第5話「ハーレムは突然に」
僕の日々は激変した。
朝、自分の寮部屋で目覚める……前に、なぜか部屋の前に迎えの騎士が立っている。
「ルカ殿、殿下がお呼びです。二度寝をしたせいでご機嫌斜めです」
「知るかよ!」
と叫びたいのを我慢して、王太子の私室へ向かう。
僕が部屋に入ると、不機嫌MAXだったアレク(最近、心の中でこう呼ぶようになった)は、途端に表情を緩める。
「遅い。クッションの位置がずれた。直せ」
「自分でやってくださいよ」
「お前がやらないと意味がない。ほら、ここだ」
彼は自分の隣をポンポンと叩く。
僕はため息をつきながら、彼の要望通りにクッションをふかふかに整え、ついでに彼の髪の毛も整えてやる。
すると彼は、大きな猫のように目を細めてされるがままになるのだ。
このギャップがずるい。
悔しいけれど、彼の世話を焼くのは意外といけた。
僕の巣作りをこれほど評価し、全身で堪能してくれる顧客は彼が初めてだったからだ。
そんなある日、僕がアレクの執務室の一角を「簡易休憩スペース」として改造していた時のことだ。
執務室は書類の山で殺伐としていたので、観葉植物を増やし、柔らかいラグを敷き、日当たりのいい窓辺にデイベッドを設置してみた。
「ふふ~ん♪」
鼻歌交じりにクッションを並べていると、背後から声をかけられた。
「何をしているんだい?」
振り返ると、そこにいたのはチャラ……じゃなくて、華やかな赤毛の美男子だった。
ゲームの攻略対象の一人、宮廷魔術師団長の息子、ミハイルだ。
「えっと、殿下の休憩所を作れと言われまして……」
「へえ、君があの噂のルカ君か。アレクを骨抜きにしたっていう」
「骨抜きになんてしてません! ただの安眠係です!」
「ふうん。……ねえ、僕も座ってみていい?」
ミハイルは面白そうに笑い、僕がセットしたばかりのデイベッドに腰を下ろした。
「おっ、すごいなこれ。魔法も使ってないのに、体が軽くなるみたいだ」
彼は目を丸くし、ごろんと横になった。
「あー、これいいわ。魔力の巡りが良くなる気がする。ねえルカ君、僕の研究室も改造してくれない? 報酬は弾むよ」
「えっ、いや、僕は殿下の専属で……」
「抜け駆けはずるいぞ、ミハイル」
その時、さらに別の声がした。
銀髪の騎士、騎士団長息子のジークフリートだ。
彼もまた攻略対象の一人である。
「俺も最近、訓練の疲れが取れなくてな。アレクが独り占めしている『癒やしの空間』とやらが気になっていたんだ」
ジークフリートは無骨な手つきで、僕が置いたクッションを触った。
「……柔らかいな。母上の膝を思い出す」
「マザコンかよ」とツッコみたいのを必死に堪える。
「二人とも、僕の巣で何をしている」
そこへ真打ち登場。
アレクが書類の束を持って現れた。
その顔は般若のように険しい。
「お前ら、許可なく入るなと言ったはずだ」
「ケチ言うなよアレク。いいものは共有すべきだろ?」
ミハイルが飄々と言う。
「そうだ。王たる者、民や部下に安らぎを与えるべきだ」
ジークフリートが真面目な顔で援護射撃をする。
「これは俺のものだ。ルカも俺のものだ」
アレクは僕の腰を引き寄せ、威嚇するように二人を睨みつけた。
(ちょ、ちょっと! 所有物扱いしないで!)
僕は心の中で叫ぶが、空気は完全に修羅場だ。
それなのに、僕の鼻は三人から発せられる上質なアルファのフェロモンに反応して、くらくらとしていた。
「……なんか、いい匂いが充満してるんだけど」
「ルカ君、顔が赤いよ? 大丈夫?」
ミハイルが覗き込んでくる。
「離れろ。ルカが怯えているだろう」
アレクがさらに僕を抱き込む。
いい匂いと、イケメンと、ふわふわのクッション。
情報量が多すぎて、僕はついに限界を迎えた。
「も、もう無理ですぅぅぅ!」
僕は三人の手をすり抜け、部屋の隅にあるカーテンの裏へ逃げ込んだ。
そしてその場で膝を抱え、防御姿勢をとる。
「僕はただのモブなんです! 壁の花なんです! そっとしておいてください!」
カーテン越しに、三人のポカーンとした気配が伝わってくる。
「……可愛いな」
「うん、小動物みたい」
「守ってやりたくなるな」
なぜか好感度が上がっているような会話が聞こえて、僕は頭を抱えた。
どうしてこうなった。
僕の平穏な学園生活は、完全に崩壊していた。
その夜。
僕が寮に戻ろうとすると、アレクに引き止められた。
「今日は帰さん」
「えっ、でも明日の予習が……」
「そんなものはどうでもいい。……お前、あいつらにいい顔をしていただろう」
「してませんよ!」
「ミハイルのクッション調整をしている時、楽しそうだった」
「仕事ですから!」
「……気に入らない」
アレクは僕を壁に追い詰め、耳元で低く囁いた。
「お前の巣作りは、俺のためだけにやれ。他の男の匂いをつけるな」
その独占欲に満ちた言葉に、僕の心臓が大きく跳ねた。
これは、ゲームのセリフにはない。
彼の本心だ。
赤くなる僕を見て、彼は満足そうに笑い、僕の首筋に顔を埋めた。
「……いい匂いだ。俺だけの精神安定剤」
その夜、僕は初めて王太子の部屋にお泊りすることになった。
もちろん、何もなかった。
……抱き枕にされた以外は。




