異世界電話相談 ~魔術学園女生徒から~
ピルルルルル♪、ピルルルルル♪、ピルルルルル♪
携帯に着信があった。
ポケットから取り出して画面を見てみれば非通知である。
俺の携帯はガラケーで、最近流行ってるアプリから掛けた電話は非通知になる。
だから、この時もそのアプリで掛けてきたのだと思った。
通話ボタンを押し、携帯を耳まで持っていく。
「もしもし」
『しゃ、喋った!?』
スピーカーを通して聞こえてきたのは、女の子の声だった。
『こ、こんにちは』
「はい、こんにちは。それで、どちら様でしょう?」
『え? あ、わ、私、エーナっていいます』
栄奈・・・・・・・誰だ?
知り合いにそんな名前の女性はいない。
いや、もしかしたら苗字しか知らない女性は結構いるからその一人かもしれない。
「苗字を伺ってもよろしいですか?」
『苗字・・・家名のことですよね? シュウドゥです』
春堂 栄奈・・・・・やっぱり知らない方だな。
「それで、ご用件は何でしょう?」
『よ、用件!?』
それを聞いた栄奈さんは、驚いた後黙りこんでしまった。
いや、黙りこむなよ。
何で電話してきたんだよ。
「あの、イタズラ電話なら切りますよ?」
『ま、待って下さい! よ、用件ならあります!』
「はあ、で、何でしょう?」
『ど、どうかお知恵をお貸し下さい!』
電話越しだが、俺には女性が土下座するのが見えた。
それほどその「用件」には切羽詰まった感があったわけだが。
でも、見ず知らずの奴に頼むことじゃないだろ。
しかも、電話だし。
「まあ、良いですけど・・・・何か困ってるんですよね?」
『はい・・・』
「で、何に困ってるんですか?」
『あの、ですね、私、レーベン学園の二年生なんですけど、今度、進級試験があるんです』
レーベン学園って、私立か? カタカナ使ってるし。
で、栄奈ちゃんはそこの学生っと。
『筆記試験は何とかなるんですけど、私、実技がダメダメで・・・・このままだと落第確実で・・・・そうなったらお父様やお母様にも顔向け出来なく・・・・・』
だんだんと栄奈ちゃんの声が涙ぐんでいく。
「ああ、泣くな、泣くな!」
『グスッ・・・ズミマセン』
「ほら、ティッシュとかハンカチとかで鼻かんで。鼻声じゃ聞きにくいし」
その言葉通りにしたのだろう、少しガサガサという雑音の後にチーンという鼻をかむ音がした。
何か敬語使う気が無くなったな・・・・・まあ、多分歳下だしいいだろ。
「それで、知恵を貸してくれってことだけど、結局問題は何なの?」
『私、ちゃんと進級するにはどうしたら良いでしょう?』
「実技試験で合格する」
『うぐっ・・・・・じゃ、じゃあ、実技試験で合格するにはどうしたら良いですか?』
「練習するしかないんじゃない?」
『ううっ・・・それでもダメだったら?』
「諦めて留年するしかないんじゃない?」
『う、うわーん!』
しまった、また泣いちゃった。
それから五分くらい泣いていただろうか。
栄奈の泣き声が止んできたのを見計らって声をかけた。
「あー、栄奈ちゃん。俺はレーベル学園のことをよく知らないからさ、その進級試験で何をするかも分かんないんだ。だから、合格するにはどうしたらいいって聞かれても、さっきみたいな答えしか返せないわけで・・・・」
『グスグス・・・・・はい・・・』
「だからさ、その実技試験についてもう少し詳しく教えてくれないか? 何をして、どうしたら合格なのかとかさ」
『わかり・・・ました・・・・・チーン・・・・』
あ、鼻かんだな。
『ええっとですね、レーベル学園の実技試験はアルドナーダを使ってどれだけのことが出来るのか試験官に見せることです』
あるどなーだ? なんだそれ?
『でも、私、一番簡単な炎を出そうとしても爆発が起きるばっかりなんです。去年までは筆記試験と実技試験の重みが半々だったので実技が悪くても筆記で取り返せてたんですが、今回、急に実技試験を重視するって話になって・・・・・・』
「ああ、ストップストップ」
栄奈ちゃんの話が逸れそうな予感がしたので、俺は途中で止めた。
「つまり、あるどなーだとかいうのを使って炎を出せばいいんだな?」
「はい、概ねその通りです・・・・・」
なんじゃそりゃ?
火起こしが実技試験とか、ボーイスカウトかよ。
いや、栄奈ちゃんは女の子だからガールスカウトか?
どっちにしろ学校の試験っぽくないな。
まあいいや、取り敢えずその疑問は、突っ込むと話が長くなりそうだから、置いといて。
真っ先に聞かなければならないことがある。
「栄奈ちゃん、あるどなーだって何だ?」
あるどなーだと言う名前の燃料は聞いたことがない。
固体なのか、液体なのか、はたまた気体なのか。
『? アルドナーダは魔素ですよ。ほら、空気中にいっぱいふわふわしてて、これを集めて使うんです』
つまり気体、可燃性のガスのことか?
「で、栄奈ちゃんはどうやってその集めたあるどなーだに火を着けてるんだ?」
『どうって、普通に術式化するだけです。普通ならこれで炎が出るんですけど・・・・・』
「栄奈ちゃんは爆発が起きると」
『・・・・はい』
ちょっと待てよ、あるどなーだにじゅねんすると炎になる。
ってことは、じゅねんは火種か?
そうすると、栄奈ちゃんは集めた可燃性の気体に火種を放り込んでると・・・・・・。
そりゃ、爆発するでしょ。
「あのね、栄奈ちゃん。普通、ガスで炎を出したかったら、こう、シューシュー吹き出している所に火を着けなきゃ。そんなガス溜まりに火種を入れたら爆発するに決まってるでしょ」
『そうなのですか?』
「そうなの」
俺は少々、勘違いしてたかもしれん。
声から高校生くらいと思っていたが、この常識の無さ、栄奈ちゃんは小学生なんじゃないか?
「そう、噴水とか見たことない?」
『噴水・・・つまり、大切なのはイメージってことですね!』
「間違っちゃいないけど、要は物事には必ず原因と結果があって・・・」
『ん~、噴水、噴水・・・・・』
おい、聞いちゃいねえぞ。
『よーし、炎よっきゃああ!!』
栄奈ちゃんが驚く声と共に、ゴオオオオオッ、という音が聞こえてきた。
「ちょっ、栄奈ちゃん! 大丈夫!?」
『だ、大丈夫です。ちょっと想像より大きな炎が出てびっくりしただけで・・・』
おいおい、周りに被害は無いだろうな?
ってか、機材あったのね。
『でも、出来た・・・・本当に出来ました!』
「おめでとう、これで進級できるかな?」
『・・・・多分』
多分かよ。
「ちなみに合格間違いなしにするにはどうしたらよいの?」
『もっと、強い炎ならいいんですけど・・・・私じゃ扱える魔素が少なくて』
「栄奈ちゃん、ちょっと聞きたいんだけど、炎の色は何色?」
『色、ですか? 普通に赤ですけど・・・』
赤か・・・。
ということは、炎に酸素が足りてないな。
やれやれ、電話越しに家庭教師をやるはめになるとは・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「エーナ=シュウドゥ、まもなくですので待機をお願いします」
ついに私の番になってしまいました。
進級実技試験。
私は自分の杖をぎゅっと握り締め、訓練場中央の試験会場に向かって歩きだしました。
大丈夫、大丈夫、昨日は出来たじゃない、私。
だから、きっと大丈夫。
昨日までの私は、お世辞にも魔術士とは言えないほどに魔術が苦手でした。
それでも、その分座学である魔術史や調合学などを頑張っていたお陰で、成績は悪いものではありませんでした。
ですが、先日、学園の方針が変わって実技科目である魔術戦闘学などが重視されるようになりました。
先生方も反対していましたが、なにやら偉い人からの命令だそうで覆りませんでした。
それに、最近隣国との仲が良くないと聞きます。
軍備強化や自衛力強化には良いかもしれません。
私のように考古学者を目指していたり、座学を中心に取っていたりした学園生にとっては大問題ですが。
特に私は、魔術行使が大の苦手ですので、とっても困ったことになりました。
アルバートも心配して私の特訓に付き合ってくれましたが結果は芳しくありませんでした。
あ、アルバートは同級生です。
彼は上級貴族ですが、同じ魔術史学を愛する同士ということで仲良くなりました。
レーベル学園では学徒は皆平等を唱ってはいますが、実態は貴族社会の縮図です。
なので、何で下級貴族の私と仲良くしていて、アルバートに不都合がないか、少し心配しています。
話がそれました。
ともかく、進級試験に向けて訓練場で魔術の練習をしていた私ですが、成果は芳しくなく、諦めかけた時でした。
訓練場に魔道具が落ちているのを見つけました。
拾ってみれば、私の掌よりも少し大きい長方形の板状の形をしていました。
表面は綺麗に磨かれており、顔が映り込むほどです。
「何だろう、これ?」
『もしもし』
「しゃ、喋った!?」
突然、魔道具が話しかけてきたので、私は危うく取り落とす所でした。
どうやらこれは、通信の魔道具だったようです。
「こ、こんにちは」
取り敢えず、挨拶してみました。
『はい、こんにちは。それで、どちら様でしょう?』
「え? あ、わ、私、エーナっていいます」
通信先の相手は男性でした。
とても丁寧な話し方をする人でしたから、貴族のような教養のある人なのでしょう。
名前と家名を聞かれましたので、お答えしました。
『それで、ご用件は何でしょう?』
「よ、用件!?」
用件と言われましても、そもそもこの魔道具を拾ったのはたまたまです。
ですから、用件は無いわけで。
その旨をお伝えしようかとしましたが、そこでふと思いました。
ダメ元で、それこそ藁にも縋る気持ちで、進級試験のことを相談してみよう、と。
そして、その結果がこれから行う実技試験で示されます。
「エーナ、大丈夫か?」
訓練場に用意された、実技試験を行うための魔術結界。
試験官の先生方が待機している会場に向かう途中で、アルバートに声をかけられました。
「すまない、結局、試験方針を元に戻すことが出来なかった」
「ううん、アルバートが謝ることじゃないよ」
今回の試験方針の変更が告げられたのは、試験の一週間前。
あまりにも急でした。
「隣国であるリンハイド教国がキナ臭い動きを見せているから、軍備を強化しなくてはならないのは分かる。しかし、それにしても、何も試験直前に方針転換しなくても良いのに。それに・・・・・・いや、何でもない」
アルバートは何かを言いかけましたが、私に聞かせる内容ではなかったのでしょう。
首を振り、言葉を切りました。
「ともかく、今この場で試験を棄権するわけにもいかない。引き続き抗議はしていくが・・・・」
「アルバート、大丈夫、勝算ならあるから」
「何?」
アルバートは驚いた顔で私を見ました。
彼は私の特訓に付き合って頂いたので、私の魔術のダメ具合はよく知っています。
「もう呼ばれてるから詳しく話している時間はないけど、大丈夫・・・きっと」
「そうか、ならば私はエーナが緊張しないよう、出来るだけ近くで見ていてやろう」
う、それだと余計に緊張しそうです。
だって、アルバートって無駄にきらきらしてるんだもん。
じっと見られたら、どんな女の子だって緊張するでしょう。
とはいえ、私を心配してのことでしょうから、断るのは悪いです。
私は曖昧に頷きました。
そのとき、訓練場がワアアアアアアアッという歓声が試験場からわき起こりました。
会場を見てみれば、一人の女子生徒が的に向かって魔術を放つところでした。
的は一瞬にして巨大な氷の柩に包まれました。
それを見た女子生徒は優雅な手つきで指をパチンと鳴らします。
その途端、巨大な氷の柩は内包した的ごと粉々に砕け散りました。
散った氷は太陽の光を受けてきらきらと輝き、とても美しく幻想的です。
「やっぱり何度見てもすごいなぁ、ディアナリーゼ様の魔術は。アルバートもそう思わない?」
「あ、ああ、そうだ、な・・・・・」
「アルバート?」
「そ、それよりも、エーナ、呼ばれているぞ」
「あ、これ以上待たせたら失格になっちゃう。じゃあ、行ってくるね」
アルバートへ一礼した後、私は待機場まで急ぎました。
・・・・・・・・・・・・・・・・
私、ディアナリーゼ=グランベルトが試験を終えて会場を後にしようとしたとき、入れ替わりに一人の女子生徒が会場に向かっておりました。
彼女はさっと道を譲りましたが、私は彼女が知った顔であることに気づき声をかけました。
「エーナさん、ご機嫌よう」
「ご、ご機嫌よう、ディアナリーゼ様。し、試験のご様子を拝見致しましたが、とても美しい氷魔術で、私、感激致しました」
下級貴族の子ですから仕方ないのですが、エーナさんは上流の言葉使いが苦手のご様子。
「このくらい、侯爵家の者としては当たり前ですわ。それにしてもエーナさん、言葉が硬いですわ。もっとアルバートと話している時と同じようにフランクに話して下さらない?」
「で、ですが・・・」
「ほら、ここには五月蝿いことを言う取り巻きもおりませんし。身分のことなら、アルバートに出来て私に出来ないことはないはずですわ」
「えっと、じゃあ・・・」
彼女はエーナ=シュウドゥ男爵令嬢。
アルバートと一緒に図書館で勉強しているとの噂を聞きつけ、気になって一度お茶をしたことがございます。
表向きは、アルバートは私の婚約者であるので、釘刺すために。
実際は、あまり他人に興味を示さない幼馴染のアルバートが、どうして彼女と仲良くなったのか気になったからです。
聞けば、私がアルバートのことを上級貴族、本当はもっと上ですが、だと教えるまでまったく気づいておらず、筆記試験の点数で張り合っていたそうです。
彼への言葉使いなんて、正直、いつ不敬罪でお縄についてもおかしくない状況だったようです。
教えてからは、人の目がある所では言葉使いを改めたようですけど。
後でアルバートに文句を言われました。
「ところで、エーナさんはこれから試験ですわよね? 貴女、魔術行使が不得手だと記憶しておりましたが、大丈夫ですの?」
「えっと、多分大丈夫。絶対じゃないけど・・・」
「そう、では私、近くで応援させて頂きますわ」
その言葉にエーナさんはぎこちないながらも笑顔で肯きました。
そして私に一礼すると会場の方へ急いで行かれました。
「もしかして、緊張させてしまったかしら」
よく考えてみれば、彼女は男爵令嬢。
一方、私は侯爵令嬢ですので、普通なら会話などあり得ないほど階級が離れております。
失敗したと思いましたが、それでも約束したのですから最前列で応援いたしましょう。
「む、ディーではないか」
私が向かった最前列には先客がおりました。
私を愛称で呼ぶことを許されているのはほんの一握りですから、声をかけられて直ぐに分かりました。
「殿下、他人の耳がある所では愛称で呼ばぬよう申したはずです」
「ああ、そうだったな、すまない」
言葉では謝ったものの、その眼は試験会場の方を向き、誠意は欠片も感じられません。
「それで、殿下は何故ここに?」
・・・・愚問でしたわね、少し考えれば分かること。
彼が御執心のエーナさんがこれから試験ですもの、応援に決まっています。
「ディーこそ何で来たんだ?」
「あら、婚約者と一緒に居たいと思ってはいけませんの?」
「フン、お前にそんな可愛げがあるわけないだろ。大方、釘を刺しに来たのだろ」
まあ、その通りなのですが、面と向かって言われると、少し腹が立ちますね。
どうやら彼は、私がエーナさんとの仲の事を注意しに来たと思われたようです。
別にそのようなつもりはございませんでしたが、最近のアルバートは人目のある所でエーナさんと頻繁に会うなど、自制心が外れかかっているように見受けられました。
良い機会ですのでそういうことにしておきましょう。
私は曖昧に微笑みました。
さすがのアルバートでも、婚約者を無視してまでエーナさんにあまり話しかけられないでしょうから。
彼は、エーナさんに構うことが周りの方々、特に上級貴族が、不愉快に思っていることを御存じなのでしょうか?
いえ、多分存じてはいるけれど止められないのでしょうね。
「それにしても、お前の祖父は何を考えているんだ。こんなギリギリに方針転換なんてして」
「さて、生憎と存じておりませんので」
今回の急な方針転換はお爺様が中心となって起こしたとのこと。
もしかしたら、まず無いとは思いますが、エーナさんのことがお爺様の耳に入ったのかもしれません。
お爺様は私の事になると甘くなりますから、殿下に近づく女性を排除しようとしても可笑しくありません。
エーナさんのことは学園の外に話が出ないよう、私が止めておりましたが、一度耳に入れば学園に間者でも入れればすぐに裏が取れます。
リンハイド教国のことで軍備を強化することはほぼ決まっておりましたから、それを学園にまで適応。
後はこれを進級試験ギリギリに公表すれば、実技試験が壊滅的なエーナさんは留年。
殿下と学年が違えばおのずと接触しにくくなる、といった所でしょうか。
・・・・・ふう、考えすぎですわね。
・・・・・・・・・・・
面倒な奴が来た。
ディーが隣に腰を下ろしたとき、オレはそう思った。
ディアナリーゼ=グランベルトはオレの幼馴染であり婚約者でもある。
オレのことを良く知っているため、オレの行動を先読みし、自分に不都合なことをしようとすると釘を刺してくる。
今回は婚約者としての地位を脅かす可能性のあるエーナのことで来たのだろう。
まったく、何でこいつがオレの婚約者なんだ。
ディーは確かに容姿端麗、頭脳明晰、魔力潤沢、それに教養も完璧でありオレの、というか第一王子の婚約者としては申し分ない。
ただし、それはディーのことをよく知らない奴が見たときだ。
幼馴染のオレは知っている、ディーがとんでもなく魔術に傾倒していることを。
その証拠に、ディーはオレとの婚約の話が出たときに、真っ先に聞いたのだ。
王族になれば魔術禁書庫に入れますか?
ディーは本気でオレのことを、禁書庫に入るための鍵程度にしか考えていない。
オレと会うのも義務程度に考えているし、普段は自身の魔術研究所に篭もりっぱなしだ。
そんな奴との結婚なんて願い下げ、とはいかないのがオレの身分だ。
まったく、煩わしい。
「次、エーナ=シュウドゥ」
そのアナウンスが流れ、会場にエーナが現れた。
エーナは緊張しているのだろう、表情が硬い。
思えば、エーナを最初に知ったのは学期末テストの結果が張り出されたときだ。
得意の魔術史学でオレは学年二位だった。
自身があっただけにこれはショックで、一位は誰かと見てみればエーナの名があった。
聞いたことないその名に興味を覚え、実際に会いに行ってみたわけだが、まさか三時間も魔術史学について語り合うことになるとは思わなかった。
その日は久しぶりに熱い論議をすることが出来て、満足感でいっぱいだった。
オレの立場では、彼女と一緒にいるのは良くないことだというのは分かってはいたが、あの充実した時間を忘れられず、二回、三回と会いに行ってしまった。
そのせいで、ディーに嗅ぎつけられてしまったのは完全に不覚だ。
「ほら、始まりますわよ。見てなくて良いのですの?」
ディーの言葉でオレは我に帰った。
会場を見れば、エーナは身の丈ほどある杖を構え、周りの魔素を集め、魔力を練っている。
「本当に大丈夫なんだろうか・・・」
「あら、殿下がご指導していたとお聞きしましたが?」
「どこから聞きつけた・・・・・まあいい、今更だ。確かに一昨日までオレが特訓していたが、その時点では何の成果もなかった。何かあったとすれば昨日だが、オレは抗議のために学園を離れていたから知らん」
「まあ。ならば楽しみですわね」
「・・・・どういう意味だ?」
「だって、全く魔術が使えなかったエーナさんが、一日で私に大丈夫と言えるほど上達したのですよ。例えそれが平均並みだったとしても、何が切っ掛けだったのか、興味が湧きますわ。もしかしたら、魔術教育学に一石投じるかもしれませんわね」
「ふん・・・・」
そんな言い合いをしているうちに、エーナが魔力を練り終えたらしい。
今度は魔力を術式化するため、呪文を唱え始めた。
呪文に合わせエーナの練った魔力が杖に流れ、杖の先に術式を紡ぐのが見える。
「あれは、炎の魔術か?」
「本当、王家の魔眼は便利ですわね。片方下さらない?」
「お断りだ、この魔術狂い!」
「光栄ですわ」
なんだ、目を片方くれって。
抉るのか?
しかし、エーナの魔術、炎の術式にしては少々おかしい。
余計なものが多すぎる。
一緒に風の術式が入っているということは、熱波の術式なのか?
よく見れば水と雷の術式まで入っている。
それに、あの程度のサイズの術式では出せる炎など、高が知れている。
「炎を出すなら、炎の術式だけにしなければ効率が悪いのに、いったい何を考えているんだ」
そうしてやきもきしている内に、エーナは魔術を完成させた。
「炎よ!!」
その一言を鍵として、魔術が発動する。
しかし、その炎はエーナの杖の先から三十センチほど出ているだけだった。
「あら、これは予想以上ですわね」
「・・・・嫌みはよせ」
確かにあのエーナが魔術を使えるようになったのは進歩だが、これでは合格はぎりぎりだ。
やはり、試験が終わったら直ぐにでも抗議に行かなくては。
「あら、殿下。あれの凄さが分からないのですか?」
「・・・・・何?」
「よく見て下さい。あの炎、全く揺らいでませんわ」
「そうだな。それのどこが凄いんだ?」
「良いですか殿下、あれはまったく新しい魔術です。それだけでも十分に価値がありますわ。それに揺らいでないということは、風に強いということ。これは炎の攻撃魔術としての価値を大きく上げますわ」
魔術に関して、ディーが言うなら間違いはない。
ならば、エーナは、
「合格間違いなしですわね」
「そうか」
その言葉に、オレは一息つくことができた。
見れば、試験官の先生方も驚いているようだ。
「殿下、お願いが御座います。一週間ほどエーナさんをお貸しいただけないでしょうか?」
「だめだ。お前は魔術のためなら何でもするからな」
「残念です・・・・あら、エーナさんが的に近づいていきますわ」
本当だ。
エーナは魔術を維持しながら、的に歩み寄っている。
「何をするつもりだ?」
的のそばまで来ると、エーナは杖を構えた。
先ほどは、魔力を練るために構えたが、今度はまるで剣でも持っているかのようだ。
そうして構えた杖は、ゆっくりと的に振られた。
杖の先の炎が、横薙ぎに的の上をはしり、振りぬかれると共に魔術が消える。
的の上半分がぐらりと傾き、ゴトンッと音出して地に落ちた。
「は?」
まて、あの的は、確か鉄だぞ?
切った?
周りを見れば、皆、目が点になっている。
「殿下、訂正いたします。先ほど私は予想以上と言いましたが、これは想像以上です」
「う、うむ」
「何としてもエーナさんが欲しくなりました。つきましては殿下、私も協力いたしますので、くれぐれもエーナさんを逃さぬよう。そして卒業後には直ぐに第二夫人として囲ってください」
「ちょ、ちょっと待て! オレとエーナはそんな関係じゃ」
「ならば、そんな関係になって下さい。いえ、しますから。そうと決まれば直ぐに動かなくてはなりません。では、私はこれで」
止める間もなく、ディーは行ってしまった。
残されたオレは、取りあえずエーナに拍手を送ることにした。
この後、ディーを止めるべきだったと深く反省することになるのだが・・・・・・