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第2話 ギルドマスターの秘密

 カッツェとの出会いから一夜明け、午前も半ばに差し掛かる頃。ノエル達は北部ノース地方の村へと帰り着いた。

 薄く光る太陽が、雲の間から北国の村を照らす。

 村の入口をくぐると、眼鏡をかけたエルフの青年が足早に近づいて来た。厳しい眼差しで、ノエル達を出迎える。


 エルフの青年は、年齢にして二十代後半ほど。

 青白銀シルバーブルー魔導上衣ローブを着込み、少し長めの藍色の髪をキッチリと七:三に分けている。

 その風姿からは、彼の真面目でやや几帳面な性格が見て取れた。


「ノエル様! 私に一言も無くどこに行っていたのですか! まったく、心配させないでください」

「ごめんヴァイス。北の岩場までガルーアの爪を取りに行っていたら、うっかり寝ちゃって……」


 ヴァイスと呼ばれた藍色髪のエルフの青年は、ノエルの言葉を聞いて「またか」という表情をしながら大きなため息をついた。

 ぶつぶつと小言を続けるヴァイスの前で、ノエルは申し訳なさそうに首をすくめる。

 このエルフの青年の真面目さと几帳面さは、たまに行きすぎるところがあった。

 そこまで心配しなくとも、生まれてから十二年を過ごしてきたこの北の大地のことなら、ノエルだってかなり詳しい自身があるのだが。


「……で、こちらは?」


 ヴァイスが薄縁うすぶちの眼鏡をくいっと押し上げながら、紫水晶アメジスト色の瞳を鋭くカッツェに向けた。


「あ、聞いてよヴァイス! この人はカッツェ。僕をここまで送ってくれたんだ」


 カッツェのことを簡単にヴァイスに紹介すると、ノエルはある提案を持ちかけた。カッツェと出会ってから村まで送り届けてもらっている道中、ずっと考えていたことだった。


「それでね、カッツェはなんと戦士なのに炎魔導が使えるんだよ! うちのギルドに入ってもらおうよ!」

「ん、お前のギルド(・・・・・・)……?」


 事情を呑み込めず、カッツェが口を挟む。だが、その言葉をヴァイスがぴしゃりとさえぎった。


「お前とは何ですか! ノエル様は若干10歳にして魔導術を極め、北国最強のギルドを立ち上げた偉大な魔導師ですよ!」


 ヴァイスの強い口調に、カッツェが驚いてノエルとヴァイスを交互に見つめる。

 ヴァイスにやや大袈裟な紹介をされてしまったが、ノエルが二年前にこの北の村で〈ギルド〉を立ち上げたのは事実だ。

  ◆


「なにっ?! じゃあ、〈伝説のギルドマスター〉というのは……ノエル、お前……」


 驚愕の表情を浮かべたカッツェに向かって、ノエルはパチンと両手を合わせた。

 そのまま頭を下げ、謝罪のポーズをとる。


「黙っててごめんね。でもカッツェがもし悪いやつで、二人きりの時に襲われたら、僕やられちゃうから。魔導師って近接戦には向かないんだよね。僕も戦士の才能が欲しかったなーー」


 ノエルがギルドマスターであることは、村の外で決して明かしてはならないとヴァイスからきつく言われていた。それは心配性のヴァイスなりにノエルの身の安全を考えてのことだった。

 昨夜カッツェが言っていた〝急成長したギルドのトップ(マスター)は、他のギルドから狙われやすい〟というのは、あながち間違いではない。


 ノエルたち魔導師は、普段から肉体の鍛錬を欠かさない戦士と違って、物理攻撃に対する耐性が低い。敵と遭遇してから魔導術の詠唱をしていたのでは、どうしても不意打ちに対処できないのだ。

 たとえどんなに強力な魔導術を操ることができても、呪文詠唱が終わる前に肉体を攻撃されれば一貫の終わりになる。ヴァイスはノエルと同じ魔導師であるからこそ、その弱点を特に懸念けねんしていた。


「だから外を出歩くときは必ず護衛を付けて下さいと、あれほど言ったではないですか」

「それじゃ逆に目立っちゃうじゃん! 僕だって、たまには自由に出歩きたいよ!」


 最近はギルド間の抗争も起こっておらず、ガルーア以外の魔物もこの北の村周辺では現れていない。ノエルはヴァイスの心配をやや過剰すぎると思っていた。

 だが念には念を入れるタイプのヴァイスは、大雑把なノエルをどうしても説教してしまうようだった。

 ノエルとヴァイスのやりとりを聞きながら、カッツェが困ったように口を挟んだ。


「えぇと……それで、俺をその〈ギルド〉に入れてくれるという話は……?」


 カッツェの言葉にノエルとヴァイスが向き直り、二人の声がぴたりと重なった。


「「もちろん」」


「いいよ!」「ダメです」

  ◆


「えぇーー、なんでだよ~。ギルドの最高意思決定者トップは、僕でしょ!」

「ノエル様だけで勝手に決めないでください。人事担当と執行部に話を通さなければ、許可できません。この男がもし内部からギルド崩壊を企むやからだったらどうするんですか!」


 予想はしていたが、当然のようにヴァイスには反論されてしまった。がんとした口調で、ノエルの提案を拒否してくる。ノエルは思わず口を尖らせた。


「大丈夫! カッツェはいい奴だよ、たぶん」

「そうやってあなたが誰でも彼でも入団を許可するから、ギルドの人数が増えすぎてしまったのではないですか」


 あまりに主観的すぎるノエルの根拠に、ヴァイスは何度目かわからないため息をつく。ヴァイスとノエルの議論がどんどんヒートアップし、カッツェは完全に蚊帳かやの外に放り出されてしまった。


「――なるほどな。結成したばかりのギルドが急成長した原因て、ノエル(こいつ)か……」


 苦笑いしたカッツェは、ボリボリと頭を搔きながら、ぽつりとそう呟くのだった。



=======================

◆冒険図鑑 No.2: ギルド

 世界各地には〈ギルド〉と呼ばれる団体がある。一つの町や都市に複数のギルドが存在する場合もあれば、いくつかの小さな村をまとめて結成されたギルドもある。多くのギルドは「自警じけい組織」として機能していて、村を周囲の魔物から守ったり、商人や村人の護衛をして隣町まで送り届ける、郵便や荷物の運送を担うなど、その仕事は多岐に渡る。


◆とある冒険者の噂話:

 北部ノース地方では最近、正副マスターが二人とも「魔導師」のギルドが急成長しているらしい。立ち上げ以来、近隣のギルドを次々と統合して、今では北部ノース地方全体を治めているとか……。だが、それに対抗するギルドも少なくはなく、「ギルド戦」と呼ばれるギルド構成員総出の模擬戦争が日夜行われているそうだ。

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