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-prologue- 入学

-prologue- 入学



 今年は冬が長引き、珍しくまだ5分咲きといったところ。

 桜は一度狂ったら直らないというが、ここら辺はまだ関係ないみたい。赤い蕾がひとつ、ふたつ。

 今日は4月7日。今日は、高校の入学式だ。


***


「ッッてきまーす!」

 中学卒業と同時にこの街へ越してきた。ありがちな、父さんの転勤が理由。学力以上の高校を受験しなければならなくて、その上県外まで試験受けに来なきゃならなくて。引越しが決まってからはホント勉強地獄だったけど、学校見学とか母さんと食事して帰ったり、試験の帰りは近くの伯母さんちが泊めてくれたりして、どうにかこうにか目的の高校に滑り込むことが出来た。


 家から学校までは徒歩十五分。見知らぬ街の見知らぬ空。思いのほか多い交通量に、明日からもう少し早く出ようと後悔した。

 桜並木の通学路を抜けると、上級生が迎える校門が見えてくる。祝入学と書かれたよくあるバッチを付けられて校舎へと案内されれば、教室に渦巻く輝いた騒音が更に私の気持ちを軽くした。

 麗らかとはどこへやら。春というより初夏に近い、窓越しなら焦げてしまいそうな熱量が降り注いでいる。まるで気球に熱を溜め込んでいるような。浮かれているのは私だけじゃない。なぜか少し安心した。


 そうこうしているうちに、担任、副担任が入ってきて自己紹介。男の先生と女の先生。体育の先生と音楽の先生。名前すら碌に入ってこない中、先生たちの説明は淡々と続いた。


***


「国家、斉唱」

 重厚な、ミヤビな和音が聞こえてくる。式典といえばこの音楽。式中の伴奏は、どうやらすべて吹奏楽部のようだ。そういえば、入場のときも録音とはまた違うたくさんの個性が重なった音がした。

「ご着席ください」

 そしてこの、ゆったりとした、少し拙い進行は生徒なのだろうか。

 高校ならば、式典進行も生徒が行う学校もなくはないだろう。私は、着席するわずかなタイミングで周りを少し見回してみた。

 やはり保護者席の端には吹奏楽部が、そしてマイクの近くには生徒が立っている。がたがた、とパイプ椅子がすべる音。そして布擦れがおさまったタイミングで司会は再び口を開いた。

 校長と呼ばれたアタマの薄い男性は、固い口ぶりで私たちを祝福する。毎度そんな感情のない声でと思うけど、それでも祝辞は、やはり節目だという感覚を植えつけるのだ。

 PTAや地域職員、事務の人や議員まで。高校ともなるとたくさんの人が来賓で来るんだな、と私はのんびり考えていた。

 こんなつまらない式など早く終わらせて、クラスで友達つくりに専念したい。おなかも空いたし親戚にも制服を自慢したい。

 そんな考えばかりが浮かんでは消える春の陽向。明るい体育館に響く淡々とした祝辞は私の集中力を欠くには十分だった。


「それでは続きまして」

 ふと見上げた壇上の小窓。向こうは雲も少なくて、春とは思えないくらい鮮やかな青空だ。

 桜の花びらが優雅に泳ぎ落ちていくさまをただわけもなく眺めていたとき。

「新入生のみなさん」

 パン、と響いた声に私は意識を引きずり戻された。壇上にいたのは、恐らく生徒会長。コトバの内容的に生徒代表の祝辞だろうか。

 学年カラーである緑色のネクタイと、ショートカットのシルエット。グレーと黒の制服は有名デザイナーのシックなデザイン。

 丸みの強い輪郭が幼さを、しかし頭蓋の綺麗な形が大人っぽさを醸し出している不思議な魅力に、何よりその凛と徹りのよい声にそのまま何もかもを奪われてしまった。

 流れてくる言葉たちがきらきらと輝きながら降り注いでくるような、そんな感覚さえ覚えた。

「生徒代表、高見唯」

 静かに閉じられた書。立てばなんとやら、とガラにもなく浮かんでは消えた。

 これが、一目惚れというのだろうか。これが、恋なのだろうか。

 私は、彼女が席に着くまで目を離すことが出来なかった。

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