逃走
ここらの地理はよく知っていたから、うまく逃げることができたみたい。
薄汚い路地裏に入り、なんとか追っ手をまくことができた私はすぐさまヒールを脱いだ。
足が靴擦れで血だらけだ。最近、怪我ばっかりしてるな・・。
「はぁ・・はぁ・・」
息を整えながら遥希を見ると、スーツを脱いで、私の足元に置いた。
「そこ座って」
「え、でも、スーツ汚れる・・」
「いいよ」
多少強引に座らされた。遥希はそれほど疲れていなさそうだ。
「で、なんであんなに追いかけられてたのかな」
「百合子を怒らせたら、あんなことになってた」
「そうか」
遥希も横に座る。さっきまで高級レストランにいたとは思えないな。
「ごめんな、私が余計なこと言っちゃったから・・」
「ううん、朱音は一番僕のことを分かってくれている。僕は頑張って見てよかったよ。あの家から出ようとしなかったら、朱音とこうして過ごすことはできなかった。あの日、朱音に会えてよかった。だからそんな顔しないで。朱音が責任を負うことは一つもない。全部、僕が選んだんだ」
私は、心の奥底で、少し怯えていたのかもしれない。
もしかしたら、遥希を変な方向に引っ張ってしまったんじゃないかとか、遥希はもっと上の高校にいけたんじゃないかとか。
私さえいなければ、父親とも喧嘩せずにすんだのではないかとか・・。
「・・」
手をぎゅっとつかまれて、私はうつむく。
昔の私は、なんであんなに行動的だったんだろう。でも、なぜ、こんなに動けなくなってしまっているの。
「私、ずっと遥希に謝らないとって思ってた・・」
「そうなの?」
「だから、百合子に言われたときカッとなったんだ」
負い目を感じてたから。
「一緒にいたいって言ってごめんね・・」
メールで送った一文を思い出して私は謝った。
「ううん、僕が、朱音を選んだんだよ」
そう言って、遥希は私を抱きしめた。
私は、遥希のことが好きだった。
自分で道を切り開いて行くその姿を尊敬していたんだ。
恋愛感情だったのかはわからないけど、好きだった。
路地裏の出たあたりがばたばたしている。
追っ手だろうか、スーツっぽい姿がちらちらと目に入る。
私と遥希は息を殺して、隠れていた。
コツンコツン
しかし、足音が近づいて来る。
目を閉じて、見つかりませんようにと祈るが、それも虚しくあっさりと近づかれた。
「なっ・・!」
叫ばれる・・!
そう思った私は、遥希から離れてすぐさまその人物の口を塞いだ。
「む、もご、もご」
「お嬢様直々に来るとは思わなかったよ」
ここまで来たのは百合子だった。
「静かにするなら離してもいい」
そう言うと、暴れていたが、あっさりと百合子は首を縦にふった。ゆっくりと手を離すと思い切り睨まれる。
「こんな汚いところにいるとは思いませんでしたわ」
「百合子・・」
そこにいたのは着物姿の百合子だった。
「しかも抱き合って・・」
「!」
百合子に言われて、私は思い出し、顔が赤くなる。
「あなたたちは愛し合っているのかもしれませんけど・・でも、遥希さん。わたくしと結婚しないと後悔しますわ」
強めの口調で言われても遥希はひるまなかった。
「いいよ、自分で選ばなかったほうがきっと後悔する。百合子にそれを強要しようとは思わないよ。だけど、いつか、自分で選ばないといけない日がくる」
遥希は百合子に微笑みかけた。
「そのときは、僕か朱音を頼ってよ」
「嫌ですわ、特に朱音さんは」
「嫌われてる!」
「好かれてるとでも思いましたの・・?」
不思議そうに言われ、まぁそうかと納得する。
「わたくしは、お父様の言う通りにすることが最前だと思っていますわ。だってそうすれば、わたくしはいい大学に入って、そのまま格好の良くて頭の良い、家柄の良い男性と家庭を築き上げることができますもの」
「それが百合子の幸せならいいよ。もしかしたら、その男性が百合子にとってこれ以上ない相手かもしれないからね」
遥希は、諭すように話す。
「だけど、その相手は僕じゃないよ。だって、僕は君を最大限に愛してあげられない。朱音がいる限り、君だけを見てあげることはできないんだ」
「そこまで朱音さんが好きですの・・」
「うん、世界で一番大好きだよ」
なに恥ずかしいこと他人の女性に言ってんだよ! と怒りそうになったが、声には出なかった。百合子も顔を真っ赤にして照れていたからだ。
「そ、そんなに・・。わ、わたくしには分からない・・」
「きっと出会えるよ、百合子は素敵な女性だから」
「なに口説いてんだよ」
背中を小突くと、頭をぽんぽんと手のひらでおさえられた。こんなんで機嫌が直ると思うなよ・・。
しばらく、百合子は混乱しているようだったが、私を指差して言った。
「まぁ、許したわけではありませんが、こんなところに長居したくありませんのでわたくしは失礼しますわ。こっちの者にも言っておくからもう出てきらしてもよろしくてよ。見ていて惨めになりますから」
「それは助かる」
歩き出すと、傷が痛くてよろついた。遥希がすっと支えてくれる。
「それでは、また婚約の話はおいおいしていきましょう。きっと破棄の方向で進むと思いますわ」
「そうだな、そのときはまたよろしく」
そう言って、お嬢様は去って行った。




