第7話「温室の出会いと無自覚なヒロイン」
視察先は、王都の郊外にある薬草園だった。
アレクセイ殿下が園長と難しい話をしている間、僕は「邪魔にならないように待機してろ」と言われ、ガラス張りの温室に放り込まれた。
そこは、楽園だった。
太陽の光をたっぷり浴びたハーブの香り。
適度な湿り気を含んだ土の匂い。
「うわあ……」
僕のオメガとしての、そして巣作り職人としての血が騒いだ。
ここには最高の素材が揃っている。
使われていない園芸用の麻袋、乾燥中の柔らかい干し草、そして日向ぼっこに最適な木製のベンチ。
気がつけば、僕は動いていた。
麻袋の中に干し草を詰め込み、即席のクッションを作成。
ベンチの上にそれを敷き詰め、さらに自分の上着を掛けて肌触りを調整。
周囲の植木鉢を動かして、外からの視線を遮る壁を作る。
仕上げに、近くに生えていたカモミールの葉を少し拝借して、枕元に置く。
「……完成だ」
できあがったのは、緑に囲まれた秘密の隠れ家的な巣。
僕は満足感に包まれながら、その中心に座り込んだ。
ポカポカとした陽気と、植物の生命力あふれる香りに包まれて、意識がとろける。
あくびを噛み殺していると、ガサリ、と草をかき分ける音がした。
「ふう、やっと迷路から出られた……あれ?」
現れたのは、一人の少女だった。
輝くようなピンクブロンドの髪に、大きな琥珀色の瞳。
小柄で可愛らしいその姿は、間違いなくこのゲームのヒロイン、マリーナだった。
「あ……」
僕は固まった。
ここで会ってしまったか。
本来なら彼女こそが王太子の隣にいるべき存在だ。
僕なんかが関わってはいけない。
しかし、彼女の様子が変だ。
目の下にうっすらとクマがあり、肩で息をしている。
「……いい匂い」
彼女は僕ではなく、僕が作った巣をうっとりと見つめた。
「ここ、すごく気持ちよさそう……。あなたも妖精さん?」
「い、いや、ただのルカです」
「ルカさん? ねえ、そこ、座ってもいい? 私、もう歩けなくて……アルバイトの掛け持ちで、足が棒なの」
ヒロイン、苦労人設定だったのか。
断る理由はなかった。
僕は少し端に寄って場所を空けた。
「どうぞ」
「ありがとう~!」
マリーナは勢いよく巣にダイブした。
干し草クッションが彼女の体を受け止める。
「ふあぁ……なにこれ、天国?」
彼女は頬を上着に擦り付け、幸せそうに目を閉じた。
「お母さんのお腹の中にいるみたい……。硬いベンチのはずなのに、雲の上みたいにふわふわ……」
彼女の周りに、目に見えそうなほどの花マークが飛んでいる。
「すごい才能ね、ルカさん。これ、魔法?」
「いいえ、ただの物理的な配置と素材の組み合わせです」
「天才だわ……。私、ここで一生暮らしたい……」
彼女のつぶやきに、僕は苦笑した。
王太子だけでなく、ヒロインまで虜にしてしまうとは。
僕の巣作りスキルは、思った以上に危険な能力なのかもしれない。
二人でぼんやりと日向ぼっこをしていると、ガラス戸が乱暴に開かれた。
「ルカ! どこだ!」
アレクセイ殿下だ。
彼は僕たちの姿を見つけると、鬼の形相で近づいてきた。
「……貴様、何をしている」
その視線は、僕の隣で無防備に寝転がるマリーナに向けられている。
嫉妬か?
やはり運命の相手だから、僕と一緒にいるのが気に入らないのか?
僕は慌てて立ち上がった。
「で、殿下! これはその、彼女が疲れていたみたいで……」
「誰だその女は」
「え?」
「俺以外の人間を、お前の巣に入れるなと言ったはずだ」
アレクセイ殿下はマリーナを睨みつけると、僕の腕を掴んで強引に引き寄せた。
「その場所は俺の匂いで満たしておけ。他のメスの匂いをつけるな」
「ちょ、メスって……彼女はマリーナさんです!」
「知らん。俺にとって重要なのは、お前が誰のためにそのクッションを整えたかだ」
彼は僕の腰を抱き、わざとらしくマリーナに見せつけるように言った。
「こいつは俺の専属だ。順番待ちなら、来世にしろ」
マリーナは驚いて目を丸くしていたが、やがてニコリと笑った。
「へえ、王子様って独占欲強いんですね。……でも、その気持ちわかります。この巣、最高ですもん」
彼女は全く怯えていなかった。
むしろ、ライバルとして認められたような顔をしている。
「私、また来てもいいですか? ルカさん」
「えっ、あ、うん」
「駄目だ!」
アレクセイ殿下の拒絶の声が温室に響く。
こうして、本来結ばれるはずのメインヒーローとヒロインは、僕の作った「巣」を巡って、奇妙な対立関係を結ぶことになってしまったのだった。




