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HeavenよりHellな愛しい世界(仮)  作者: crooze
Scene2-Amartya
7/7

Fullmoon of blood

――そこは、あまりにも静かな世界だった。



 さっきまで喧騒の響いていた街だとは思えない程の、静寂。

 上を見れば、夜空に大きな満月と、無限にも見える星々が輝いていた。


 ……闇と血に染まった自分には似合わない。

 こんな――こんな綺麗な場所なんて、死に場所に適さないのだ。

 もっと、もっと汚くてじめじめした――例えば、街の外にある廃棄物の溜り場がいい。

 そこで人知れず死んで、どこかに埋められるか捨てられるのが良いのだ。


「……"明けない夜の街"でもこんな場所があるんだな」


 荒れ果て荒廃したその場所は、まるで造られかけて廃棄されたかのような不自然さを放っていた。

 何か手を入れようとして止めたような――そんな不自然さ。

 ネオンの明かりも、男の叫び声も、女の嬌声も、誘い声も何一つしない、完全な静寂を保っていた。



「ふふふふ」


 突如、どこからか笑い声が聞こえた。

「かつて」を想起していた為か、その声への反応が少し遅れた。


 少し遅れて後ろを振り返っても何もいない。いや、何も見えないというのが正解か。

 荒れ果て荒廃したこの場所に、街灯なんてものが存在する訳が無い。

 夜空に浮かんだ満月の明かりでは、余りにも頼りなくて笑い声の主を特定するに至らなかった。


 あどけない、まだ幼いと思える声が、闇夜に広がる。

 どうやら声の主は幼い少女のようだ。

 何故幼い少女がこんな暗い時間帯に、しかも一人でこんな場所にいるのか。

 この街――アンダーシティで子供を見ることはめったにないというのに。


「見いつけたあ」


 あまい、あまい声がまた闇夜に響く。

 あどけない声が、艶麗の響きを持って鼓膜を揺さぶる。


「誰だ……?何処にいるんだ、姿を見せてくれないか」

 何故かは分からないが、声が響いた方角に向かって落ち着いて話しかけた。

 何故落ち着いているのかは分からない。


――死ぬ、と分かっているからかもしれないな。俺はもう、アンダーシティには入れない身分なのだから。


「……不思議な人間ね、こんなにも落ち着いているなんて」

「俺はもう、死ぬだけの人間だからな。……お前、"ナイトメア"だろう?」


 少女があっと驚いたのが分かった。

 アンダーシティ内では結構有名だと思うんだがな。


――血染めの悪夢、ブラッディ・ナイトメア・メアリー。

 血染めのドレスにその身に不釣り合いな巨大な鎌を持った、世にも美しい狂った少女。


「……そうよ、わたしがメアリー。貴方を殺しにきたの」

「……そうか」

 少女の言葉に、俺は唯頷いた。


――彼女は処刑者だ。

 彼女の主に逆らったものを殺す、いわば汚物の処理役。

 アンダーシティの主の持つ、最強の処刑部隊。

 唯一人の、構成者。


 唯の商人だった俺に出来ることなんて、何一つ無い。

 逃げたって、どうせ追いつかれて捕まって殺されるだけだ。


 なら――――


「殺してくれ、ブラッディ・ナイトメア・メアリー。それがお前に課せられた役目なんだろう?」

 俺は少女に自ら願った。

 自らの死を。

 どうせ死ぬなら――こんな綺麗な満月の下がいい。

 最期位綺麗に死にたい。


 こんな美しい少女に殺されるなんて、それこそ幸せだ。


「貴方は……」

「俺はもう、行く所だってないんだ。最期位――綺麗に死にたい」

 アンダーシティの主の怒りを買った者達の結末。

 そんな結末が綺麗であるなんて、断じてあるわけ無いじゃないか。


 俺の言葉を聞いた少女――メアリーはうすぼんやりとしか見えないが少女には不釣り合いなほど巨大な鎌を俺に振り下ろした――――


 ……すまないな、メアリー。

 幼い少女に殺しをさせるなんて――俺の願いを叶えてくれるなんて、君はなんて…………



――男の首が、ごろんと地面に落ちた。




「なんだ、今回は喰べなかった(・・・・・・)のか」


 少女――メアリーの後ろにどこからか男が現れて言った。

 子供と大人、どちらとも見分けがつかない姿をした、いうなれば青年だ。


 漆黒のローブに同色の硬めの髪にサングラスをした、少女ほどではないが容姿の整った青年がメアリーに話しかけた瞬間、青年の足元に漆黒の沼が現れる。

 漆黒の沼は青年を引きずり込もうとするが、青年はびくともしない。


「メアリー、遊ぶのはそれぐらいにしておけよ。まだ夜は長い」

 穏やかな声と共に、青年の足元に広がっていた沼が綺麗さっぱり消え去った。



「ねえノーチェ。わたしは……」

 メアリーはそうノーチェと呼んだ青年の方を向いて――言いかけてやめた。

 考えたってどうにもならない。

 確かにあの男は変であったが、別にそれで何が変わるわけでもないのだ。


「……そうか」

 ノーチェは唯そう言って、手を伸ばしてうつむいたメアリーの頭をくしゃくしゃと撫でた。結構乱暴に撫でているのだが、メアリーはされるがままだ。



「のんびりしてはいられないからな。行くぞ、メアリー」

「わかってるよ、ノーチェ。次はどこに行くの?おねーちゃんの依頼、最近多くなってきたね」

「確かにな。聞いたところ、王国と帝国の戦争があるかもしれないらしくてな。アンダーシティは割とアングラだから……面倒臭い連中も増えてるらしい。ほんと、この世界は変わらないよな……」


 そう言ってノーチェはふと上を見上げた。

「……この街でも、星は見えるのか」


 見上げた先にあるのは、夜空に輝く満月と、そのまわりに散らばる星々。


 ノーチェの言葉につられて、メアリーも空を見上げた。

「うわあ……この街って星が見えるんだ……知らなかった」


 この街と場所に似つかわしくないほどの、壮大な美しい夜空を見てメアリーは手を伸ばした。

 伸ばし続けていれば、いつかは星々に届くのだろうか。無理だと分かっていても、手を伸ばさずにはいられない。


「余計な明かりが無い分、とても綺麗に見えるのかもな」

 そう言って、ノーチェは見上げていた夜空から視線を外し、正面を見る。ずっとここに長居はできない。



 まだ夜は来たばかりだ。

 アンダーシティが目覚めて眠りにつくまで、二人の仕事は終わらない。



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