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第17話 揺らめく炎の先で

 それは何年も前のこと。

 溶岩の煮えたぎる火山口。そこに一人の若い戦士がいた。どうやら己の鍛錬のため、灼熱の火山へと修行をしに来たようだった。


 湯気と蜃気楼でゆらめく視界の中。戦士はあるものを見つけ、思わず目を見張る。そこにいたのは、数人の登山客。そしてそれを取り囲む魔物モンスターだった。

 登山客のうち何人かは地面に倒れ、重傷を負っているようだ。


 彼らは一般人らしく、ろくに装備も持っていない。明らかに魔物に対抗する手段を持ち合わせていなかった。

 このままではまずい。若い戦士は咄嗟にそう判断し、愛用の戦斧アックスを手にして魔物の群れへと突っ込んだ。


「俺が奴らの気を引く! その間に逃げろ!」


 男はたった一人で魔物と対峙し、その間に登山客を逃がす。

 魔物は狼型が四~五匹と、溶岩から生まれたファイア・スライムが五~六匹。一匹ずつなら大した相手ではないのだが、数が多いと厄介だ。特に狼型は、集団で獲物を囲い込んで狩りをする習性がある。


 右へ、左へと翻弄してくる魔物の動きに、男の体力が徐々に奪われていく。登山客を逃してから自分も逃げるつもりだったのだが、今や魔物の狙いは完全に男一人に絞られてしまった。

 果敢に魔物に立ち向かっていたが、状況は予想よりも困難を極めた。溶岩の中から次々と新たな魔物が飛び出してきたからだ。気付けば、男は徐々に壁際へと追い詰められていた。


 それでも彼は決して諦めなかった。力を振り絞り、戦斧を振り回す。

 だが悲しいかな、魔物の群れの前に男は無力だった。狼型の中でもボス格と思われる魔物が、痛恨の一撃を繰り出す。急所は外したものの、衝撃で壁に叩きつけられてしまった。そのままずるりと崩れ落ち、地面にへたり込む。

 朦朧もうろうとした意識の中、男は必死に武器を掴み、立ち上がろうとしていた。


(まだだ、まだ負けられない――!)


 じゃり、じゃり、と足音を鳴らして、狼型の魔物が距離を測る。トドメの一撃を加えるためのタイミングを計っているのだ。

 もうだめか――思わずそう覚悟した時、奇蹟は起こった。

  ◆


 『それ』は、一部始終を見ていた。


 魔物の群れに一人で立ち向かった、男の気概。勝ち目がないとわかっていてなお、諦めないその勇気。

 『それ』は、男の姿に心を打たれていた。それは共感・・か、同情・・か。あるいは憐れみ(・・・)だったのか。

 いずれにせよ、『それ』は男に力を貸す決断をした。それを奇蹟・・と呼ばずして、何と呼ぶのか――。


 紅蓮の炎が、魔物を包む。魔物たちは狼狽して、半狂乱に暴れ始めた。この炎はどこから来たのか? その答えを探す暇もないまま、一瞬にして灰と化す。残ったのはわずかな燃えカスと、魔物だったものの残骸。それすらも火山の熱で、いずれ溶けてしまうだろう。


 魔物を消滅させた『それ』は、意識を失い倒れたままの戦士を眺める。脅威は去ったものの、男が目覚める様子はない。このままではいずれ、火山の熱で男の体も燃え尽きてしまうだろう。

 『それ』は逡巡した。このまま放っておいても良い。むしろそれが、自然の摂理にならうというもの。しかし、『それ』はどうしても彼から目を離すことができずにいた。


 考え悩んだ末、ついに『それ』は動いた。

 通常は起こりえないはずの、二つ目の奇蹟。

 『それ』は、自らの魂を男に憑依させた。


 意識のないまま乗り移られた戦士は、体を引きずりながら、どうにか火山のふもとへと帰還した。

  ◆


 『それ』――すなわち炎の精霊は、このとき二つの禁忌を侵した。

 第一に、精霊は超自然的な存在であって、本来は魔物にも人間にも味方をしてはならない。精霊自身の身や領域テリトリーを守る目的以外で、契約なしにその力を行使することはない。だが精霊は戦士に味方し、魔物を駆逐してしまった。


 もう一つは、戦士に自らの魂を憑依させたこと。

 本来なら、契約もしていない者に精霊が憑依することなどあり得ない。炎の精霊は、自ら戦士に憑依したことで、不完全に契約した状態で主と結ばれることとなった。その代償として、精霊としての力の大半を失ったうえに、戦士の体から離れることもできなくなってしまった。

 それ以来、炎の精霊はその戦士とともに在ることになったのだ。

  ◆


「カッツェが火山口で倒れたとき、火山にいた炎の精霊が可哀想に思って、カッツェを魔物から守ってくれたんだって」

「そうなのか! 全く知らなかった……」


 ノエルの話を聞き終えて、カッツェが驚愕の表情を浮かべる。炎の精霊の話は、ノエルにとっても、にわかには信じられないものだった。精霊が自らの意思をもち、勝手に憑依して人間を助けるなど、聞いたこともない。


 だが精霊は嘘をつかない。というよりむしろ、嘘やだますという概念をもたない。だから真実を伝えていることは間違いない。

 たとえ精霊の姿が視えなくとも、精霊は〈正しい心〉の持ち主に反応する。きっと、カッツェの正しい心に精霊が反応して助けてくれたのだろう。


「カッツェを守ってくれている精霊さんは、カッツェに良く似てるよ。なんか、曲がったことが大嫌いで頑固なおじさん、って感じかな」

「……お前は、俺のことをそんな風に見ていたのか」


 実際には、精霊に男女の区別はないのだが。長く主といた精霊は、主と似た気質をもつことが多いから、カッツェの精霊も「おじさん」という表現がしっくりくるように思えた。笑顔でそう付け足すノエルに、カッツェは今度は釈然としない表情をしている。


「まぁまぁ。精霊にも相性ってあるんだよ。カッツェの精霊は、カッツェのことが気に入って、ずっと一緒にいてくれるみたい。普通は自分の魔力と引き換えに、ちゃんと契約を交わすんだけどね」


 ノエルはカッツェの顏と肩越しの精霊とを見比べる。炎の精霊はカッツェの傍で明るく輝いていて、その居心地が悪くはないと言っているようだ。

 なんとなく、カッツェの魂も同じように紅く真っすぐに輝いているのだろうな、とノエルは思った。


「そうか、俺はそんなことも知らずに今までずっと精霊の力を借りていたのか……感謝しなければいけないな」

「カッツェの精霊は、『気にするな、相棒』って言ってるよ」

「まぁ、俺がもし長年の相棒に突然感謝なんかされたら、同じことを言うかもしれんな」

「うん、やっぱり二人(?)は似たもの同士だね!」


 カッツェの精霊の謎が解けてスッキリしたノエルは、いつもの明るい調子で笑うのだった。



==================

◆冒険図鑑 No.17: 南の火山

 南方諸島は、遥か昔の火山の噴火によってできた島々である。従ってその地域には火山が多く、一部の山は今も火山活動を続けている。

 火山見学ツアーなども組まれ、観光スポットとしても人気が高い。南方諸島では国内外からの登山客も受け入れており、貴重な収入源の一つとなっている。


 ただし、人が寄り付かない場所には魔物も多く、登山客が魔物に襲われる事案も度々発生している。ここ数年の火山活動の活発化と、魔物の増大には、何らかの関係があるのではないかと見る専門家もいる。

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