第9話「雨音と騎士たちの襲来」
中間試験最終日、外は大雨だった。
激しい雨音が窓を打ち、学園全体が湿っぽい空気に包まれている。
気圧の低下はオメガの体調に影響しやすい。
僕も朝からなんとなく体がだるく、頭がぼんやりとしていた。
「……巣に、入りたい」
本能がそう訴えていた。
安全で、暖かくて、柔らかい場所。
誰にも脅かされない場所。
放課後、僕はふらふらと足を進めた。
行き着いた先は、生徒会室の奥にある備品倉庫だった。
アレクセイ殿下の私室に行く気力もなく、とにかく近くの狭い場所を求めていたのだ。
倉庫の中は薄暗く、埃っぽい。
だが、今の僕にはそれが心地よかった。
積まれた体操マット。
古くなったベルベットのカーテン。
「これだ……」
僕はマットを引きずり出し、カーテンを巻きつけてドーナツ状の土台を作った。
その中心にうずくまり、膝を抱える。
自分の匂いが充満する狭い空間。
雨音だけが遠くで聞こえる。
安心感と共に、意識が深く沈んでいく。
どれくらい時間が経っただろうか。
扉が開く音で、僕は微睡みから引き上げられた。
「……ここか?」
「ああ、微かだがルカの匂いがする」
聞き覚えのある声。
ミハイルと、ジークフリートだ。
二人が倉庫に入ってくる。
手にはそれぞれ、何やら大きな荷物を抱えている。
「あ、見つけた。こんなところに隠れてたのか」
ミハイルが僕を見つけて、パッと顔を輝かせた。
「具合が悪いのか? 顔が赤いぞ」
ジークフリートが心配そうに近づいてくる。
「……だるい、です。放っておいて……」
僕はさらに奥へ縮こまろうとした。
しかし、彼らは出ていくどころか、僕の巣の周りに陣取り始めた。
「やっぱり、ここは落ち着くな」
ジークフリートがドカッと座り込む。
「ルカ君、お見舞いにこれ持ってきたよ。最高級の羊毛で作ったブランケット。肌触り抜群だよ」
ミハイルが差し出したのは、雲のようにふわふわな白い布だった。
僕の手が、勝手に伸びる。
オメガの本能は、上質な巣作り素材には抗えないのだ。
「……ありがとう」
ブランケットを受け取り、頬ずりする。
極上の感触。
「へえ、素直で可愛いね」
ミハイルが僕の髪を撫でる。
「俺からはこれだ。南国の香木を使ったアロマキャンドルだ。火を使わずに香る魔道具になっている」
ジークフリートが小箱を置く。
甘くスパイシーな香りが広がり、体が芯から温まるようだ。
「……ん……」
僕は二人からの貢ぎ物を取り込み、巣を補強した。
より快適になった空間に、二人のアルファも満足そうだ。
「さて、俺たちも混ぜてもらおうか」
「えっ」
言うが早いか、二人は左右から僕の巣に侵入してきた。
「ちょ、狭い!」
「いいじゃないか、寒いし」
「アレクだけ独り占めは良くないよ」
右には騎士の頑丈な体、左には魔術師のしなやかな体。
二人の体温に挟まれて、僕の巣は一気に「むさ苦しい男の園」と化した。
けれど、不思議と嫌ではなかった。
彼らのフェロモンは、攻撃的ではなく、守護するかのように優しく僕を包み込んでいたからだ。
「……あったかい」
僕がぽつりとつぶやくと、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
雨の日の午後、狭い倉庫の中で、攻略対象たちによる奇妙な「モブ男子温め大会」が開催されていた。
もちろん、この後すぐにアレクセイ殿下が扉を蹴破って現れ、「貴様ら、処刑されたいのか!」と雷を落とすまでがセットだったけれど。




