ――何百という敵ギルドのメンバーが、折り重なるように地面に倒れ伏す姿。兵士達の下に拡がる大地は、村一つ丸々呑み込むほどの範囲で黒く焼け焦げている。


 懸念していた、難易度の高い雷魔導の発動には成功していた。ただし――


(ちょっとやりすぎたかな……)


 敵ギルドとは言え、相手は人間だ。兵士たちの命を奪わない程度には手加減したつもりなのだが、想定よりも範囲が大きくなってしまった。

 やはり魔力の制御は難しい、とノエルはぼんやりとし始めた頭で考える。強力な魔導術を発動した直後は、酸欠状態のように体から力が抜けてしまうのだ。

  ◆


 ノエルの放った魔導術により、〈東のギルド〉陣営は完全に前後に分断され、後陣は慌てて撤退を始めていった。残された敵前衛も次々と両手を上げて降参していく。ノエル達〈北のギルド〉は、先ほどまでの不利な戦況から、あっけないほどの逆転勝利を収めていた。


「ふぅ……」

「おっと、危ねぇ」


 安心すると同時に気が抜けたノエルは、ついに意識を保ち切れなくなり後ろに倒れ込んだ。背後にいたカッツェがすかさず、がっしりとした腕でノエルの背中を支えた。

  ◆


 次にノエルが目を覚ましたとき、目の前には見慣れたギルド本部の天井があった。だがその天井が、ノエルの意思とはまるで関係無く、ぐるぐるぐるぐると回っている。……気分が悪い、最悪だ。ノエルは鈍い頭痛を感じながら、開いた目を再びぎゅっと閉じた。


「あー、ふらふらする……。いつものやつ、お願い」

「はい、どうぞ」


 ずきずきと痛む額に手をやりながら、隣にいるヴァイスにかすれた声をかける。

 大量の瓶に入った液体をヴァイスが盆ごと手渡してくれたので、ベッドに起き上がってそれを端からごくごくと飲み始めた。オレンジ色の液体の中で、炭酸の泡が浮かんでは消えていく。


「なんだ、それ?」

魔力回復薬ソーサリーポーションの、ソーダ割りです」


 二人の様子を少し離れて眺めていたカッツェが、問いかける。ノエルの代わりにヴァイスが、その質問に淡々と答えた。


「ソーダ割り……」

「ノエル様は、ソーダで割らないと飲めないのだそうです」


 魔力回復薬ソーサリーポーションは、非常に苦い。苦い物が苦手なノエルは、どうやってもその味に馴染めなかった。

 だが魔導師と魔力回復薬は切っても切れない縁だ。薬による高速回復なしに、強力な魔導術を連発することはできない。


 試行錯誤の末、ついに辿り着いた克服方法が「炭酸水ソーダで割る」という飲み方だった。炭酸水の分だけ飲む量は多くなってしまうが、炭酸の刺激で苦みが緩和され、回復薬が苦手なノエルでもなんとか飲むことができるようになるのだ。


 炭酸入り魔力回復薬でせっせと魔力を回復しているノエルを横目にながら、ヴァイスがカッツェに向けて口を開く。ヴァイスが話そうとしているのは、この〈ギルド〉に関する、ある重大な秘密(・・・・・)だった。

  ◆


 ノエルは若干12歳にして圧倒的な魔術の才能を持っている(……と周りから言われている)のだが、実は重大な欠点を秘めていた。


 それは、魔力の力加減・・・が圧倒的に不得意であること。つまりノエルは、いわゆる瞬発タイプ(・・・・・)の魔導師なのだ。要するに魔導術を使う際の持久力スタミナが全くない。強力な魔導術を操る彼の、最大の弱点はそこだった。


 もしもノエルの魔力スタミナが切れた状態で敵の総攻撃を受ければ、瞬く間に〈北のギルド〉は壊滅してしまうだろう。

 敵にその弱点を知られないためにも、一度戦場に降り立ったら一気に片を付けなければいけない。今までのギルド戦において、ノエルはいつも最大火力で敵を撃破してきた。


 そんな彼の圧倒的魔導術を見て、いつの間にか〈戦場の殺戮天使さつりくてんし〉――などと呼ばれたこともある。ノエルとしては、そんな物騒な名前は願い下げなのだが。

  ◆


 実は、ノエルの攻撃系魔導術とヴァイスの補助系魔導術が強すぎるがゆえに、〈北のギルド〉の他メンバーは実質的にほぼ無力でも問題がなかった。


 ある程度の頭数が揃っていれば、ヴァイスの補助魔導で最強無敵の戦士に仕立て上げ、敵を充分に引き付けたところでノエルの攻撃魔導によって一網打尽にする。

 敵はおそらくノエルの攻撃魔導を数人の魔導師による合同魔導だと思っているはずだが、実際はノエル一人で魔導師数人分もの魔導術を放っていた。


 では、そのような不遇の扱いを受ける〈北のギルド〉のメンバーが不服を唱えたりしないのかということだが……幸いにして、これまで一度も内部の反乱などが起こったことはなかった。


 〈北のギルド〉のメンバーは、主にノエルが〝信頼できるか否か〟という直観に基づいて加入許可を出してきた。少しでも心にやましいところがありそうな兵士は、ノエルの判断で絶対に雇わない。

 そして、ノエルのその直感は外れたことがないのだ。〈北のギルド〉のメンバーは皆、ノエルとヴァイスの二人を尊敬し、一致団結していた。

 これらの事情を全てカッツェに明かし終わったところで、ヴァイスが一つ溜息をつく。


「これは、ギルドの内部でも一部の中枢メンバーしか知らない事実です。皆の志気に関わりますからね。……私があなたに我がギルドの情報を開示している意味、わかりますね?」


 ヴァイス自身はまだ納得できていない様子であるものの。どんな戦況でも〝ノエルを守る〟という役割を冷静に堅守したカッツェに対し、どうやら彼も一縷いちるの信頼を置いたようだ。

 カッツェは事の重大さを改めて認識し、姿勢を正して無言で頷く。ヴァイスもそれに頷き返すと、静かに右手を顏の横に上げ、この小さなギルド本部に響く声で高らかに宣言した。


「カッツェ、あなたを正式に我がギルドのメンバーとして迎えます。ギルドマスター、ノエル様の身をお守りするように」

「やった! よろしくね、カッツェ!」


 ヴァイスの正式な許可が出て、ノエルは思わず顔をほころばせた。

 こうして、数日前に出会ったばかりの屈強な戦士・カッツェが、ノエル達の仲間となった。

 この出会いこそが、ノエル達の、さらには世界の運命をも大きく変えることになることなど、このときの三人はまだ知る由もないのだった――。



========================

◆登場人物紹介 No.1:ノエル=クラウン(魔導師)

 「北の村」育ちの12歳の少年。魔導術の稀有な素質をもつ。淡い金髪に青い眼、白兎のコートがトレードマーク。2年前からヴァイスとともに〈北のギルド〉を発足し、急成長させてきた。


 性格は無邪気で天真爛漫てんしんらんまん。ただしちょっと生意気なのが玉にキズ。甘いものが好きで、苦い薬草や野菜は苦手。

 彼の持つ魔力とその生い立ちには、ある秘密が隠されているらしい。

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