第6話「王太子の重みと朝の攻防戦」
重い。
それが、僕が目を覚まして最初に感じたことだった。
全身が巨大な鉛の板でプレスされているような圧迫感。
それに加えて、首筋には熱い呼気が断続的に吹きかけられている。
「……ん……」
うめき声を上げながら、僕はなんとか目を開けた。
視界いっぱいに広がっていたのは、最高級のシルクで織られた王家の紋章入りカーテンではなく、アレクセイ殿下の広い胸板だった。
シャツのボタンが弾け飛んでいるせいで、鍛え上げられた筋肉が露わになっている。
「……またか」
僕は天井を仰ぎたかったが、首が固定されていて動かない。
アレクセイ殿下の腕が僕の腰に巻き付き、足は僕の足を挟み込み、顔は僕の首のくぼみに埋まっている。
完全に、僕を抱き枕としてロックしていた。
彼の寝息は深く、安らかだ。
僕が作った「巣」の効果は絶大だった。
クッションの配置、湿度の調整、そして僕の匂い付きのシャツを枕カバーにしたことで、不眠症だった彼は、今や一度寝たら大砲の音がしても起きない「眠り王子」へと変貌していたのだ。
問題は、彼が僕を離してくれないことだ。
「殿下、朝です。起きてください」
僕は動かない右手をなんとか引き抜き、彼の肩を揺すった。
「……んぅ……まだ……」
低い唸り声と共に、抱きつく力が強まる。
「苦しいです! 背骨が折れます!」
「……ルカ、いい匂い……」
「寝言で口説かないでください」
彼は顔を僕の首筋に擦り付けてくる。
ジョリ、という感触はない。
王族の肌ケアは完璧で、頬はずるいくらいに滑らかだ。
そこへ、部屋の扉がノックもなしに開かれた。
「殿下、お時間です。……ああ、やはりまだこうでしたか」
入ってきたのは、初老の執事長だった。
彼はベッドの上の惨状を見ても、眉一つ動かさない。
この数日で完全に見慣れてしまったらしい。
「ルカ様、申し訳ありませんが、強行突破をお願いします」
「了解です」
僕は覚悟を決めた。
力ずくで抜け出すしかない。
「殿下! 遅刻しますよ! 今日の公務は視察でしょう!」
僕は彼の頬を両手で挟み、ぺちぺちと叩いた。
アレクセイ殿下が不機嫌そうに眉を寄せる。
「……うるさい。公務など滅びればいい」
「暴君発言はやめてください。ほら、起きて!」
「……キスしてくれたら起きる」
「はあ!?」
とんでもない寝言だ。
いや、目が半分開いているから確信犯だ。
「しませんよ! ほら、冷たいタオルです!」
僕は執事長から受け取った冷水を絞ったタオルを、容赦なく彼の顔に押し当てた。
「冷たっ!?」
ようやく彼が飛び起きる。
金色の髪はボサボサで、不機嫌オーラ全開だが、目の下のクマはすっかり消えて血色は良かった。
「ルカ、お前な……」
「おはようございます、殿下。さあ、着替えの時間ですよ」
僕は彼が文句を言う前にベッドから這い出し、手早くクッションを積み直して背もたれを作った。
彼はふてくされた子供のように唇を尖らせながらも、僕が整えたクッションに背中を預け、侍従たちが持ってきたホットミルクを啜った。
「……今日の寝心地も最高だった」
「それは良かったです」
「だが、夜中に少し寒かった気がする。今夜はもっと密着度を上げるぞ」
「これ以上は無理です。僕が死にます」
アレクセイ殿下は僕の抗議を聞き流し、ニヤリと笑った。
「そういえば、今日の視察にルカ、お前も来い」
「えっ、なんでですか? 僕は授業が……」
「俺の精神安定剤だからな。離れているとイライラして城を燃やしたくなるかもしれない」
「……わかりました、行きます。行けばいいんでしょう」
こうして僕は、授業を公欠扱いにされ、王太子の視察に付き合わされることになったのだ。
馬車に揺られながら、僕は遠くなる学園を見つめ、普通の学生生活への未練を断ち切れずにいた。




