王国の情報屋
沢山の人々が行きかう、活気のある通り。
道に開いたいくつもの商店、露店が、盛んに客を呼び寄せている。
人々はそんなお店で時には立ち止まって商品を見たりしながら、忙しく通りを歩いて行った。
どこにでもあるような普通の街の光景。
しかしそれは、「アンダーシティ」に住む人間にとっては余り見慣れないものであった。
――アンダーシティとは違い、人々の活気で賑わう城下町。
アングラな所のあるアンダーシティとは違い、光に包まれた「普通の」城下町を見て、情報屋――「ノーチェ」は眩しそうに眼を細める。
眩しく青い空を照らす太陽は、アンダーシティではあまり見られないものだった。
金が全てである、「明けない夜」の街。
アンダーシティではよく見られる人間関係のもつれあいや、足の引っ張り合い、果ては裏切りから成り下がり。
そんなものが一切見ることができない、こんなにも明るい街に来るのは久しぶりだったのだ。
――確かに此処は、アンダーシティの住人達にとっては眩しすぎるだろう。
カジノが乱立し、高いビルが幾つも立つまるで未来のようなあの街には、太陽の光なんて暖かいものが届く訳が無い。
ネオンの明かりとカジノの明かりで星も見えないアンダーシティ。
ネオンの明かりと暗闇に慣れたあの街の住民には、太陽の光なんて眩しすぎるのだ。
人口灯と金の輝きにつつまれたアンダーシティでは、絶望の怨嗟と幸せが共存していた。
怠惰と排他と退廃。
その全ての在り様が、この城下町と正反対であった。
ノーチェは、リアルがこの王国に来たがらない訳を察した。
あの少女は偽善者のように見えるが、実際は容赦のない利益重視の性格であることはアンダーシティの大体の住民が知る所である。
アンダーシティの主たる少女は自らの街には優しいが、それ以外にはあまり興味を示さない。例えこの王国がどうなろうとも彼女は無視を貫くだろうことも予想がついていた。この王国が無くなってアンダーシティが窮地に陥るなら考えるのだろうが、それでも彼女――リアルにとってこの王国、「リート王国」は彼女にとっての一番になり得ない。
例えそこで何万と言う人間が死亡したとしても、果てはアンダーシティに住む人間の家族が死んだとしても――
主たる少女は冷徹に、見捨てる判断を下すだろう。
アンダーシティの主は損得計算のできる存在である。
あの「人身売買」の商人についても、完全に商売を否定してはいなかった。あくまで公認すると周りの国々がうるさい、という名目で断っただけで商売をすることについては止めたり否定したりはしていない。「アンダーシティ」のアングラな部分を分かっているからこその言葉なのだろう。
――金が全ての、闇より深く昏き欲望の街「アンダーシティ」。
主たる少女は、それ故に全てを受け入れる。
「欲望の街」であるからこそ、彼女は人身売買という醜い商売、商人を止めることは無い。
「金」が入れば、それでいいのだ。
「金」が全ての街に、「魔」の街に法なんてものはない。
「金」の前では、全てが、例え人道に反する行為でも正当化されるのだ。
それがいいのか悪いのかはどうでもよい。
唯――アンダーシティがそういう街、というだけだ。
そんなアンダーシティの住民が、こんな――光に包まれた街を好むはずがない。
アンダーシティの住民は、皆何かしら事情を抱えた者達ばかりだ。
脛に傷がある――とでも評せばいいのか。
闇より深く昏き街にやってくるのは、同じく闇を持った人間ばかりなのだから。
……リゾート感覚でやってくる貴族やらがいない訳ではないのだが。
そんな闇を持った、落ちぶれたり財産を失ったりした人間がこの街で一山当てて、元の場所に戻る事を切望するのだ。
金があれば全ては元に戻ると信じ、こんな筈じゃなかったんだと一抹の希望を抱いて最後に来るのがアンダーシティ。
闇の住人達が、光の場所を望まない訳ではない。
けれども――この眩しい世界を目の当たりにすればする程彼らは元の場所に戻る気力を失っていく。
そして残った唯一の場所――アンダーシティに依存していくのだ。
止まらない悪循環のサイクル。
闇の世界に引きずり込まれた者は、もう二度と元居た場所には戻ってこれない――。
そうノーチェが考え込んでいる間に、様々な人が彼の前を通っていく。
立派な金銀のアクセサリーを付けた、傍目にも分かる上流階級の人間。
どう見ても、ぼろとしか思えない服を着た貧乏人。
そして――でっぷりと太った男に飼い犬の様に首輪をつけて引っ張られていく、手足に鎖を付けられた奴隷達。
彼ら奴隷は貴族の召使として一生を終える、人権を持てないこの王国での最悪な身分だ。
今彼の目の前を歩いている、如何にも貧しそうでみずぼらしい服のようなものを纏った農民でさえも見下す程の。
アンダーシティの住人たる情報屋にとっては、目が腐るほど見てきた光景。
しかし――
「光」の筈の王国でさえも消せない、捨てられないその悪趣味な光景を見て情報屋――ノーチェは嫌そうに溜息をついた。
漆黒の、闇にまぎれるような深い色の長いローブを着こみ、顔を隠すようにフードまで被った情報屋。
まるで「密偵」のような恰好をしたその人が、まさかあのアンダーシティの主の親友であるなんて思いもしないだろう。
近くの王国などを気ままに旅し、その近況を伝える――確かに「密偵」のような事はしているが彼の本業は「情報屋」。
大体を気分で決める人柄であるゆえに、あまりあのアンダーシティの人々にでも信用されていないような所もあるが、その情報収集力は誰もが一目置くほどのものであった。
最近は不本意な事ながらノーチェ自身も有名になってきており、それ故にこんな怪しい恰好をしているのだ。
過ごしやすい気候になったこの世界。
ほどよく気持ちのよい風が吹き抜けていくのを感じて、ノーチェはフードを押さえながら空を見上げた。
青空が広がる晴天。
――こんな気持ちの良い日なんだから、偶には人助けでもして貸しを作っておくか。
そう思って、ノーチェは奴隷達と引き連れる商人を見てにやりと笑った。