お嬢様
百合子は、二人きりになった途端にやりと笑った。
「お食事、お食べになって」
「いただきます・・?」
こんなとこのマナーはよく知らないが、フォークで前菜を左から順に食べて行く。
これであってるだろうか。
美味しいはずだけど味がわからない。
「朱音さんは遥希さんのどこが好きなんですの?」
「うっ」
まさかの百合子の質問に喉をつまらせる。
「好きなんですよね?」
「ま、まぁ・・」
嫌いなわけではないけど、好きなわけでもないよというのが本音だが、このお嬢様の前でそれは禁句だ。
「わたくし、こんなこと言いたくありませんがお金目的・・ではございませんの?」
百合子は手慣れた手つきで料理を切り分けて食べて行く。その動きは見惚れるほどだ。
本当に、いいとこのお嬢様なのだろう。しかも成り上がりじゃなくて、由緒正しい家の。
遥希のお父さんがこだわるのもわからなくはない。
「私はお金って大切だと思う。だけど、遥希の家柄に惹かれたわけではない」
ちらりと遥希のほうを見る。料理はまったく食べず、ひたすら話し込んでいるようだ。ウエイターの人も困惑しているだろう。こんなことなら、柊家に突撃したほうがよかったかもしれない。
「百合子、さんは、遥希のこと好きなの?」
「わたくしは好きではありませんわ」
冷たい目で百合子は私を見る。
「ただ、許嫁と言われてきた遥希さんが婚約破棄を申し出てきたので様子を見にきました」
・・。
そうか、百合子も覚悟を決めているんだ。自分の辿る運命を察しているんだ。
「遥希さんは、お父様が一番気に入ってらしたの。ですから、破棄なんてことになったらわたくし顔向けできませんわ」
百合子は遥希に興味があるというより、父親が気に入ってるから遥希がいいという感じなのだろうか。
「百合子は、学校で好きな人とかいないのか」
「いませんわ。女子校ですもの」
お肉料理が運ばれてきた。
だけど、手が伸びない。
「そういえば遥希さんは、どうして男子校に行くことをやめたのかしら。一人暮らしまでして」
百合子が首をかしげる。
私は理由を知っているのでリアクションはできない。
遥希の家は厳しく、私が電話をかけてもつないではもらえなかったし、遠くに住んでいたため会うこともできなかった。メールでのやりとりにやきもきした私たちは同じ学校に通うことにしたのだ。
「ずっとお父様に守られて生きていけばいいのに。変なプライドで外に出て」
「そういう言い方はやめろよ」
私がじっと見つめると、百合子は嘲笑うように吐き捨てた。
「変なプライドですわ。どうせ、一人でなんて生きてはいけませんのに。今までだって、柊家の力でなんとかここまできた・・」
「違う! 遥希の努力だ!」
大きな声を出すと、百合子は眉をぴくぴくと動かした。怒っているようだ。
「努力・・? そうは言っても、学校にいけているのはだれのおかげですの」
「出ようとした努力がなければ、遥希はずっと籠の鳥だった。私と学校に通うことだってできなかった。私と一緒に勉強することだってできなかった」
・・。
そうだ、忘れていた。私、遥希と過ごしたいって強く思ったんだ。メールのやりとりをするうちに、近くにいてほしいって願ったんだ。
ガッシャーン!
と、グラスの割れる音がして、百合子と私は慌てて振り返った。
遥希とその父親が座るテーブルのグラスが割れていた。
「お前とは話にならん! 頭を冷やせ!」
そう父親は言うとなにか書いて荒荒しくちぎるとウエイターに渡して去って行った。
小切手ってやつかなと、口をぽかんとあけたまま思った。
遥希の表情はこちらからは見えない。なにを考えているのだろう。
「ほら、お父様から見捨てられたらわたくしたちはおしまいなのよ」
百合子がくすっと笑う。
「遥希さん、どうなるのかしら。もう柊家にお戻りになられたらいいのに。意地はってないで」
「ごちゃごちゃうるせぇな! 男なんだから意地はりたいときもあんだよ!」
私はとうとう怒鳴ってしまった。
「百合子も今の状況から出ようとしなければずっとそのままだ!」
「わ、わたくしに口答えするつもり?」
「父親に決められた許嫁を受け入れて、それでいいのか!? こんな息苦しいクソつまんねー人生でいいのかよ! あいつは自分で選択してこっちに来てんだよ!」
「あ、あなたにとってはつまらないかもしれないけどわたくしにはこの生き方しかないんですのよ!」
バンっと机をたたいて百合子は私を睨む。
「庶民のあなたに何がわかるの!」
「わかんねぇよ! でも百合子、お前そのままでいいのか!? 一生このままでいいのかよ!」
「わたくしは遥希さんのような親不孝な生き方はしませんわ!」
「親のために生きてんのか! 自分のために生きろよ!」
「うるさいですわ! どうしてわたくしよりもこんな女を遥希さんはお選びになったの! 許せない!」
百合子はそう言うと、スマホを取り出した。
そして、電話をかけて叫ぶ。
「朱音さんと遥希さんを拘束してちょうだい! わたくしを辱しめた罰を受けてもらうわ!」
「おい!?」
「すぐ来るわ。外で待機させていたもの」
「うそだろ・・」
百合子は余裕そうな表情を浮かべている。
罰ってなんだよ、と思ったがそんなこと聞いている場合ではない。
私は、遥希の席へかけつけ、その腕を引っ張った。
「やばいから逃げるぞ!」
「え・・?」
キョトンとしている遥希を無理やり外に連れ出すと、スーツ姿の男が数人いた。
もしかしてあれが百合子の取り巻きか!?
走って逃げると、そいつらが追いかけて来た。
「ど、どうなってんの・・」
遥希が聞くが、走りながら答えられない。
「とにかく逃げる!」
この時点で私は後悔していることが一点だけあった。
ヒールで走ると、すっごく足が痛い。




