レィニアス殿下と祭司長
本編の『酒は飲んでも呑まれるな』の吐きそうなアオイをカイルが担いだ後に残された、殿下と祭司長のお話。
「・・・何の話をしていた?」
アオイを担ぎ上げたカイルの荒々しい足音が、遠のいて消えてしまう、少し前。
彼女の身を案じ、自分もその後を追うべく歩を進めようとしたデュラルースの足が目の前の男、レィニアスの言葉のせいで止まった。
冷めた目で彼を一瞥して、わざとらしく息をついてから口を開く。
「別に。彼女が聞かせたくなかった話なのですから、私が言うと思いますか?」
質問に対して質問で返す。
殿下という立場の男に対して不遜な態度を平然と見せるデュラルースの言葉に、レィニアスの頬はぴくりと揺れた。
元より、この国の祭司長を務めるデュラルースは、王族と並ぶ力を有するため、お互いの身分は決して牽制にならない。
「思ってはいない。だが・・・」
「殿下」
聴覚を遮られた状態で向けられたデュラルースの挑戦めいた表情が忘れられず、眉を顰めながら言葉を続けようとしたレィニアスをデュラルースが止めた。
「私は殿下に対して個人的に思う事は何もありませんでした。我々は生れ落ちたその時からどのような立場でどのように生きるかを定められた似た者同士、程度には思っていましたが」
2人の関係だけでいうならば、今まで悪かったという事は一度もない。
カイルのような明け透けした性格でない分、これといった関わりも特になかったが。
「しかし私は愛し、生涯を共に歩む女性を自ら決める事が出来ます」
デュラルースが何を言おうとしているのか解したレィニアスは、ぐっと唇を引き結んだ。
そんな彼をデュラルースは普段よりずっと冷えた目で見つめる。
「貴方にはいらっしゃるでしょう。自分の隣に立つべき女性が、既に」
レィニアスが何も言い返せないのを知りながら、デュラルースは尚も言葉を続ける。
王家と違い、一代限りで人が変わる祭司長に許された自由。
我ながらずるいやり方だと、デュラルースは内心自分自身を笑った。
「愛すると決めたのではなかったのですか? ご自分の立場を理解しているからこそ、そんな自分と共に歩む道を定められた、あの方の事を」
「・・・それは、確かに、そう思っていた」
自分の中まで見透かされそうなデュラルースの冷えた眼差しに耐えられず、レィニアスは顔を背けた。
そんな彼の態度に、この程度で怯むくらいなら、まだアオイへの気持ちは一時の気の迷いだったと言えるだろうと、デュラルースは確信する。
彼女の気持ちもまた揺れ動き不確定な今、2人の距離は確実に離しておくべきなのだ。
「アオイのような自由奔放な女性が好みだというならば、街や村に出れば結構見かけるものです。貴方が本当に望めば、貴方の元へと望む娘もいるでしょう」
「もういいっ!」
貴方の父上である陛下がそうされたように、と続きかけた言葉をレィニアスの荒げた声が遮る。
「私は彼女のそんな一面だけで惹かれたわけではない」
だが・・・
「今はお前に何も言い返せないのも確かだ。・・・今日は時間も遅い。アオイの事は、頼む」
そう言って、踵を返して部屋を出て行くレィニアスの背中にデュラルースは口元を歪めた。
レィニアスが今まで生きてくる間に、何度も押さえられ確固たる自信を彼に与えられなかった事。
この程度のやり取りで逃げるように部屋を出て行く姿がデュラルースの目に滑稽に映る。
彼の足音が聞こえなくなる頃に、ぽつりと呟いた。
「・・・貴方は弱すぎるんですよ」
人の負の感情を操る術を持つ自分が、それを利用する。
なんて愚かな行為だと、自分自身を嘲るように笑って、彼もまたその部屋を後にした。